Live Report#563

勅使川原三郎×灰野敬二
特別ライブパフォーマンス「一音一音」
2013年8月2日(金)  高円寺HIGH
Reported & photos by 剛田武(Takeshi Goda)

-Live-
勅使川原三郎 (dance)
灰野敬二 (music)
佐東利穂子(dance)

照明協力:清水裕樹 (ハロ)         

五感で感じる芸術表現に意識を集中させた真に奇跡的な一夜

ダンスカンパニーKARASを主宰し、既存のダンスの枠組みではとらえられない新しい表現を追及する勅使河原三郎は、独特の創造感覚に満ちた舞台表現で、ダンス界のみならずあらゆるアートシーンに衝撃を与え、世界的に高く評価される、名実共に日本を代表する舞台芸術家である。世界中の主要フェスティバルや劇場の招聘で数多く海外公演を行う活動は、音楽シーンに於ける灰野のスタンスに通じる。

灰野のダンス/舞踏の共演者としては田中泯とその門下の石原志保がよく知られる。他にも大野一雄など著名な舞踏家との共演は少なくない。激しいステージアクションは音楽の舞踏と評されることもあるし、自らもパーカッション・ダンス・ソロで身体表現を追求してきた。今回の共演ライヴは、2010年11月に横浜で開催された大野一雄フェスティバルでの東野祥子との共演以来2年半ぶりのダンス・コラボ。

勅使河原と灰野はお互い名前は知っていたが、昨年秋の青山マンダラでの灰野ソロ公演の企画者が仲介するまで会ったことはなかったという。長年異なる分野で活躍してきたふたりの表現者はすぐに魂が通じ合い、初の共演へと自然に話が進んだことは想像に難くない。スタジオで一回リハーサルをしたが「一切台本なしの即興パフォーマンス」ということだけ決めたらしい。

2011年3月11日、高円寺HIGHで予定されていた灰野の新バンド「静寂」のワンマン公演が震災で中止になった。その日を境に世界の全てが変わってしまった。音楽は勿論、芸術全体にも大きな衝撃と変革をもたらした。灰野にとって因縁の会場でのパフォーマンスには特別な思いがあるのではなかろうか。会場の雰囲気がいつもの灰野のライヴと違うのに気がつく。黒装束長髪のロックファンは殆どおらず、サブカル系の若者とアート好きそうな年配客が多い。特に前列には女性の姿が目立つ。おそらく勅使河原&ダンス&舞台ファンが多かったのではなかろうか。アンビエント音楽のSEが流れる場内で、隣の年配女性3人組が熱心に演劇や舞台の情報を交換している。

ほぼ定刻通りに灰野が登場。照明が暗転するといきなりドラムマシーンをボリューム最大で「バシッ!」と一発。衝撃で前の女性客が飛び上がる。断続的に打撃音が続き、一音一音に女性の頭がビクッと反応するのが面白い。気づくと勅使河原と佐東利穂子が下手から登場して台の上に彫像のように佇んでいる。ビシッバシッという音に反応して痙攣するように細かく震え始めるふたつの肉体。音と拮抗する波動が驚く程の存在感で迫ってくる。ゆっくりとふたりの動きが大きくなり、両手を広げて空中に軌跡を描き出す。重力を無化する一挙一動に目を見張っていると、ステージの上だけ空間が歪んでいくような錯覚に陥る。

灰野のヴォーカルは獣のような咆哮から、明瞭な言葉の歌に変わる。最近灰野の発する言葉が今まで以上に具体的な意味性を帯びているように感じる。それは子供でも理解できる平易な語彙と禅問答に陥らない明確な意思の存在ゆえであろう。3.11以降の灰野の活動には、深い慈しみと相互理解への希求が色濃く表出している。老成や軟化でなく、表現者として新たな地平に立ったことは間違いない。

ステージ上にはハイワットとマーシャルのスピーカーが6台積まれている。キャパ200人のクラブで爆音が1km先まで聴こえたという伝説を残した「I'll Be Your Mirror」フェスと同じセッティング。まさに容赦のない爆音シャワーが襲いかかる。特に2台のミニシンセサイザーによる暴力ノイズ攻撃は圧倒的。音圧で前列の女性の髪が逆立っている。すると、暗闇で聴覚が鋭くなるように、麻痺した耳の代わりに目から入る刺激が強烈に意識されてくる。勅使河原と佐東の存在が脳の中心に稲妻のように突き刺さる。言葉で表現するのは困難だが敢て記せば、10年程前に流行った裸眼立体視でモワレ画像の中から文字が浮き出るのが見えた時の「ハッ!」という状態がずっと続くような感覚か?

轟音演奏が一転してフルートとパーカッションの静謐な演奏に変わるが、音としての存在感の大きさが爆音以上に強く感じられることに驚く。物理的な音量ではなく、音の求道者がよく言うように静寂にこそ本当の力が宿っているのである。圧巻は演奏に没頭する灰野の背後から、勅使河原が文字通り音もなく無表情に近づき、ふたりが最接近した瞬間だった。灰野が意識したかどうかは判らないが、接近するにつれて明らかに演奏のテンションが高まったのを肌で感じた。灰野の歌とギター、勅使河原の銅像のような表情とそれが薄明に浮き出る照明効果、強過ぎる空調のヒリヒリした冷気、隣の女性客の香水、緊張感で苦くなった唾液。五感で感じる芸術表現に意識を集中した。

鋼のように強靭な微弱音のギターの爪弾きで100分に及ぶパフォーマンスは終了。終わって暫く無音の続いた会場が、勅使河原が顔を上げた瞬間に賞賛と安堵の拍手に包まれる。全てを出し切ったとばかり笑顔で握手するふたりの姿を観ながら、「一音一音」というタイトルが音だけでなく感覚すべてを指していたことに思いを馳せる。真に奇跡的な一夜だった。(剛田武 2013年8月10日記)

剛田武(ごうだ・たけし)
1962年、船橋生まれ。東大卒。レコード会社勤務。ブロガーとしてライヴレポートを中心にしたブログ「A Challenge To Fate」を05年より執筆。

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