Concert Report#528

La Folle Journee au Japon 2013 "L'heure exquisite"
#147 Makoto Ozone & Satoru Shionoya "Paris×Jazz"
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2013 「パリ。至福の時」
#147小曽根 真&塩谷 哲 「パリ×ジャズ」
2013年5月3日 21:30 東京国際フォーラム ホールC
Reported by 神野秀雄
Photo by 三浦興一

小曽根真ソロ Makoto Ozone Solo
1. Maurice Ravel, Le Concerto pour piano et orchestre en sol majeur. II Adagio assai

塩谷哲ソロSatoru Shionoya Solo
2. Enrique Granados, Andaluza - 12 Danzas Espanolas

小曽根真&塩谷哲デュエットMakoto Ozone & Satoru Shionoya Duet
3. Maurice Ravel, Le Tombeau de Couperin
4. Satoru Shionoya, Valse
5. Chick Corea, Spain
6. Makoto Ozone, Deux Petites Voitures Francais from "One Long Day in France"

2004年に始まり今年で9年目を迎えた東京・丸の内、東京国際フォーラムにおける、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭(LFJ)。ジャズ・ピアニストである小曽根真は2006年からこのクラシックの音楽祭に連続参加し、小曽根自身の新たなチャレンジの場となり活動の幅を広げ、またクラシック・ファンにジャズとクラシックの関わりへの強い印象を与え続けてきた。2006年はモーツァルトのピアノ協奏曲第9番「ジュノム」をポワトゥ=シャラント管弦楽団、フランソワ=グザヴィエ・ロス指揮で。2007年は井上道義指揮都響でガーシュウィンを。2009年にはバッハで、ナントでの本家ラ・フォル・ジュルネへの参加も果たす。直近の2012年はショスタコービッチのピアノ協奏曲第1番をパリ室内管弦楽団で、そしてナントでも演奏。

毎年テーマとなる作曲家や時代が異なるので、小曽根がどう取り組むのかはLFJの大きな楽しみの一つなのだが、今年は「パリ。至福の時」。このテーマをきいた瞬間、小曽根の大切な音楽仲間で、「前世パリジャン」を自称する塩谷哲の存在が頭に浮かんだが、期待を裏切ることなく、小曽根真は塩谷哲とのピアノ・デュオを選んでくれた。
当時すでに世界で活躍していた小曽根真が、まだ若手の塩谷哲を高く評価し「いつか一緒にやろう」とラブコールを送る。当時の塩谷には社交辞令としか思えなかったという。ピアノ・デュオが実現したのが、2003年3月の札幌Kitaraホール。そして2005年に大阪ブルーノート(当時)でライブ盤2枚を録音。日本各地でコンサートも行ったが、最近ではまとまった共演の機会はなく、それぞれ幅広い分野で活躍し10年が経ったところ。前述のようにこの間に、小曽根はLFJに何度も参加し大きな役割を果たしてきた。今回のLFJは「パリ。至福の時」このテーマはスペイン音楽をも包括し、自称「前世パリジャン」であり、オルケスタ・デ・ラ・ルス以降、ラテン・ミュージックの最前線でも生きてきた塩谷にとっても満を持しての初登場となる。

夜も遅い21:30の3階席まで満席のホールCに小曽根が一人で登場し、静かに美しく懐かしいメロディーを奏で始める。ラヴェルの<ピアノ協奏曲ト長調>第2楽章をテーマにした即興。そして、「ラ・フォル・ジュルネに僕がずっと出て欲しかったコンポーザー、ピアニスト、塩谷哲!」小曽根が満面の笑みを浮かべながら塩谷をステージに招き入れる。
塩谷は、グラナドス<12のスペイン舞曲>から<アンダルシア>をソロで、小曽根の1曲目とは対称的にダイナミックに演奏する。小曽根がMCマイクをもらってきてトークに。「今日は一緒に弾かずに別々にやります」と早速冗談を言う。そして小曽根は塩谷がLFJ初参加の緊張のあまり挙動不審になっていると言うが、小曽根も初LFJは挙動不審だったと回想する。二人の暖かいやり取りの中、緊張感に包まれたホールCがアットホームな空間に変わっていく。
ラヴェル<クープランの墓>は、ゲイリー・バートンとの『Virtuosi』Concord)のために小曽根が編曲したもの。軽快なフレーズの動きが小気味よい一曲。グラミー賞クラシッククロスオーバー部門でノミネートされた作品で、一方、塩谷もオルケスタ・デ・ラ・ルスでノミネートされているので、グラミーにも認定された凄いデュオであることが裏付けられる。塩谷が「小曽根さんと言えば黒ラベルでしょう!」「それ言っちゃう?」と言うが、それは違う!黒ラベルはサッポロビールで、小曽根はアサヒ黒生!と心の中で叫びながら、終演後、アサヒ黒生を飲むというオチに。

