Concert Report#523

ブリュッヘン・プロジェクト第4回/
フランス・ブリュッヘン&新日本フィルハーモニー交響楽団
2013年4月15日(月)@すみだトリフォニーホール
Reported by伏谷佳代(Kayo Fushiya)

フランス・ブリュッヘン(指揮)
新日本フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター;豊嶋泰嗣)

シューベルト;交響曲第5番変ロ長調D485
             ;交響曲第8(9)番ハ長調D944「ザ・グレイト」

あたかもシューベルトの人生の軌跡を音でなぞるかのよう

3日間にわたって繰り広げられた18世紀オーケストラとの最後の日本公演を終え、ブリュッヘンが今回のプロジェクトの総決算として指名したのが新日本フィルである。ロマン派の極みともいえるシューベルトのふたつの交響曲。比較的初期に作曲され完成をみた第5番と、死の3年前、長い旅のあいだに書かれ未完におわった長大なる「ザ・グレイト」。前者はチェンバー・ミュージック的な小規模編成、後者は現代オーケストラのスケールをフルに活かした大編成で、ブリュッヘンはあたかもシューベルトの人生の軌跡を音でなぞるかのようであった。先に18世紀オーケストラの古楽奏法に耳を慣らされた者にとっては、この日の現代オケとの演奏になにか鮮やかなコントラストを期待する向きもあったろうが、さすがはブリュッヘン。古楽と現代とを跨ぐブリッジはごく自然でスムースであり、大仰な主張は鳴りをひそめる。

前半に第5番。コントラバスとチェロはそれぞれ2台ずつ、ボトムが軽やかなぶんヴァイオリンやヴィオラなどの高音弦が水流のような透明さできわだつ。下げ弓の際もヴィブラートが控えめであり、清楚な凛々しさが感じられる。方向性に一糸の乱れもなく、柔和ななかにもくっきりとしたテンションの持続がある。聴いたのが2階席左手ということも影響しているかもしれないが、管楽器の響きがクローズアップされる。第2楽章のアンダンテなど、ときに執拗なほど精緻にうたいこまれる各パートのラインが、幾層も成す。沈うつに輪郭をぼかし合う美学。ただし、指揮者と奏者たちの双方に、そうした効果追求の意図はみじんも感じられず、唯一無二の絶対性たるスコアを解き明かそうとする研ぎ澄まされた感性が、クリアな音の像をむすんでいることが窺われる。たかい純度。管パートも、鳴らしよりは静止が雄弁に感じられるほどだ。

休憩を挟んでの「ザ・グレイト」は、各パートの編成も倍以上に膨れ上がる。低音部は否が応でも充実するが、とりわけ3本となったトロンボーンが静謐のうちに表現する肝のすわった怖しさなど(第1楽章)、やはり管楽器の表情の豊かさが目立つ。第2楽章では、全体的に優雅な雰囲気が増すなかで、匂いたつようなピアニッシモが実現される。ここではホルンなどの音の止めが生む緊迫感が独特。音の残存のコントロールに細心の注意が払われるあたり、いかにもリコーダーの鬼才・ブリュッヘンである。激動と幕切れのはかなさのあいだをおおきく振幅しつつも、うららかな韻律性を維持したダイナミックな音楽運びが印象的だ。痩身のブリュッヘンのどこからこんなおおきなエネルギーが出てくるのだろうとにわかには信じがたいほどの、熱さを湛えた彫りの深い音楽づくり。指揮者自身の身振りは極めて静かだが、その煮えたぎるような想いがひとりひとりの奏者に伝播する。実際、指揮者の真意を汲み取り、そのエネルギーの化身と化したかのようなコンマスの斬りこみの鋭い統率力など、視覚的にも圧倒されるものがあった。クライマックスを迎えるにつれ、各パート間に横たわる精妙な遠近法、軋むような風圧を孕(はら)みつつの、絶妙にたゆたうバランスの舵取り、オーケストラ細部の多弁さをゆるやかな連続性でまとめあげてゆく大局的な美的感覚に釘づけとなった。18世紀オーケストラとは最後かもしれない、しかし新日本フィルとはまだまだ伸びしろが見込めるのではないか、いや是非実現してほしい---そんな期待を抱かせずにはおれない、熱狂的な千秋楽であった(*文中敬称略。4月20日記。Kayo Fushiya)。

関連レヴュー:
http://www.jazztokyo.com/live_report/report518.html

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