Concert Report#556 |
「大友良英&あまちゃんスペシャル・ビッグバンド」 |
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大友良英&あまちゃんスペシャル・ビッグバンド;
大友良英(g) / 鈴木広志(sax, recorder) / 江藤直子(p) / 大口俊輔(accordion) / 斎藤寛(fl, piccolo) / 江川良子(sax) / 東涼太(sax) / 井上梨江(cl, bcl) / 近藤達郎(cl, harmonica, keyb) / 佐藤秀徳(tp, flgh) / 今込治(tb, euph) / 木村仁哉(tuba) (7/13のみ) / かわいしのぶ(elb) / 小林武文(ds, perc) / 相川瞳(perc) (7/2のみ) / 上原なな江(perc, marimba) (7/2のみ) / 三沢泉(perc) (7/13のみ)
劇中歌<暦の上ではディセンバー>がiTunesダウンロード1位に、サントラが発売と同時にオリコン5位に、大友良英音楽、宮藤官九郎脚本、能年玲奈主演、NHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」の勢いはもう止まらない。その最中、7月2日に開催されたのが渋谷パルコ劇場でのオリジナル・サウンドトラック レコ発ライブ。一般発売された最初のコンサートで約400人の会場に先行予約だけで3,000人を超えた。7月13日には、幕張メッセでの震災復興支援の無料ライブイベント「Free Dommune 0 One Thousand 2013」では、推定で7千人以上のオールスタンディングの観客を前に深夜に演奏された。6月2日の新宿ピットイン「大友良英サウンドトラックス」、6月18日アサヒビール・ロビーコンサート、および「あまちゃん」の音楽の成り立ち、メンバー構成、各曲の説明などについては、6月30日号のコンサート・レポートに書かせていただき、こちらでは割愛している点もあるので、ぜひご一読頂きたい。
http://www.jazztokyo.com/live_report/report542.html
コンサートは、いずれも<あまちゃん オープニングテーマ/ロングバージョン>から始まる。観客は何よりもオープニングテーマの生を聴くために集まっており、興奮の絶頂がいきなり来る。スカのようなリズムに始まり、昭和の喜劇映画の楽しくだらしなさそうな響きがあり、チンドン屋風でもあり、チャンチキが響き、サビは1980年代の歌謡曲の典型的なコード進行で作っている。1分30秒に強烈な個性を見せるこの曲だが、意図的にごちゃまぜに作られている。またビッグバンドとは言っているものの純粋に、いわゆる「ジャズ・ミュージシャン」と呼べる人はいない。3分の2ほどは、東京藝術大学管・打楽器科の卒業生を中心に結成され、CHING-DONG(チンドン)をベースに世界のさまざまな音楽を取り込んで拡張してきた元チャンチキトルネエドのメンバーで(大友は2011年にすみだ川アートプロジェクトのアンサンブルズパレードの準備段階で出会う)、彼らは言うまでもなくクラシック音楽の正統な教育を受けてきている。一方、かわいしのぶは元Super Junky Monkeyのベーシストであり、公演によっては、木村仁哉のチューバの両方またはどちらかが参加、また、鈴木広志、東涼太のバリトンサックスと低音が交錯し使い分けられる。<あまちゃん オープニングテーマ>も20代と60代では違う記憶にしたがって、異なる聴こえ方をしている。歌も多数作られている「あまちゃん」にあってテーマを歌にしなかったのは、明確なメッセージ性を持たせたくなかったからでもある。その計算されたごちゃまぜが、幅広い層からの支持を得ている隠された原因ともなっている。
初の一般公演となった7月2日のパルコ劇場では、10倍以上の高い競争率をくぐり抜けているだけに、熱心なあまちゃんファンが多く、オリジナルTシャツ姿の人も多く見かける。6月末から東京編が始まったばかりで急テンポでストーリーが展開していることも異様な興奮を生んでいたようだ。渋谷はNHKのお膝元だけに出演者、スタッフも来るかと思われたが、撮影も大詰めであまり来られなかったらしい。大友もその暖かい熱気と、演劇に適した小ホールでの観客とのコミュニケーションしやすい距離感もあり、(ホームグラウンドの)新宿ピットインにいるようにリラックスしていると何度か言っていて、曲の説明にも熱が入りながら、あまちゃんの音楽を現場で一緒に創った仲間たちと楽しく演奏する。三陸の故郷編から東京編に移ったことについて、故郷編ではスリーコードのようなシンプルなコード進行で素朴さを強調し、東京編ではより複雑なコードでゴージャス感を出すようにしたと話す。
