Concert Report#562 |
チョン・ミョンフン指揮 アジア・フィルハーモニー管弦楽団 |
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指揮:チョン・ミョンフン |
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「最高の音楽を携え、世界に向けた文化的・社会的な親善大使となる」「アジア諸国間の協調を推進するひとつの音を生み出し、国境を越える世界を目指す」というミッションを掲げ、チョン・ミョンフンが始動させ、音楽監督を務めるアジア・フィルハーモニー管弦楽団。概ね年1回、夏に臨時編成で活動する。2013年は7月29日東京、30日広島、31日ソウルで公演を行った。主要メンバーは内外のオーケストラで活躍する韓国人と日本人の演奏家たち。少数だが中華圏からも参加している。欧米のオケからの参加も多く、サッカーのワールドカップやWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)的で、精鋭が集まるドリーム・オーケストラでもある。弦楽器は、欧米、韓国、日本のオケからおよそ3分の1ずつの構成になっている。
今回の公演では、何よりも弦楽器全体の中低域のふくよかな響きと、ボウイングの一体感の高さから生まれる力強い音が印象に残った。コンサートマスターにベルリン・フィルの第1コンサートマスター樫本大進を迎え、第1ヴァイオリンにコンサートマスター級の団員を揃えているのも大きな力となっている。『タンホイザー序曲』のホルンや木管の後に現れる弦の響きからその凄さに気付かされた。『トリスタンとイゾルデ』では官能的な響きに酔う。ブラームス『交響曲第4番』では、特に弦の一体感が活きており、冒頭から心を動かす美しい響きで、第4楽章に向けてさらに情熱を帯びていく。
他方、管楽器セクションは全体としての明確なひとつのカラーや特徴は出していないと思う。管打楽器の一部は日本では日本人、ソウルでは韓国人と、演奏者が入れ替わる。合理的ではあるが、弦のまとまり感と差が出るのはやむを得ないだろう。
チョン・ミョンフンの指揮は大げさではなく地に足が付いたシンプルなもので、ダイナミック・レンジの大きさを見せる演奏ではなく、いたずらに小音量での表現を求めることもない。安定した音量の中で、大音量に向け盛り上げて行く。
終演後、観客が帰り始めても立ち上がってずっと拍手を続ける方々も多く、アンコールはなかったが、上着を脱いだマエストロ、楽器を置いてきた団員たちが、カジュアルにステージに戻って、肩を組んでお辞儀をし、共に感動を分かち合っていた。
今回のメンバー構成は日韓が中心で公演も日韓で。個人的にも学生時代から何度も韓国を訪ねており、日韓を結ぶ重要性もよくわかる。だがアジア全体を、そして世界を音で結ぶというミッション・ステートメントからするとわかりにくい。ステージでチョン・ミョンフンが理念を熱く語るということもない。多くの方々のたいへんな労苦の上で実現された素晴らしい機会としては、このわかりにくさをもどかしく思う。比較対象にはならないが、アジア・ユース・オーケストラは、団員の公募でアジアの幅広い国からの有望な学生が集い、民族・宗教・国境を乗り越えたアジアの結びつきをわかりやすくアピールすることに成功している。たとえば今回なら日韓のドリーム・オーケストラであることを謳った上で理念を示してもよいかもしれないし、存在感やメッセージをその年の状況に合わせてより明確にした方がよいのではと思った。
2013年9月には、ソウルで「ECMフェスティバル」が開催される。アンドラーシュ・シフ(pf)、ハインツ・ホリガー(ob)を迎え、チョン・ミョンフン指揮ソウル交響楽団によるコンサートがその目玉となり、ユン・イサン「オーボエ協奏曲」、ブラームス「ピアノ協奏曲第1番」などが演奏される。また年内にチョン・ミョンフンのピアノソロ・アルバムをECM(ミュンヘンのジャズ・クラシックレーベル)からリリースする予定ともきく。ECMのオーナー・プロデューサー、マンフレート・アイヒャーと親交を深め、マンフレートの下で研ぎ澄まされた音がどのようなものになるのか。それはアジア・フィルの多様な個性からどんな一音を生み出してゆくか、また、エネルギーを集中しわかりやすく見せていくのかという、来年以降の取り組みにも少なからず影響すると思われる。
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アジア・フィルハーモニー管弦楽団
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アジア・ユース・オーケストラ
http://www.asianyouthorchestra.com/
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#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
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