Concert Report#527

二期会創立60周年記念公演
ライプツィヒ歌劇場との共同制作
東京二期会オペラ劇場《マクベス》
2013年5月1日、2日 東京文化会館
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林喜代種

作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
指揮:アレクサンドル・ヴェデルニコフ
管弦楽:東京交響楽団
合唱:二期会合唱団
演出:ペーター・コンヴィチュニー
装置:ヨルク・コスドルフ
衣装:ミヒャエラ・マイヤー=ミヒナイ
照明:喜多村貴

キャスト(ダブルキャスト):
マクベス:小森輝彦/今井俊輔
マクベス夫人:板波利加/石上朋美
マクダフ:井ノ上了吏/松村英行
バンコー:ジョン・ハオ/斉木健詞
マルコム:村上公太/新海康仁

 今年が生誕200年のヴェルディ。その記念公演として二期会が選んだのは、コンヴィチュニー演出の《マクベス》。実に面白い、新しい発見をもたらしてくれる上演だった。イタリア・オペラといえば、「理屈抜き」で「圧倒的な歌唱と管弦楽の力でカタルシスをもたらす」ものと期待する向きには(特にあの幕切れは)噴飯ものの演出だったかもしれない。しかし筆者にとっては、ここ何年かで観たオペラ公演の一、二を争うような印象的な舞台であり、改めてコンヴィチュニーの才能に唸らされる上演であった。ダブルキャストの両方を2日連続で観たが、それでも飽きたらず、もう一度、あの幕切れを観たい、と思う。

ダブルキャストの主役二人(マクベスとその妻)は、はからずも好対照な組み合わせ。初日の小森・板波組は、その豊富な舞台経験に裏打ちされた演技で、そして2日目の今井・石上組は、客席に強く訴えかけてくる美声で、ともに見応えのある舞台であった。
特筆すべきは板波利加。マクベス夫人にふさわしいと言うべきか、いわゆる「美声」、綺麗な声ではないのがいい。特に第2幕、新王の祝いの席でマクベスがバンコーの亡霊に怯えて醜態を演ずる場面。マクベス夫人が「みっともない!」とつぶやく。板波はこの台詞をまさに「吐き捨てる」といった調子で、実に「汚い」声で、客席にくっきり響く大声で言ってのけた。はっと目の醒める一瞬。マクベス夫人の苛立ち、憤懣、そして夫と同じように、内心には罪を重ねることへの怯えがあることが、このひとことで表現されている。美しさへのこだわりを捨てて、内面表現に徹した板波の思いきりのよさに感心。終幕の死の前のアリアはそれとまったく対照的に、切々と、しかし夢遊病の「心ここにあらず」の異常なムードを醸し出した、忘れがたい演唱だった。
2日目の今井俊輔と石上朋美は、ともに伸びのある艶やかな美声。同じ演出でも、こちらはいかにもイタリア・オペラ的なオーソドックスな声の競演を楽しめた。聴衆に訴えかける強い力をもち、舞台姿に華のある今井は、今後の活躍が楽しみ。石上の美声も、また改めて別の役で味わってみたい。特に第1幕の野心あふれるアリアは熱唱であった。
マクダフ、バンコーとも、ダブルキャストの双方が聴き応えのある歌手陣だったが、1人だけ挙げるなら松村英行(マクダフ)か。これも今後が楽しみな歌手。