このパルコ公演の最大の収穫はダブル・アンコールでの<地味で変で微妙>。アンコールで<あまちゃん オープニングテーマ>が再演奏されるが、拍手が止まらない。かといってダブル・アンコールは何も考えていなかったため、曲にも困り、じゃあ<地味で変で微妙>のどこまでもしょぼいバージョンを演奏しようということになった。この曲は原題が<ジミヘン大吉>で、ジミ・ヘンドリックスの<Purple Haze><Foxy Lady>などの痕跡を残すフレーズをへろへろに演奏することで、かっこ悪い役に立たない男たちを描くという曲。結果的に現在、劇中で最も多くかかる曲となっている。へろへろな曲をさらにへろへろに演奏すると、低めの音量で、音程もリズムも揺らぎまくるが、むしろ繊細で、かえってダイナミック・レンジが広がるため表現力が格段に高くなる。そして後半は、「オーケストラFUKUSHIMA」などで行っている、大友の簡単な指揮に従って全員がフリーで力強い音のインパルスを生み出しながら最大の音量でエンディングへ。劇伴として完結する演奏だけではない、このユニットの拡張が楽しみになった。
幕張メッセで7月13日オールナイトで行われた東日本大震災被災地支援の無料ライブイベント「FREE DOMMUNE 0 <ZERO> ONE THOUSAND 2013」。ライブストリーミング・サイト「Dommune」代表で、現代美術家・京都造形芸術大学教授でもある宇川直宏の呼びかけで始まり、野外イベントで天候のため中止となった2011年の第1回から数え、3回目となり、今年は91組のアーチストが出演し、15,000人が参加。YouTubeで同時配信され世界中から138万のビューがあった。このあまりに広範で独創的過ぎるイベント全体を語ることは困難なので差し控えるが、果ては瀬戸内寂聴の説法もあれば、91人のドラマーによるパフォーマンスもあれば、WIRED編集長 若林恵を含むトークもあれば、エンディングとして冨田勲とスティーブ・ヒレッジによるホルスト「惑星」などとドーンコーラス(明け方の太陽黒点からの電波を音楽化する)のプロジェクトで熱狂的に締めくくられたことを付記しておきたい。
大友らが震災直後に「プロジェクトFUKUSHIMA」を立ち上げるにあたり、最初に行ったことのひとつが宇川と会い「Dommune Fukushima」を立ち上げたことで、被災地から発信できる独自のメディアを持つことが大きな力となった。この経緯もあり、大友が仲間たちと、東北を舞台にした「あまちゃん」の音楽を、Free Dommuneで演奏し、Dommuneから世界に配信するということは大きな意味を持っていた。
この日の演奏では、冒頭に大友から、主人公 天野アキ=能年玲奈の20歳誕生日であることもコメントされ、<あまちゃん オープニングテーマ>から始まる。23時:20分から始まる演奏、聴くと終電がなくなる時間だ。無料(1,000円以上の被災地寄付)とはいえ参加には敷居がある。その中、駆けつけたあまちゃんファンもいれば、大友のノイズミュージックをよく知る人間もいれば、Dommuneを日頃視聴している幅広い、どちらかといえばディープな音楽、DJを聴く層など、推定7千人以上の観客が、、大友良英&あまちゃんスペシャル・ビッグバンドの持つグルーヴとパワーに圧倒され、熱狂していた。見本市会場という音響的に恵まれない場所ではあったが、PAは音量音質ともに安定して十分によい音が出ていた。また野外やイベントでの演奏も多かった大友と旧チャンチキトルネエドのメンバーたちはその会場のパワーを受け止めてさらに熱い演奏を返していた。
ドラマが東京編に入ったことで演奏されるようになった曲として<芸能界>、原題は<アメ横太巻事務所>も怪しくかっこよく演奏された。パーカッション隊がタブラ(インドの打楽器)の音を模倣し頑張っているものの、劇中で使われている、U-zhaan(ユザーン)のタブラで聴きたいという想いが湧く。そこも察して「U-zhaanは今日は呼ばなかったんですけど。あまちゃんスペシャルビッグバンド with U-zhaanで聴きたい人は、8月15日に福島に来てください。福島だけです」もともとU-zhaanは親から「大友君は朝ドラの音楽をやってるけどお前はやらないのか」と言われ「朝ドラをやれば親に認めてもらえる」という悲痛なメールが発端で、無理に出番を作ったと笑い話にされているのだが、その結果、東京編でタブラが重要な役を担うことになったのは間違いない。U-zhaanは、日本とインドを行き来しながら、矢野顕子と故レイ・ハラカミが始め継続しているプロジェクト「yanokami」、七尾旅人、坂本龍一らと共演している。なお、サントラでは梅津和時のバスクラリネットがタブラに絡んでいる。また、大女優 鈴鹿ひろ美=薬師丸ひろ子のテーマとなる<銀幕のスター>。アコーディオン、トランペットが効果的に使われて、<星に願いを>を彷彿させるスタンダード・ジャズ的でもあり往年のハリウッドをイメージしたという華やかな空気を演出する。アンコールでは<あまちゃんクレッツマー>が演奏される。あまちゃんの音楽を現場で創作する段階で大きな力になり、<オープニングテーマ>を方向付けることになった旧チャンチキトルネエドのメンバーに大友が敬意をこめて作り、チャンチキトルネエド風の賑やかな演奏で盛り上がり、そして、もういちどの<あまちゃん オープニングテーマ>で締めくくられた。
