Concert Report#554

スイス・バーゼル歌劇場 日本ツァー2013
《フィガロの結婚》
2013年6月26日(金) 東京文化会館
Reported by 藤堂 清
Photos by 林 喜代種

作曲:W.A.モーツァルト
指揮:ジュリアーノ・ベッタ
管弦楽:バーゼル・シンフォニエッタ
フォルテピアノ:イリーナ・クラスノフスカ
合唱:バーゼル歌劇場合唱団
演出:エルマー・ゲールデン
舞台美術:シルヴィア・メルロ、ウルフ・シュテングル
衣装:リディア・キルヒライトナー
照明:ヘルマン・ミュンツァー

主なキャスト:
アルマヴィーヴァ伯爵:クリストファー・ボルダック
伯爵夫人:カルメラ・レミージョ
スザンナ:マヤ・ボーグ
フィガロ:エフゲニー・アレクシエフ
ケルビーノ:フランツィスカ・ゴットヴァルト
バルトロ:アンドリュー・マーフィー

 180年の歴史を持つバーゼル歌劇場の初めての海外ツァー、愛知、富山、東京、びわ湖で各1回ずつの公演が行われた。現地で2シーズンにわたって上演されてきた《フィガロの結婚》を持っての初来日である。
 スイスの歌劇場というと、チューリッヒ、ローザンヌといったところが頭に浮かぶ。バーゼルも含め、どの劇場も小規模であることは共通している。後者はすでに来日しており、《カルメン》でローザンヌ室内管弦楽団がピットに入り、充実したオーケストラを聴かせてくれた。
 バーゼル歌劇場と名乗っているが、オペラ、バレエだけでなく演劇も含めた3ジャンルの公演を行っている劇場であり、オーケストラは劇場に所属しているわけではなく、通常の公演ではバーゼル交響楽団が演奏する。

《フィガロの結婚》というだれもが何度も聴いているオペラで初来日を果たすということは、この演目に対しよほどの自信を持っているということなのだろう。その自信の源はゲールデンによる演出と考えられる。
 時代を現代に、場所をロサンゼルスの豪邸に移した、いわゆる読み換え演出。"pini"(松)と歌われていても舞台にあるのは大きなサボテンといったような食い違いは仕方がないことだが、第3幕の伯爵のアリアの間に、スザンナとフィガロ、バルバリーナとケルビーノ、さらに伯爵夫人の5人が舞台に出て来て抱き合う様子を見せる。伯爵のアリアで歌われる思いを視覚化したのだろうが、「そこまでやってくれなくてもいいのに」という気持ちになる。
 この演目、さまざまな歌劇場の引越公演でも取り上げられてきたし、映像でも、いろいろなタイプの演出を体験してきているものだけに、登場人物ひとりひとりの孤立感や疎外感が強調されたものは以前にも見たことがあるな、といった方向に頭の中で脱線していってしまった。
 出演者の多くはこのプロダクションに出ていたメンバーであり、演技面でも歌唱面でも安心していられた。一方でバーゼル・シンフォニエッタがピットに入ったことは、音楽面ではいろいろな課題を残したように思う。
 最初から最後まで不安定な管楽器、歌手に合わせるように振る指揮者、それによってときおり生ずるオーケストラと歌手のずれなどなど。歌手のレベルはそろっており大きな傷はないのだが、音楽が弾(はじ)けない。
 第3幕の伯爵夫人のアリアでレミージョが個性を主張したときだけは客席の反応も熱くなったが、それ以外はいささか盛り上がりに欠けた。
 そういった中で、レチタティーヴォでフォルテピアノを弾いたイリーナ・クラスノフスカが、雄弁で表情豊かであった。他の会場では楽器の手配の関係でチェンバロを使ったところもあるようだが、それでは効果が異なってしまうように感じる(バーゼルではフォルテピアノを使用)。

 彼らの日常の空間に較べ東京文化会館の大ホールが大きすぎたことも舞台と客席の距離の要因ではなかっただろうか。新国立劇場の中劇場くらいのサイズでの上演であれば、音楽面でも演出面でもよほど親密なものとなったと思う。
 それでも、ヨーロッパの比較的小規模な劇場の日常の姿を日本にいながら体験できたのは貴重なことだった。


藤堂清 kiyoshi tohdoh
東京都出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。ソフトウェア技術者として活動。オペラ・歌曲を中心に聴いてきている。ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのファン。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若き恋人たちへのエレジー》がオペラ初体験であった。

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