コンヴィチュニーの演出は、「魔女」をこの物語の影の支配者として構想されている。"高い鼻"が魔女を表す小道具として活用され、魔女は本来、第1幕、3幕に登場するだけのはずだが、この演出では、たとえば第2幕の宮廷での祝賀会に登場する女性たちの中にも、高い鼻をつけた魔女がごく普通の服を着てまぎれこんでいる。我々の日常生活の中に、何気ない顔をして魔女が行き交っているということを暗示しているのだ。そして権力欲にかられた人間たちの血みどろの争いはすべて、魔女の企みから起こっていることであり、あらゆる出来事をウラから采配して、笑って眺めているという設定。登場人物が1人死ぬたびに、舞台下手前面に置かれた黒板に、魔女が「正」の字で数を書き込んでいく。
こうした基本的な設定ゆえに、血なまぐさく救いのない陰惨な物語が、グロテスクな喜劇へと変貌した。ダンカン王の一行はスキップをしながら現れる。すぐに舞台中央で次々と服を脱ぎ捨て、下着だけでベッドに飛び込むダンカン王。殺人の場面には常に、掃除機をもった魔女2人組が現れ、赤い紙片を派手に吹き上げて血が飛び散るさまを表現する。まるでマンガである。ダンカンの王冠は、終幕までつねに重要な小道具となるのだが、まるでオモチャのようだ。こんなものを奪い合って人間たちが狂奔しているさまが、いかにも滑稽に見えてくる仕組みである。
そして幕切れ。マルコムに王冠が返還され民衆の歓喜の声が響く……はずが、一列になって勇壮に歓喜の合唱を歌う男性陣は、その後ろに居並ぶ魔女たちに、まるで冷やかされるように肩を叩かれ、やがてそのままの格好で、回転舞台によって舞台後方に運ばれていく(力強く手を振り続ける後ろ姿がいかにも滑稽である)。同時に舞台は第1幕冒頭の魔女たちの巣窟に様変わり(これがなんと、台所という設定。日常に魔女たちがまぎれこんでいることの象徴)。幕切れを華やかに彩るはずの勇壮な合唱とオーケストラは、いつのまにかナマ演奏でなく録音に切り替わっている。舞台には、巣窟でラジオ・ドラマに聴き入る魔女たちの姿のみ。華やかな音楽はまだ(チープで雑音混じりの音で)鳴り響いているのに、ホール全体が静まりかえるように感じたのはなぜだろう。この虚しさ。滑稽さ。なんという皮肉な図であろうか。すべてが魔女たちのシナリオで描かれた滑稽劇であることの、実に端的な表現である。ここにきて筆者は思わず唸ってしまった。

 この舞台を観ながら、ヴェルディの音楽が全編にわたって妙に明るいことに、初めて気づかされた。ダンカン王の暗殺が発覚し、側近2人が犯人に仕立てあげられて殺されるという陰惨きわまる場面で、なぜか登場人物たちがワルツを踊り出す。確かにヴェルディはここに三拍子の軽快な音楽を当てているのである! 作曲者が深い意味が込めてそうしたのかどうかは判然としないが、こうした音楽上の特徴(謎)をコンヴィチュニーは捉え、シニカルな滑稽劇に仕立てあげたのだ。
ただし、全編がこうしたシニカルな色合いで染められているわけではない。第3幕の終わり、マクダフとその子孫を根絶やしにすると二重唱を歌うマクベスと妻。なんと彼らは歌いながらマシンガンで(銃撃の音が派手に鳴り響く)集まってくる人々を容赦なく撃ち殺す。そしてそのまま第4幕、撃たれて倒れ伏した人々が1人また1人と起きあがり、故郷を追われた亡命の日々を切々と歌う。このあたりの転換は見事。
コンヴィチュニーはこの民衆の悲しみの合唱には、いっさい「手をつけなかった」。ただ音楽のみを味わう稀有のシーン。だんだんと力強く高まっていく声。ひとにぎりの権力者の愚かな争いに翻弄される民衆の真率な悲しみの声が、ストレートに胸に響いてくる。感動で心が震えた。
幕切れの勇壮な合唱の、あの皮肉な扱いとは、なんと鮮やかな対照だろう。このシーンを見れば、この演出が、単に頭でっかちで、牽強付会の余計な解釈から生まれたものではないことがよくわかるし、作品を台なしにする演出との非難はあたらない。
 いつもの作品を、お決まりの演出で観る喜びというのも確かにある。しかし、作品に対する新しい発見をもたらしてくれるのは嬉しい。それが演出家の役割、と言い切るコンヴィチュニーに深く共感する。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.