Concert Report#530

キース・ジャレット / ゲイリー・ピーコック / ジャック・ディジョネット
トリオ結成30周年記念コンサート
2013年5月9日/15日 Bunkamuraオーチャードホール
Reported by 竹澤眞志

忘れられない写真がある。キース・ジャレット、ゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネット、そしてキースの当時の奥さんであったローズ・アンの4人が、どこか正確には分からないけれども、新幹線のプラットホームに佇んでいる写真。まだホームドアなどは設置されておらず、ゲイリーは紫煙をくゆらせている、時代を感じさせる1枚。キースの全ての来日公演をプロモートした鯉沼利成氏によって、トリオが初来日を果たした1985年に撮影されたものだ。この写真は、何故だか分からないけれども、筆者に「日本全国を旅するスタンダーズ・トリオ」という強い印象を残した。それから28年を経た今回の来日公演でも、東京の他に大阪公演が行われたのだから、新幹線での移動ぐらいはしている筈だけれど、そういう印象を持ってしまうほどに、かつては日本各地で演奏していたのだ。

確かジャックの家庭の事情?で、1984年に予定されていた日本公演が急遽キースのソロに変更になってしまった翌年、1985年にトリオは全国で12回のコンサートを行っている。それ以来、トリオの来日は1986年、1988年、1991年、1993年、1996年、2001年、2004年、2007年、2010年、そして今年と続く。計算の間違いが無ければ今年の4回のコンサートを加えて、キースは1974年以来トータルで182回のコンサートを日本で行っているが、そのうち80回がトリオによるもの。これだけの回数を28年間で積み重ねてきた訳だ。途中、キースが慢性疲労症候群と診断され闘病生活を送った時期があった関係で、前世紀末にしばらく来日が無い年が続いたものの、概ね定期的と言っていい程に、彼らは日本にやって来た。いつ来ても、いつ聴きに行っても、他のピアノトリオで聴くことの出来ないワンアンドオンリーが、そこでは繰り広げられた。

トリオの演奏に異変が感じられたのは2010年だった。元々、こと音程に関しては特別に良い人では無かったが、それにしてもゲイリーのソロが全く決まらず、どうしたことかテンポの揺れが目立つようになっていたのだ。最終日にはかなり持ち直していたものの、初日を聴いた時には本当にショックを受けた。初日を聴いた翌日の自分のツイートを読み返してみると、

「25年経てば、聴いている方も、演奏している方も、それだけ年を取る訳で、その意味ではゲイリー・ピーコックがすっかり衰えてしまって、昨日は結構悲しかった(´Д` )。だって、もう75歳なんだから、ベーシストとしては苦しいよね。鯉沼さんも同い年の75歳。もうそろそろ店じまいかなあ。」

なんて非常に失礼なことを書いてしまっているくらいだ。この年の来日公演記念プログラムに鯉沼利成氏が、取りようによっては自身が今後トリオから距離を置くことにしたとも読める文章を寄せていたこともあり、これでトリオの来日公演は最後かと(勝手に)思っていた。これまでトリオとソロの来日が交互に行われるのが慣例であったところ、2011年、2012年とソロ公演が続いたことでも、その感を強くした。

それだけに、今回のトリオの"最後の来日公演"がアナウンスされたことは、嬉しい驚きだった。それでも「最後」と銘打たれていただけに、恐らく彼ら自身がこれ以上の活動を望まないほどになったのかとも感じずにはいられなかった。そして始まった"最後の来日公演"…

東京の初日を聴くことが出来ず、会場に足を運んだのは5月9日と15日のみだが、結論から言うと演奏は良かった。それも、相当良かった。もちろん全盛期のようなキレは感じられない。しかし、3年前とは比較にならないほど安定した演奏が聴衆の前で展開されたのだ。聴くことが出来た2日間を比較すると、より緊張感の強かった9日と、リラックスした雰囲気が満ち溢れた15日と言えるが、総じて9日がより優れた演奏であったと断言しても良いだろうか。特に印象に残ったのは9日のCome Rain Or Come Shine、そして(聴いていて曲名が思い出せなかったのだが)I'm Gonna Laugh You Right Out Of My Life。どちらも音色の美しさが際だった名演であった言える。そして15日からは6枚組ブルーノート箱での演奏が心に残るOn Green Dolphin Street(今回は後テーマを弾いたところであっさり終わってしまったのが残念ではあったが)と、文字通りいつまでも聴いていたいと感じさせたAnswer Me, My Loveを挙げたい。しかし、何と言っても今回演奏された曲中で最も嬉しかったのは、最初にリリースされたスタジオ録音盤「Standards Vol.1」(ECM1255)の掉尾を飾り、コンサートにおいても最初期の最重要レパートリーであった<God Bless The Child>をおいて他には無い。全体的にトリオの30年の歴史を回顧するような選曲であった、とは言い過ぎだろうか。
聞いた話では、昨年7月の欧州ツアーではトリオの状態が非常に悪く、今回の日本ツアーはキャンセル寸前まで行ったらしい。しかしながら涙の特訓?を経て、無事日本公演が行われることとなったとか。そう聞くと、前回来日公演からのポジティブな変化にも合点が行く。現時点で出来るベストな演奏を日本で聴かせてくれた彼らには、感謝の気持ちしか無い。

尚、現時点で今年12月のカーネギーホールまでコンサートのスケジュールが決まっているそうだが、トリオの復調ぶりに気を良くしたのか、やっぱりもう少し演奏活動を継続しようか、なんて話も出てきているらしい。いつのまにか鯉沼ミュージックのwebサイトから「最後の」という文字が消えていることにお気付きだろうか。そう言われてみれば、前述のトリオの初来日ツアーとなるはずがソロに変更となった1984年は、「ラストソロ」と銘打たれていたという前科があったことを思い出す。やめるやめる詐欺というのは大抵の場合は迷惑なものだが、こういうものだったら大歓迎だ。

2013.5.9
Bunkamura オーチャードホール
1st
1. All Of You
2. I've Got A Crush On You
3. Golden Earrings
4. Come Rain Or Come Shine
5. Joy Spring
6. I'm Gonna Laugh You Right Out Of My Life
2nd
1. Butch And Butch
2. In Your Own Sweet Way
3. The Bitter End
Encore
1. Straight No Chaser
2. When I Fall In Love
3. God Bless The Child

2013.5.15
Bunkamura オーチャードホール
1st
1. On Green Dolphin Street
2. Lament
3. Sandu
4. Too Young To Go Steady
5. Meaning Of The Blues
2nd
1. The Masquerade Is Over
2. I Thought About You
3. God Bless The Child
Encore
1. When I Fall In Love
2. Straight, No Chaser
3. Things Ain't What They Used To Be
4. Answer Me, My Love

(セットリストについては www.koinumamusic.com を参照した)

竹澤眞志
東京都生まれ。早稲田大学モダンジャズ研究会に籍を置きジャズの演奏を志すが、当時トリオレコードから販売権が移ったばかりのポリドールによって廉価再発されたECMのレコードを、大学生協で大量に購入したことが災いし、異端のレッテルを貼られ現在に至る。ニフティ会議室「倶楽部ECM」の板頭を務めた。

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