Concert Report#567

日比谷野音90周年記念「真夏の夜のJAZZ」
〜渡辺貞夫・山下洋輔 夢の競演〜
2013年7月27日 17:30
Reported by 神野秀雄
Photos by 内田巧





日比谷野音(1923年)

山下洋輔スペシャル・クインテット:
山下洋輔(p) 坂井紅介(b) 本田珠也(ds) 寺久保エレナ(as) 菊地成孔(ts)

渡辺貞夫グループ:
渡辺貞夫(as) 塩谷哲(p, key) コモブチ キイチロウ(b) 養父貴(g) 本田珠也(ds) ンジャセ・ニャン(perc)

山下洋輔スペシャル・クインテット:
First Bridge <トリオ>
Burkina <トリオ+寺久保エレナ>
おじいさんの古時計 <トリオ+菊地成孔>
Spider <全員>
Kurdish Dance <全員>

渡辺貞夫グループ2013:
Afrozil
Tembea
Bagamoyo - Sangoma
I Thought of You
Warm Days Ahead
Alalake - Lopin’
Chega de Saudade
Life is All Like That

セッション:
Blue ‘n’ Boogie         

この真夏の夜は散々だった。前半、山下洋輔で晴れていた空が、後半、渡辺貞夫の頃には豪雨でずぶ濡れに。しかし豪雨のときこそ、田園コロシアム「Live Under the Sky 1979」でのVSOPとか、よみうりランド・イーストでの『Keith Jarrett Trio Live at EAST 1993』(ビデオアーツミュージック/ECM5504)とか、伝説の名演もあったりするわけで。このコンサートもステージと観客が一体になる忘れられない夏の夜となった。

1965年11月15日に渡辺貞夫がアメリカから帰国、16日、銀座「ジャズギャラリー8」で佐藤允彦トリオに飛び入りする形で帰国ライブを行い、衝撃を与える。その場に山下もいた。1966年前半、渡辺は富樫雅彦(ds)原田政長(b)を含むカルテットに国立音大の学生で24歳だった山下洋輔を招き入れるが、山下は富樫と衝突し数ヶ月で渡辺カルテットを去る。このカルテットが長く続けば日本のジャズは少し違ったかもしれない。ご存知のように山下はフリージャズに向かい。渡辺はメインストリームを支えながら、フュージョンとワールドミュージックをつなぎながら独自の世界を創る。そして渡辺と山下は、違った道を歩みながらジャズファン以外からも広く認められてきた。乱暴に言えば、1960年代後半〜80年代の日本ジャズシーンとその周辺の文化状況は、マクロ的にはこの二人を対極に置いて座標づけることができるのではないかと思う。
いや、私が中学生のときに生まれて初めて買ったレコードが『渡辺貞夫/カリフォルニア・シャワー』(フライング・ディスク/ビクター音楽産業)、しばらくして『山下洋輔トリオ/ホット・メニュー』(FRASCO/日本フォノグラム)を買い、『相倉久人/ジャズは死んだか?』(音楽之友社)でジャズ史を捉えたという個人的な背景と視点ではあるのだが。それだけに中高生の頃「ジャズが好きです」「あ、ナベサダね」「いやフリージャズとか」「山下ね」とお決まりのように言われると海外のミュージシャン名などを挙げつつ反発していたが、昭和の東北の田舎で誰もが知っていたのは凄いし、今更ながら二人の音楽のオンリーワンのすばらしさと戦後文化における存在の大きさを再認識させられる。また気がつくと、渡辺が愛するブラジルやアフリカ、山下トリオが珍道中をしたヨーロッパを旅していた。
一方、日比谷野音は1923年に誕生し90周年を迎える。1969年以降、夏に「サマー・ジャズ・イン・トウキョウ」「サマー・フォーカス・イン」などのジャズ・フェスティバルが行われ、渡辺、山下とも何度も参加している。また山下は思い出のコンサートとして1981年、筒井康隆、タモリらが出演した「ジャズ大名・セッション・ザ・ウチアゲ」、2009年の「結成40周年記念!!山下洋輔トリオ復活祭」を挙げる。渡辺は「日比谷野音での一番の想い出といえば、1990年、南アフリカのネルソン・マンデラ氏が初来日した際に、二人でステージに上がった時のことです。ぼくらの演奏と聴衆の皆さんの声がひとつになり南アフリカ国歌をうたったのでした。」と記している。
日本ではコンサート会場も時代とともにどんどん変わり、厚生年金会館も旧フェスティバルホールもなくなり、東京オリンピックに向けて昭和の建物がさらになくなりそうな中、時代を超えて世代を超えて共有できるライブ空間がない。たとえばニューヨークなら「カーネギーホール」「ヴィレッジ・ヴァンガード」が時代を超えて存在し、伝説を生み出し続ける。90年にわたって日比谷公園にあり続けた野音で、渡辺と山下、中堅の塩谷哲と、さらに若手のメンバーが集い、ジャズ・フェスティバルのような形で競演することには大きな意味があった。