「フランスの作曲家の作品はここまでで、ここから脱線して行きます。」「とりあえず曲名がヴァルスなので。」塩谷が東京藝術大学作曲科のとき、藝大祭で、同級生の岩代太郎(作曲家、映画音楽などで活躍)の発案で、みんなでそれぞれワルツを書いて持ち寄ろうということで書いた曲。塩谷は当時からフォーレやラヴェルが好きだったのでフランス的な音に。個人的なことで恐縮だが、私は大学ジャズ研では塩谷の作曲科同級生とバンドを組んでいて、同じく同級生の川村結花(<夜空ノムコウ>の作曲でも知られる、私の大好きな作編曲家、ピアニスト、シンガーソングライター)とも接点があったので、あの時代の向こう側に塩谷がそこに居てこの曲があったことを勝手に感慨深く思う。<ヴァルス>はKitaraのデュオから継続して弾いているが、10年を経てそのアプローチは変化していた。

ロドリーゴ<アランフェス協奏曲>からのイントロの美しいデュオから始まる、チック・コリアの<スペイン>。そして熱いすばらしい演奏に。鳴り止まない拍手。その日最後の公演ということで、LFJでは異例のアンコール。小曽根真とゲイリー・バートンの最新録音CD『Time Thread』のために書き下ろした組曲<One Long Day in France>から<2台の可愛いフレンチ・カー>。「曲名がフランス語なだけなんですが」「そうだ、これはプレミアです!」「ルノーとプジョーが、コンサートに間に合わないっ!て必死に走ってるイメージです。」確かに、せわしないコミカルなフレーズのやりとりが展開するが、その背景にゆったりしたフランスの田園風景が浮かんでくる、そんな流れがしっかりある素敵な曲だ。高校生だった塩谷が小曽根の音に出会ったのは(私も同じく)「ニューポート・ジャズ・フェスティバルin斑尾」のテレビ放映でのGary Burton Quartetによる<Ladies in Mercedes>(Steve Swallow) 。アルバムでは『Real Life Hits』(ECM1293)。ゆったりした流れとスピード感を併せ持った曲調はつながっている気がする。ここからももう30年。そして、もう止まらない拍手、さすがにダブル・アンコールは遠慮したが、ホール中を幸せな暖かい気持ちで満たし、観客は遅い家路に向かった。

小曽根がグローバルな活動の幅広いバックグラウンドと表現力でフランス的な音を存分に出していたのに対して、塩谷は「前世パリジャン」が決して冗談ではないように、魂と身体にしっかり刻み込まれたフランス印象派の感性が表現される貴重な機会になっていたように思う。10年前のデュオは、2人の音の境界が消失し、溶け合うような究極の一体感があり、それを凄いと思ったが、今回はお互いの個性を認め世界を維持し向き合うようなインタープレイになっていた。同楽器のデュオだとどうしてもフレーズやリズムを互いに反復し模倣しながら近づいていくフェイズもあるが、今回LFJで上映された映画「ピエール・ブーレーズのレッスン」の中で、「音楽を聴くことから音楽は生まれる。模倣するのではなく抽出するんだ。」と子供たちに語った言葉が印象に残ったが、相手の音から抽出したエッセンスを全く違った形でフィードバックする高みに入っているのだと思う。またソロ・デビュー20周年を迎える塩谷は2003年のデュオが自分の音楽にとって大きな転機になったと語っており、とにかく音楽とは「聴く」ことであることを思い知らされ、演奏という行為、音楽のあり方自体が変わったという。この10年で二人とも広範なフィールドで活躍し本当に大きな変化があり、その中でデュオが進化していくのがとても嬉しい。アーチスト・プロデューサーのルネ・マルタンによると、2014年のフランス・ナントは「アメリカ」がテーマで日本のアーチストも招聘するというし、10周年の日本は10人の作曲家にフォーカスするがその中にジョージ・ガーシュウィンが加えられている。ぜひまたラ・フォル・ジュルネで小曽根&塩谷のデュオを聴く機会があることを望みたい。また45分では収まりきらない世界をコンサートでもまた聴けたらと思う。そしてさらに10年後にデュオをしたらどんな音になっているのか楽しみであり、想像もつかない。


Makoto Ozone & Gary Burton / Time Thread
Verve/Universal UCCJ-2112
2013年5月29日発売


塩谷哲 / Arrow of Time
ビクターエンターテインメント VICJ-61683
2013年4月3日発売


小曽根真 Duet (ユニバーサルUCGJ-7006) 塩谷哲 Duet (ビクターエンタテインメントVICJ-61303)

【追記】
ラヴェル「クープランの墓」の楽譜は「小曽根 真 "TIME" Vol.3 ORIGINAL & CLASSICS BEST」に、「Valse」の2台のピアノ用楽譜は「ピアノソロ 塩谷 哲 作品集 Vol.2 Satoru Shionoya Compositions II」 に収録されている。

©M.Kato 

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.