Concert Report#524

東京フィルハーモニー交響楽団第77回東京オペラシティ定期シリーズ
2013年4月18日(木) 東京オペラシティコンサートホール
Reported by伏谷佳代(Kayo Fushiya)

高関 健(指揮)
中村紘子(ピアノ)
東京フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター;三浦章宏)
<br />
ベートーヴェン;交響曲第4番変ロ長調op.60
       ;ピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」op.73
       ;交響曲第6番ヘ長調「田園」op.68

4月の東京フィルの定期3公演は、「ベートーヴェンの祭典」と銘打ち、尾高忠明、広上淳一、高関 健がそれぞれタクトをとり、コンチェルトは中村紘子がソリストをつとめるという充実したものだ。そのうち、オーチャード公演の高関&中村のコンビを聴いた。

複眼を失わぬ、高関 健渾身のタクト

まず、「英雄」と「運命」の陰に隠れて地味な存在である交響曲第4番から。こころゆくまで各部をうたわせる、ダイナミックな飛翔感の高関の指揮が、楽曲のもつエネルギーを存分に放つ。おもわず引き込まれる、全身全霊の身振りだ。エネルギーの溜めに秀で、ここぞというときの起爆力に不足しない。管パートをなめらかに統合し、澄み切った弦楽とのブレンドは、ピアニッシモになればなるほど清冽さを増す。柔軟なるうねりの妙。楽章間の音色の変化も粋であり、アダージョで弦の素材感が微妙なざわつきをみせたあたりは幽玄。表面にはさざなみのような変化を常にもたらしつつも、音塊のなかへ没入しきった高関の指揮は、ホルンやコントラバス、ティンパニといった低音への意識を透徹することで、クラシカルで重厚な静けさを引き出していたようにおもう。つづくメヌエットでは、各パートの橋渡しがみごとな連続性として轍(わだち)となり、一種の近寄りがたい完結性すら生んでいたし、フィナーレでの刻みの精確さがうむ総和は、豊かな音楽のドライヴとともにオーケストラの基礎体力のたかさを如実に語るものであった。

貫禄の華、中村紘子

中村紘子による「皇帝」は、その真紅のゴージャスなドレスとあいまって、押しも押されぬ貫禄。冒頭のピアノソロによるカデンツァも、生涯で何度もこの曲を弾いてきた者特有の余裕とこなれ感がある。自由にフィーリングを泳がせながらも、決めどころで1ミリのずれもなく焦点が合うとでもいおうか。手が小さいなどのハンディを埋めるコブシ回しの巧さなどは、昨年聴いたグリークでも唸ったとおり。音自体もあまり伸びるほうではなくどちらかというと垂直方向だが、中村らしい完結性が感じられる音であり、それがオーケストラのホリゾンタルな流れとがっちりとした噛みのよさをみせる。中村のようなピアニストには、このような低音部でのアタックで見せ場のおおい曲は好相性、ティンパニとのパーカッション2台のごとき応酬も聴きものならば、沸き立つような微妙なテクスチュアの変化を実現させる高関&東フィルコンビに溶け込んで、サウンドの凹凸を当意即妙に担ったりもする。高音部でのトリルが頻出すると、若干表情が一本調子に聴こえる場面もあったが、全体として優雅さとスポーティな妙味が一体となった、まことに中村らしいユーモアとキャリアがにじみ出ていた。

楽曲の新鮮さをたもつ、虚飾なき表現のちから

休憩を挟んで「田園」である。ベートーヴェン初の表題交響曲であり、当時としては画期的であった5楽章構成のこの曲を、高関 健はニュアンス豊かに描きあげた。楽章というよりはムーヴメントとよぶにふさわしいこれら各楽章を、あたかもスケッチのようなヴィヴィッドな筆致で浮き上がらせる。冒頭楽章でのメロディ的なリピートの多発も、マンネリに陥ることなくリズム的な翻(ひるがえ)りのよさで場面をあざやかに切り替えていたし、第2楽章のアンダンテでは、管パートのそれぞれに一本筋のとおった音色の艶が感じられ、それが緩やかさが冗長へと流れるのを阻止する。クライマックスへむけて楽曲のテンポが加速するにつれ、やはり今さらながらに認識されるのが、コントラバスやティンパニなどオーケストラを支える屋台骨の、低音部の鋭敏なリズム・キープ力であり、忠実かつ精確極まりない読譜である(当たりまえのことのようだが、個性の名のもとに我流をいく演奏がおおいのだ)。例えば、高速な弦の同音反復の箇所など、テンポに100%もたれがないとは言い切れない。しかし、要所要所のギアチェンジでの収束も含め、まやかしのなさで統一された結束力は、音楽のドライヴ感をつねに高める。
4月はブリュッヘンによる古楽オーケストラのベートーヴェンを聴いたばかりであり、その誇張を排した奏法を堪能したあとの現代オーケストラによるベートーヴェンを楽しみにしていた。高関&東フィルの演奏は、リアリスティックかつ現代楽器のしなやかさや音色の透明度を過不足なく盛り込んだ、初心にかえるような新鮮さに満ちたものだった(*文中敬称略。Kayo Fushiya)。

関連レヴュー:
http://www.jazztokyo.com/live_report/report455.html

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