Concert Report#548 |
チック・コリア&スタンリー・クラーク・デュオ コンサート〜サッポロ・シティ・ジャズ2013 セレクション・ライブ〜 |
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チック・コリアの大切にするライブ・コミュニケーション・ライン
中島公園の緑に囲まれ、ホール内は木質の優しい曲面で構成されたワインヤード型で豊かな残響を持つ札幌コンサートホールkitara。チック・コリアとスタンリー・クラークによるアコースティック・デュオの日本ツアーはここで千秋楽を迎えた。6月3日からブルーノート東京でマーカス・ギルモア(ds)を含むピアノ・トリオでの公演として開始、10日からはデュオで福井、仙台、山形、名古屋、大阪、旭川、札幌へ。「スタンリーと私は40年以上のつきあいになります。以前はリターン・トゥー・フォーエバーで来ましたが、今回はデュオで日本中を回りました。東京も、大阪も、山形も。」「山形の温泉はとてもよかったですよ。」と二人は顔を見合わせて笑う。
「では、みなさんが知っている有名な曲から。」と<枯葉>から始まり、<不思議の国のアリス>へ。今回のツアーでは公演ごとにさまざまなスタンダードが演奏されたようだ。親密なインタープレイから生みだされる楽しい音がkitaraの空間を満たしていく。
デュオ・ツアーは今回が初めてだという。以前読んだスタンリーのインタビューによると、1971年、まだ十代のスタンリーがジョー・ヘンダーソンのグループに参加しており、フィラデルフィア公演の前日、ジョーがピアニストが来れなくなったからと連れてきたのがチックだった。スタンリーが10歳若いが二人はすぐに意気投合、議論し、セッションを重ね、1972年「Stan Getz / Captain Marvel」(Columbia)、「Return to Forever」(ECM1022)として結実する。ここで、スタンリーから「私が初めて作った曲です」と紹介されたのが、<Light as a Feather>。RTF1作目ではチックが曲を書いていたが、2作目ではスタンリーに曲を書くことを薦め、できた最初の曲が2作目タイトル曲となった。アーマッド・ジャマルの<Ahmad’s Blues>から、スタンリー作の<No Mystery>。オリジナルはアル・ディメオラを含むRTFで録音されている。ここで、チックから「ピアノの調律をしたいので5分ぐらい休憩します」。20分近い休憩を入れてコンサートの流れを断ち切ることはしたくないようだ。バッハの<Siciliano>で再開。「もともとはハープシコードとフルートのための曲ですが、ピアノとベースで演奏します。」バッハの美しく切ないメロディーが心地よく響く。曲の前後には空を仰いで手を広げ、バッハに話しかけるジェスチャーをしていた。
ここから二人がそれぞれのソロを演奏するパートへ。スタンリーは、<La Cancion de Sophia>から、渾身のベース・ソロへ。さまざまな奏法を駆使して音のストーリーを紡いでいた。チックのソロ・パートでは、まずスクリャービン<前奏曲第4番>から、そして<Children’s Song>からの1曲を膨らませる形でインプロヴィゼーションを行う。
「今日はコンサート・ツアーの最終日なので、札幌のみなさんに特別に、ピアノとみなさんとの協奏曲を演奏しましょう」会場に?が渦巻く中、「それでは男性は2つのパートに分けます」手を振り下ろして「シュッ!」「右側の男の人はこの音を」「左側の男の人はこの音を」とピアノで示し、女性も3パートに分けて、「アー」という音で合計5声のコーラスを作る。このコードは変動することなく一定だが、チックがピアノでフレーズを弾き終えて、合図して会場全体で和音を歌うとぴたりとはまる。またピアノで弾いたフレーズを全員で真似て歌うようにとも。こういう一緒に歌いましょう企画は珍しくないが、チックの場合は、その芸術性と一体感がみごとに一致し、一緒に新しい音を作ったと観客に実感させる。
デュオに戻って、しめくくりは『Return to Forever』から<Sometime Ago>〜<La Fiesta>。曲のよさをまとめながらコンパクトな構成で親しみやすい演奏だった。
アンコールでは、ゲイル・モランが登場し「オクサン」と紹介され。「スペシャル・ダンナサン」と応える。咳込んだりコンディションは万全ではなかったものの、<Someday My Prince will Come>をしっとり歌う。そして<Spain>へ。大きな拍手が起こる。ここでも、観客が後を追って歌うような演出がなされ、最後に<アランフェス協奏曲>第2楽章のフレーズで締めくくられた。鳴り止まない拍手。1階席の観客と握手を交わす、感動的なエンディングとなった。
今回のコンサートをあえて表現すると、中学や高校に、自分の街に、アメリカから気のいいおじさんたち、その実は巨匠がやってきて、観客と交流してジャズの楽しさを教えて帰っていったようなイメージだった。チックのコンサートとしては、いつになくチックの曲も少ないし、新曲はないし、バンドとしての強烈なコンセプトがあるわけではなく、チックとスタンリーがそこに居て、終始リラックスして親密なインタープレイを繰り広げる時間を共有する感じだ。チックが新作『Vigil』を紹介する動画( http://chickcorea.com/vigil )の中で語っているが、時代が変わっても環境が変わっても、音は進化するが、「どんな時代でも変わらず大事にしたいこと、私にとって最も大切なことはアーチストとオーディエンスのプレシャスなライブ・コミュニケーション・ラインだ。それはクラブでも、コンサートホールでも、スタジアムでも。」その意味でこのコンサートはチックのコミュニケーションの真髄を特に見せつけられたものとなり、それがチックの魅力のひとつであることを再認識させられた。この心は小曽根真や上原ひろみにも受け継がれ、あるいは共通するものだと思う。
そこで非常に残念だったことがひとつ。好評のため前売券が完売となっていたが、会場に行ってみると下から3層目にあたる部分がクローズされていて、2000席のうち推定400席近くはもともと販売されていなかった。もちろん主催者は最大限努力されてプロモートされたと思うし、契約のことなど大人の事情もあると思うが、前述のように子供たちや学生が聴くことができれば、本当に貴重な経験となった。よいコンサートであっただけに非常にもったいない。それを学生席などにうまく活用できたらと思った。チックもきっと賛同するのではないか。また東京地区でも子供たち学生などに手頃に聴けるオプションがあったらと思う。
チックは9月には新しいバンド「The Vigil」とともに来日する。若手の精鋭を集めたバンドだが、ここでスタンリーとのデュオを行ったことと関連もあると思うが、コンセプトはRTFへの回帰がある一方、確かに楽器とサウンドのテクノロジーの進化、若手の感性を最大限に生かした内容的にもより豊かなものとなっている。スタンリーも、スタンリー・クラーク・バンド、クラーク/デューク4、上原ひろみとのアコースティック・デュオなど複数のプロジェクトでのツアーを精力的に続けている。その最前線を走り続ける二人だからこそのリラックスしたコンサートはとても楽しく感動的だった。
【関連リンク】
チック・コリア公式ウェブサイト
http://chickcorea.com/
スタンリー・クラーク公式ウェブサイト
http://stanleyclarke.com/
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
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#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
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Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
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#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
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