Concert Report#546

東京フィルハーモニー交響楽団第79回東京オペラシティ定期/大植英次
2013年6月6日(木) 東京オペラシティ・コンサートホール
Reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

<出演>
大植英次(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター;三浦章宏)

<プログラム>
R.シュトラウス;「ばらの騎士」組曲
<休憩>
チャイコフスキー;交響曲第5番ホ短調

決して聴き手を後悔させぬ絶大なるエンタテインメント性

大植英次を聴く醍醐味は、何と言ってもクラシック音楽の枠を超えた、そのパフォーマンス性の豊かさにある。歌劇での経験が深いとか、バーンスタインの愛弟子であるとかいう以前に、大植英次自体が生まれながらにして持つキャラクターに負うところが大きいのではないか。小柄な体躯にも関わらず、ステージの隅々までを浮きたたせるダイナミックな振りである。楽団員のひとりひとりに最大限のリスペクトを送り、そのコミュニケーションの良さが織りなす一体感は、指揮者がステージに現れた瞬間から最後の一音の余韻が消えるまで大輪の華のように会場を明るく照らす。「来て良かった!」と思える瞬間が確実にあることが、多くの人が大植の公演に信頼を寄せる理由であろう。世の中に演奏会数あれど、こう思わせる音楽家はめったにいるものではない。

ぎりぎりまで感情を泳がせるフリーな造形

シュトラウスの『ばらの騎士』組曲は、大植のストーリーテラーぶりを余すところなく発揮できる選曲といえるだろう。ワルツのリズムが頻出する物語劇だが、リズムの軽やかさが前面に出るというよりは、シーンの連結、ひいては音と音との隣接の在り方に聴き手の意識はむかう。音が途切れる瞬間は片時もない。レガートの美しさ、響きの変化球の多様さで実にしっとりと物語を紡いでゆく。ゆえに弱音や音数の少ない場面になればなるほど、指揮者も奏者たちも緊迫の度を高めているのが覗われる。鉄壁ともいえるレガート力は、弦楽器と管楽器がそれぞれの楽器の個体差を乗り越え、音質に近似値を見出す稀有な境地から生まれているといえよう。コンマスの三浦の舵取りがまた百戦錬磨。3拍子の泳がせ方は、重厚なエネルギーの奔流と耽美の際(きわ)を行くところの優雅さ。ぎりぎりのところまで情緒を引っ張るスポーティな感覚に歩調を合わせるのは簡単ではないだろうが、定型を行かずに敢えて非対称な音の波(は)で揺さぶることこそ、大植英次の醍醐味である。

人間臭さが浸み込むサウンド、深遠かつ的確な物語抽出力

休憩後のチャイコフスキーでは、さらにエモーショナルな傾向が加速する。東京フィルにおいては、各パートの演奏技術の高さ・音色のクオリティ・足並みの揃いの良さなどはもはや周知の事実であるので、それよりも一歩進んだ「物語抽出力」に指揮者の意識がひたすら向かっているのがひしひしと伝わってくる。前述したように、大植の凄さは確実に感極まるシーンを創り出すことであり、繰り返し奏されるこの曲の英雄的なモチーフは実に巧妙に指揮者の個性と相乗する。前半のシュトラウスより、金管からエッジの鋭さと緊迫感を引きだしており、かなり自由にソロを執らせる。劇的なうま味は金管に任せ、安定性は透明度の高い弦楽パートで取っているようにも感じられた。しかし、単なる響きの美しさだけでは終わらせないのが大植節。なぜに彼の音楽が聴き手を熱狂させるのかの絶好のサンプルが、第2楽章のアンダンテ。サウンドの重厚さやダイナミズムのなかに、必ず暖かな血の通いがある。ダブルベースのリズムキープひとつを取ってみても、手触りや質感が濃厚に拍子に浸みこんでいるのだ。こうした傾向は第3楽章のワルツでも同様で、金管楽器の数珠つなぎのような滑らかで祝祭的なムードは、奏者全員が心から演奏を楽しんでいる、その事実の総和からしか生まれまい。建前のなさが清々しい。フィナーレのトゥッティでは、天上からも地からも音の洪水が降り注ぎ、一瞬定点が分からなくなるほどの高揚の渦。音で魅せ、かつ「見せる」大植英次の多層的かつ的確な手腕に改めて瞠目した次第である(*文中敬称略。Kayo Fushiya)。

【関連リンク】
http://www.jazztokyo.com/live_report/report348.html

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