ノイズミュージック、フリージャズ、ターンテーブルなどでも活躍してきた大友がここにきて。「あまちゃん」でブレイクするということは奇妙に感じる向きも多いと思うが、これまでの映画・ドラマ音楽での十分すぎる経験、音響と音韻の両方への確かな耳と、膨大な音の引き出し、個性的な仲間たちとスタッフと現場で創る手法など、多くの人に愛される素晴らしい音楽を生む必然はあった。そして、このレポートの冒頭で述べた<あまちゃん オープニングテーマ>における、意図的なごちゃまぜ感のある音作りにひとつの鍵があるのではないかと思う。また劇中歌としてだけでなくリアルワールドでもヒットしてしまい紅白歌合戦出場も噂される<潮騒のメモリー><暦の上ではディセンバー>にしても、大友に加え、サインウェイブ奏者のSachiko Mが主要なメロディーを書いている。倍音から生まれる楽器の音色から距離をおき、飾りのない究極の音である正弦波を頑固に選んだSachiko M、ノイズ、フリージャズではイディオムによりかからない演奏を意識してきた大友。何よりも宮藤官九郎の歌詞はラブソングの固定観念を破壊し、昭和の歌詞を細切れにコラージュしたり、全く異なるストーリーを提示する。つまり徹底的に壊し否定することを知っていて、大切な何を壊したのかを知り、その要素から再構築できる特別な人が集まることで生まれたものもあると思う。実際、大友とSachiko Mは各世代の歌謡曲を特徴付けるものが何であるのかを徹底的に研究し考えた。<暦の上ではディセンバー>の作編曲には江藤直子と高井康生も大きな役割を果たしている。
大友良英が最も影響を受けたというデレク・ベイリー。ブログ「大友良英のJAM JAM日記」や『MUSICS』(岩波書店)からの中途半端な請け売り、孫引きをお許し頂きたいが、初期のデレク・ベイリーは「それまでの音楽の文脈を注意深く徹底的に回避」することに精力を注ぎ「楽器の本来持つ特性からまったく逃げることなく」正面攻撃でやってのけていたことに衝撃を受ける。ワールドミュージックでもジャズでもイディオマティック・インプロビゼーションとして即興が成り立ち、そのイディオムを駆使し、所属する音楽にとって正統であることが常に問題になる。いや、私ごときがこの議論を再構築側にまで持っていくことはデレク・ベイリーの思考と音楽を大きく冒涜することと思われ,,,ここでお茶を濁して失礼したい。ともあれ、大友はノンイディオマティック・インプロビゼーションの思考に強い影響を受け、その理想とある種の限界も知っている。冒頭であまちゃんスペシャル・ビッグバンドにはいわゆる「ジャズ・ミュージシャン」がいないと述べたが、結果、アドリブをしても明らかなジャズにはならないし、バックも暗黙の決まりごとではついていかない、たとえば、かわいしのぶのベースを聴いていて、ああジャズベーシストなら、水谷浩章ならこんな風に進行するのに、と思うときにまったく違った、でも別なかっこいい動きをする。このビッグバンドはジャンルの持つイディオムからは少しでも距離を置き、イディオムを混ぜることに成功し、それが不思議なパワーになっている。他方、宮藤は東北弁、そして日本中の方言という大切なイディオムを手放すことを拒否し、主人公の天野アキに象徴させていることも興味深い。東京編では芸能界が舞台になっているだけに音楽の役割は大きく、現場ではひとつの曲の完成によってストーリーや演出が動き出すことさえあるときく、劇伴の録音も終盤となり、9月の結末に向けて、大友らがどんな音を生み出していくのかが楽しみだ。
JT関連リンク:
http://www.jazztokyo.com/live_report/report542.html
http://www.jazztokyo.com/five/five1013.html
【関連リンク】
大友良英JAM JAM日記
http://d.hatena.ne.jp/otomojamjam/
KBS京都ラジオ 大友良英のJAM JAM ラジオ
http://www.kbs-kyoto.co.jp/radio/jam/
NHK朝のテレビ小説「あまちゃん」
http://www1.nhk.or.jp/amachan/
FREE DOMMUNE 0 <ZERO> ONE THOUSAND 2013
http://www.dommune.com/freedommunezero2013/
プロジェクトFUKUSHIMA!
http://www.pj-fukushima.jp/
すみだ川アートプロジェクト
http://ab-srap.com/
チャンチキトルネエド(活動休止)
http://www.chanchikitornade.jp/
【追記】
大友良英&あまちゃんスペシャルビッグバンドのライブ予定
8月15日 福島「プロジェクトFUKUSHIMA」
9月7日 あいちトリエンナーレ 2013「フェスティバルFUKUSHIMA in AICHI」
10月1日 福島・福島県文化センター
10月2日 久慈市
10月3日 八戸市
10月4日 仙台・東北大学川内萩ホール
10月10日 京都・同志社大学ハーディーホール
10月11日 兵庫県三田市
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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