Concert Report#549 |
小曽根 真&ゲイリー・バートン・デュオ |
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1963年、20歳のゲイリー・バートンは羽田空港に降り立つ。ジョージ・シアリング・クインテットの一員で、ゲイリー最初の海外演奏の地は日本となった(バークリー学生ツアーを除く)。次いでスタン・ゲッツ・クインテットでスティーブ・スワロー(b)とともに1965年に来日。ゲイリーは今年が70歳であるとともに来日50周年の節目となる。一方、小曽根真が神戸で生を受けるのは1961年。それから約20年後の1983年、バークリー音楽大学卒業を目前に小曽根はゲイリーと出会い、カルテットに招かれる。1984年、私は来日ミュージシャンとして23歳の小曽根のピアノをテレビで聴き衝撃を受けた。「ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン・斑尾」でのゲイリー・バートン・カルテット<Ladies in Mercedes>。メンバーは他にスティーブ・スワロー(b)、マイク・ハイマン(ds)。このメンバーで録音された『Real Life Hits』(ECM1293)を私は繰り返し聴き、<I Need You Here>は演奏もした。1984年、ゲイリーのプロデュースで米CBSからファースト・アルバム『OZONE』をリリースし世に問う。2013年、小曽根はゲイリーと出会って30周年となるのを記念して、当時を振り返ってアルバム『Time Thread』(Verve/ユニバーサル)をニューヨークで録音、5月にリリースし、16公演、国内総旅程6,600kmに及ぶ日本ツアーを行った。その終盤を飾るコンサートのひとつとなったのがサントリーホールだった。
パイプオルガン前まで満席のサントリーホール。プレトークがあり、二人の出会い、一緒に演奏することについて楽しく語られた。これに関連した内容を『Time Thread』のライナーノーツに小曽根自身が書いているし、YAMAHAの公式YouTube http://youtu.be/G6n7B15nZ20でも語られているのでぜひ参照されたい。
二人はステージでハグをし演奏が始まる。ピアノはYAMAHA CF-Xを持ち込んでおり、PAを介さないピアノとヴィブラフォンの研ぎ澄まされた生音がサントリーホールの空間に優しく広がる。1曲目は<Afro Blue>。DVD『Live at Montreux 2002』にも収録されているが、1曲目によく演奏されてきた(矢野顕子&上原ひろみデュオでも最初の方によく演奏されていたのも興味深い)。シンプルな中に強烈なグルーヴが浮かび上がる。これまでゲイリーがオリジナルを演奏する機会は少なかったが<Remembering Tano>は、『The New Gary Burton Quartet / Guided Tour』(Mack Avenue)からの一曲。ジュリアン・ラージ(g)、アントニオ・サンチェス(ds)、スコット・コレイ(b)が参加したグループで、最近は作曲にも力を入れているという。ちなみにTanoはアストル・ピアソラのニックネーム。クラシック・クロスオーバー部門でグラミー賞にノミネートされたアルバム『Virtuosi』(Concord)からその代表曲でもある、ピアノとヴィブラフォンの絡みが小気味よいラヴェルの<クープランの墓>が演奏される。
ここからいよいよ新作『Time Thread』に描かれた小曽根とゲイリーの旅路が始まる..のだが意外にもアルバムでの時系列を大きく崩している。カルテット加入が先、ツアーがあって、学生時代だ。これはストーリーに流されずに個々の曲を純粋に楽しむためなのかも知れない。日本に帰ろうとしていた小曽根をゲイリーがカルテットに誘う場となったボストンのメキシコ料理店の店名<Sol Azteca>から。マイナーでありながら「未来への希望」が感じられる躍動感のある演奏。ここで休憩へ。
<Fat Cat>はゲイリーのヨットの名前。ボストンの海を帆に風を受けて進む姿を、ゲイリーが最高の音楽に身を委ねてアドリブで音を紡ぎ続ける感覚に重ねて、ゲイリーが海でも音楽でも最高のセイラーであると称える。力強くフレキシブルな演奏は第二部の最初にふさわしい。真夏のブエノスアイレスで迎えたお正月に訪ねた<Ital Park>を思ってのタンゴ。<Stompin’ at B.P.C.>は、そもそものゲイリーとの接点、バークリー・パフォーマンス・センター(BPC)でのコンサートを思い出しての一曲。当時の小曽根は客を湧かせることに情熱を燃やし、この日も超絶技巧のプレイを披露したが、ゲイリーに挨拶すると「よかったよ」と素っ気ない。でも、この曲のように高速でトリッキーなプレイも今の二人の手にかかると必然的な凄さが出てくるし文句なしに楽しい。実は、このときのBPCでの小曽根のピアノをクインシー・ジョーンズが聴いていて、小曽根をプロデュースしようと思い始める 。結果的にCBSからのデビューという別な方向に進むが、30年を経て、小曽根はクインシー・ジョーンズのコンサートにビッグバンドNo Name Horsesで出演する。クインシーはゲイリーとは違った角度から小曽根の才能を認め、今となってはそのどちらの評価も正しく、ひとつの音楽性に結実したと言えるのだと思う。
