Concert Report#536

ピンカス・ズーカーマン ヴァイオリン・リサイタル
2013年5月19日(日) 紀尾井ホール
Reported by伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

ピンカス・ズーカーマン(vn)
アンジェラ・チェン(pf)

シューマン;3つのロマンスop.94
フランク;ヴァイオリン・ソナタイ長調
<休憩>
ブラームス;スケルツォハ短調WoO2〜F.A.E.ソナタより第3楽章
     ;ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調op.108
<アンコール>
パラディス;シシリエンヌ


貫録と先鋭性が脈打つ圧倒的安定感

ピンカス・ズーカーマンは筆者が幼少のころから最もおおくその名に親しんだ演奏家のひとりだ。当時レッスンを受けていた教師が夫人であるユージニア・ズーカーマンの伴奏ピアニストを務めたことや、中村紘子の著書のなかに出てくるジュリアード時代のどこか憎めない愛称「ピンキー」の描写、あるいは父が大量に所有していたレコードやCDでのクレジット、などなど。しかし、初めて生の演奏に接したピンカスその人は、エネルギッシュで軽妙、という勝手な思い込みとは別次元の、圧倒的な貫禄と音の豊穣を感じさせる巨匠であった(当然のことではあるのだが)。

ピンカスほどの名手となれば言わずもがなであるが、度肝を抜かれるようなピッチの安定である。音色はなめらかで、どんなにパッションが炸裂する箇所でも音が痩せる瞬間は微塵もない。まるでマイクロフォンを内蔵しているのではと思わせるような、コアのある音の照りがつづく。1曲をおおきくひと呼吸と捉えられるほどの息の長いフレージングに、楽曲を自家薬籠中にして久しい者だけがもつ余裕がにじむ。また、ピンカス自身が述べているように、共演ピアニストのアンジェラ・チェンの適応力がみごと。臨機応変にヴァイオリンの機微を捉え、対話する。特筆すべきは、表面上はあくまで柔和な音楽造りながら、各作曲家の造形上の個性を厳格に再現していることであり、それはとりわけシューマンとブラームスで顕著であった。例えば冒頭の「3つのロマンス」など、ヴァイオリンとの合流抜きにしても、チェンのはじき出す一音ですでに紛れもなくシューマンの世界が確立されている。フランクへ突入したとき、翻るように音色に透明度が増したのも目の覚める思い。ヴァイオリンも求心力をぐいぐいと高め、ほれぼれするような振幅を見せつける。第2楽章のアレグロは圧巻で、電流が走るように波打つ重音はノイズをも彷彿とさせる先鋭的な演奏だ。

後半のブラームスは、前半部がウォームアップとなって最良のテンションとして結実した出色の安定。その最高速にどこまでも伸びる音色は、強弱の少なさを不問に付すほどの純粋な音色美で観客を酔わせる。チェンのピアノも、そうした一定音量のヴァイオリンをうまく支えつつ、決して物足りなさを感じさせない自己主張を端々へと潜ませる。追随と絡みの中間をいく成熟したプレイだ。「ソナタ第3番」では、周到なるエネルギー配分が楽曲という大樹に存分なる栄養素を注ぎ込む。曲に血液が漲(みなぎ)るさまが、どの角度からも実感されるのだ。抑揚がおおいとはいえないのだが(総じておおきな音量である)、巷にあふれる大仰な溜めや捌(は)けでエキセントリックに演出する演奏がメロドラマに見えてくるような度量の深さがある。骨太に王道をゆくロマンティシズム。必要以上に情緒にもたれかからぬ、ニュートラルな視点が維持されているのがヴェテラン・コンビならでは。リヴァーブの加減もちょうど良い。2階席で聴いた場合の音響はどうだろう、と興味をひかれた(*文中敬称略。Kayo Fushiya)。

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