Concert Report#551

新国立劇場創作委嘱作品・世界初演
香月修作曲『夜叉ヶ池』
2013年6月25日 新国立劇場中劇場
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 三枝近志

指揮:十束尚宏
演出:岩田達宗
美術:二村周作
衣装:半田悦子
照明:沢田祐二
合唱:新国立劇場合唱団(指揮:三澤洋史)ほか
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
芸術監督:尾高忠明

【キャスト】
白雪:岡崎他加子
百合:幸田浩子
晃:望月哲也
学円:黒田博

 新国立劇場の委嘱による新作・世界初演の舞台を観た。原作は泉鏡花、作曲者の香月修と演出の岩田達宗の二人による上演台本。全二幕。
 観客が劇中のアリアを口ずさめるような、親しまれるオペラを、との尾高忠明芸術監督の願いを受けて、とくに歌曲や合唱で実績のある香月修が、児童合唱や子守歌(いかにも日本人に好まれそうな)を巧みに配して作り上げた作品である。
 『夜叉ヶ池』の物語はよく知られているので詳細は省くが、日に三度必ず鐘を撞かねば池の龍神の怒りを買って陸がすべて水没してしまう、という伝説によって、ひょんなことから鐘撞き小屋に謎の美女(百合)と共に居着くことになった青年(晃)とその友人(学円)、池の主で近くの剣が峰の若君に恋する白雪、百合や晃を物の怪・よそ者と毛嫌いし、最後は百合を雨乞いの犠牲に祭り上げようとする旧弊な村人たちを中心に、物語は展開する。
 泉鏡花の、夢か現か判然としない、幻想的かつ豪奢な世界を、凝った衣装・舞台美術とともに、香月が流麗な音楽で表現していく。第一幕冒頭の児童合唱とソプラノの絡み、第二幕、インテルメッツォのように挿入される鯉や蟹や鯰のブッフォ風の場面、百合を犠牲にしようとする村人たちの禍々しい合唱など、ベテランらしい巧みな手さばきを感じさせる出来映え。
 一方、第二幕では劇的な場面転換がいくつか続くのだが、観客の注意力がふと途切れるような間の悪さを感じる瞬間が何度かあった。また村が水没する最大の山場が、実のところ演出も音楽もさほどのインパクトを残さず、初演・初日ならではの事情もあろうが、改善の余地もいろいろありそうである。また、そもそも物語の展開や演出、音楽の作りが、團伊玖磨の《夕鶴》や、近年、歌舞伎の板東玉三郎が行っている一連の鏡花作品上演を容易に連想させるため、新鮮味や斬新さに欠けるのは否めない。
 新鮮味ということで言えば、舞台美術と衣装、そしてダンスは、丁寧に凝って作られているのはわかるのだが、率直に言って感心しなかった。幕が開いたとたんに、ああ、いかにも日本人制作のオペラだなという既視感と陳腐さを感じ、失望したのを覚えている。舞台の広い空間をなぜ日本人はごちゃごちゃと埋め尽くし、わざわざ狭苦しくしてしまうのだろう。衣装も含め、細部の作り込みは客席からは見えず、逆に、垢抜けなさを感じさせてしまうのである。ごてごてして形態の判然としない龍のオブジェは、途中まで龍とわからず、その周囲でうごめくダンサーは、何かを説明しているようでもなく、かといって動きの美しさそのもので観る者を魅了するだけの洗練も感じられず、最後まで意図不明な感じが残った。
 作曲もそうだが、舞台制作に関わるすべてのスタッフに、音楽のつく劇なのだから、情緒的に、感動的に、誰にとってもわかりやすいものに仕上げなければならない、という固定観念があるのではなかろうか。あまり高尚な「芸術」は観客に嫌われる、と。しかし、親しみやすい、わかりやすい作りになっていれば、再演を繰り返すレパートリーになるのか、と言えば、そうではないことは、歴史に明らかであろう。オペラというものの概念が日本と欧米では根本的に違うのだということを、幾分かの失望とともに、改めて思わされた公演でもあった。
 歌手陣は、とりわけ百合を演じた幸田浩子、学円の黒田博や、ブッフォ場面を担った演技巧者の高橋淳などが印象に残るが、非常にバランスの良い布陣で、魅力的な声の質、声量、演唱の確かな技術、立ち姿の美しさや舞台上での存在感など、高水準の歌手がそろっていたことが、何よりもこの公演を見応えのある、楽しめるものにしていた。

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