Concert Report#545

HJリム ピアノ・ソナタ・チクルス「ベートーヴェン・レボリューション」第1回<英雄的思想>
2013年6月3日@浜離宮朝日ホール
Reported by 丘山万里子
Photos by 林喜代種

<演奏>
HJリム(pf)
<曲目>
ベートーヴェン:ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」
          ソナタ第11番
          ソナタ第26番「告別」

 韓国出身の26歳、大型新人ピアニストとしてクラシック界に旋風を巻き起こしているとの評判のHJリムの日本デビュー・リサイタル。3歳でピアノを始め、12歳で単身渡仏、ノルマンディ音楽院とパリ国立音楽院に学んだ。2010年パリで全8回のベートーヴェン・チクルスを一挙に行うという大胆な企画を敢行し、話題となる。今回の日本公演は6月3日から21日にかけて。各回にテーマが設定されており、第1回は<英雄的思想>、第2回<確固たる個性の形成>、第3回<永遠の女性らしさーー青春>・・・第8回<運命との闘い>といったふうにずらりと並ぶ。プログラムの曲目解説もリム自身によるもので、詳細な作品分析と演奏のコンセプトが語られている。筆者が聴いたのは初日の第1回。
 長い黒髪をなびかせてステージに登場する。眼前にそびえ立つ峰に、さあこれから登攀、とばかり、強い意志のみなぎった緊張感を漂わせる。そのテンションのまま、女豹のような身のこなしで全プログラムをエネルギッシュに疾走してみせた。が、いくら<英雄的思想>とは言っても、ベートーヴェンの音楽の造型(ベートーヴェンに限らないが)には音の驀進力だけでは無理なところがあるのではないか。ダイナミック・レンジは、どれも強音域を中心としたもので、触れ幅が少なく、強弱の対比が不鮮明。テンポも総じて早く、どの緩徐楽章もたっぷりした歌とはならず、聴き手は常にせき立てられるような心持ちになる。その勢いの良さが新鮮なのであろうか。曲調のアクセントのつけかたや、リズムの刻みにはロックに近いものがある。ネットで火がついた、という人気もこのあたりにあるのでは、と推察。
 『ハンマークラヴィーア』の冒頭から叩き付けるように和音を思い切り鳴らす。彼女によれば、「世界を創りだすビッグバン」とのこと。その爆発をそのままあちこちに仕掛けて音の破片を飛び散らせる。アレグロのテンポはともかく早い。が、これはベートーヴェンによるメトロノームの指示に従ったものだそうで(確かに譜面にはその指定がある)、そこからその他のソナタのテンポも導きだされたということである。終楽章の大フーガは、強靭なトリルの扱い、ぐいぐいと力任せの構築で、多少のぐらつきも意に介さず、全編を押し切った。後半の『告別』は、やはり冒頭アダージョからテンポ設定に違和感がある。旅立ち、不在、再会といったストーリーが、弾き飛ばされる。早送りの動画を見せられるようで落ち着かない。全般に、ベートーヴェンの繊細で柔らかな心の歌の部分が聴こえてこない。
 このソナタ・チクルスは昨年EMIより世界リリースされ、全米クラシック・チャートとiTunesクラシック・チャート第1位となったそうだ。が、少なくとも筆者には説得力ある「レボリューション」とは思えなかったのは残念である。

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