ひとつの静かなクライマックスとなったのは、美しいバラード<Time Thread (for Bill Evans)>。ゲイリーとの週1の放課後セッションで取り上げられた曲のひとつビル・エバンス作曲の<Time Remembered>に衝撃を受ける。そのインスピレーションをもとに書かれた曲。といういわれをきかなくても、どこまでも美しい素晴らしい一曲だ。ピアノとヴィブラフォンの美しさが交互に引き立つ絶妙な構成になっている。「Time Thread」の中でも最もファンから愛されている曲のひとつだときく。
フランスをツアー中に車のトラブルでたいへんなことになった一日を描く組曲<Suite “One Long day in France”>。真剣でもありコミカルでもあるシチュエーションだが、二人のプレイには全編に美しいハーモニーと躍動感に溢れていて、悲壮感はなく、フランスの田園風景が目に浮かんでくるようだ。組曲中3曲目の<2台の可愛いフレンチ・カー>では、ゲイリーとスティーブの運転する小さなルノーとプジョーに楽器全部とスーツケース4個を積み、コンサートに駆けつけるべくフランスのカントリーロードを全速で突っ走る。疾走感のある細やかなフレーズとゆるやかな流れが同時に共存するこういう演奏は、まさに小曽根とゲイリーならではのものだ。そして鳴り止まない拍手。
ステージに戻り、あらためて30年間を振り返ってゲイリーに感謝の気持ちを述べる小曽根。そして「私のピアノの音も少しずつ進化していると思うのですが、ゲイリーのヴィブラフォンの美しい音を聴くと、まだまだだと考えさせられます。」この日、サントリーホールの空間に吸い込まれていった音色は、ピアノもヴィブラフォンもこれ以上はないと思わせる特別なものだった。アンコールには、ツアー中のオフ日に、フライパン型の即席ポップコーンをアルミ箔を切ってから火にかけてしまって爆発、ゲイリーの大慌てぶりを描いた<Popcorn Explosion>が演奏された。拍手は鳴り続けるもののダブルアンコールはされず、サイン会が催されて、ふたりはたくさんの観客と丁寧に接していた。
これまで音楽的には対等でありながらも、コミュニケーションでは師匠と弟子というふうに見える瞬間があったが、今回は名実ともに対等のパートナーになっていた。演奏の楽しさに笑いを交わす姿もむしろ友人のようだ。小曽根の作品が中心ということもあるが、幅広いフィールドで活躍する中でその先の次元に進みより対等になったのかもしれないし、また小曽根が国立音楽大学ジャズ専攻を率いる教育者となったことも影響しているとは思う。ゲイリーにしてもこれまで以上に小曽根をかけがえのないパートナーと認識しているようだ。正直なところ、このふたりを聴き始めた頃は、どこかでチック・コリア&ゲイリー・バートン・デュオと比較する自分がいた。『In Concert, Zurich, October 28, 1979』(ECM1182-83)が当時のお気に入りだった。またジム・オドグレン(as)とのゲイリー・バートン・カルテットも好きだったので、ピアノとヴィブラフォンが同居することに身構える部分もあった。しかし小曽根&ゲイリーのコンビネーションは本当にすばらしく、極論すれば、根底にある感性の距離感という点では、むしろ小曽根の方がチックよりも近く、相性が上なのではと思えることさえある。30周年といっても、ゲイリーが70歳になっても、また過去を振り返る組曲でありながら、音はとても新しいし、『Time Thread』における作曲もこれまで以上の美しさと構成美があり、むしろ新しい何かが始まったことを感じさせてくれる。小曽根とゲイリーがひとつの節目を迎え、新しい時代を歩み始める瞬間と空間にそこにいることができたことをとても嬉しく思う。
JT関連リンク;
http://www.jazztokyo.com/five/five1012.html
【関連リンク】
小曽根真 公式ウェブサイト
http://www.makotoozone.com/jp/
ユニバーサルミュージック 小曽根真
http://www.universal-music.co.jp/makoto-ozone
KAJIMOTO 小曽根真 アーチストページ
http://www.kajimotomusic.com/jp/artists/k=38/
ゲイリー・バートン 公式ウェブサイト
http://www.garyburton.com
小曽根真×ゲイリー・バートン2013年JAPANツアー「TIME THREAD」を語る
http://youtu.be/G6n7B15nZ20
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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