山下洋輔の演奏は、まず坂井紅介(b)と本田珠也(ds)とのトリオで<ファースト・ブリッジ/第一橋堡>から。おなじみの名曲で、山下トリオならではの自由なインプロビゼーションが繰り広げられる。次いで今回のクライマックスの一つとなったのは、バークリー音楽大学に日本人初のプレジデンシャル・スカラシップ(学費・寮費など全額免除)で留学中、一時帰国中に参加したアルトサックスの寺久保エレナ。曲は自身の最新アルバム『ブルキナ』(Eighty-Eight’s)から<ブルキナ>。これまでも寺久保の演奏を生で聴く機会はあったが、これまでとはサックスの音が全く違って、素晴らしく鳴っていた。これは亡くなる直前のデューイ・レッドマンに会ったときに感じたのと同じだが、フレーズがどうのではなく、「音」の凄みが違う。テナー的な太さも感じる。山下トリオとの共演ともなれば、速いパッセージでフリーに吹こうとしそうなものだが、堂々と全音符というか伸ばす音を多用する。その裏で、山下、坂井、本田が細かく大胆な演奏を続ける。日本経済新聞の「私の履歴書」によれば、フリーらしい音を探す高校生の寺久保に「そうでなく、いま自分がいちばんよく表現できることを自由に演奏するのがフリージャズだ」と山下がアドバイスしたこともあるそうだ。この寺久保の演奏にノックアウトされたが、その後ブルーノート東京の寺久保エレナ・カルテットに行くと、<ブルキナ>を速いパッセージで吹いていて、よい演奏なのだが、山下トリオとの演奏での圧倒的凄みまでは行かなかった。ブルーノート東京で終演後、本人は卒業後ニューヨークに残りたいと語っていた。現地のミュージシャンたちと交わりながら、さらに化けていく寺久保に期待したい。
菊地成孔は絶大な人気を見せ、圧倒的な拍手で迎えられる。<おじいさんの古時計>で、おなじみの童謡のメロディの余韻にフリーなインプロビゼーションを交えて行く、意外性があると思わせつつ、山下洋輔、アルバート・アイラー、ヤン・ガルバレクをはじめ定番の手法で、メロディの流れから大きく外れることはなく、違う次元に突入するということはしなかった。そして寺久保と菊地が加わったクインテットに。山下トリオにアルトサックス2本での熱い演奏が繰り広げられた。寺久保のソロにはバップ・フレーズも見えるが、明らかに渡辺のイディオムもしみついていることがわかる。

この2つのグループにまたがって通しで参加する、言い換えればリサイタルにもなりかねないのがドラマーの本田珠也。本田竹曠(p)とチコ本田(vo)を両親に持ち、叔父が渡辺貞夫と渡辺文夫(ds)。そんな話は蛇足ではあるものの、渡辺貞夫の甥が山下洋輔トリオのドラマーだというのも、歴史を振り返るとき素晴らしいことのように思えるし、ふたつのグループのテクスチャーは根底でシームレスにつながっている。
今回の渡辺貞夫グループのメンバーにはおなじみのメンバーに加えて、ピアノに塩谷哲(しおのや・さとる)が参加していることが目を引く。二人の共演はオルケスタ・デ・ラ・ルスに渡辺がゲスト参加したのが最初と思われる。2004年11月にはTOKYO FM「渡辺貞夫Nightly Yours」に、山木秀夫(ds)と吉野弘志(b)での塩谷哲トリオが招かれスタジオ・セッションが行われた。今回は渡辺が塩谷のラテン&ワールドミュージックへの感性に惹かれて呼んだのは間違いない。ちなみに渡辺の音楽の故郷の一つにブラジルがあるが、塩谷は<あこがれのリオデジャネイロ>という名曲を持つものの、まだブラジルの大地を踏んでいないらしい。

渡辺のアルトサックスが夕暮れどきの空に響き渡り、『Viajando』の1曲目<Afrozil>が始まる。心地よくラテン・テイストのサウンドが流れる。ンジャセ・ニャン(perc)と本田のリズム、養父貴の軽快なギターに乗って<Tembea>。
アフリカのサバンナの空気を思い出させる<Bagamoyo>〜<Sangoma>。コモブチ キイチロウのベース、塩谷のシンセとエレピが渡辺を気持ちよくバックアップするが、惜しいことにはキーボードがPA的に聴き取りにくく、塩谷もそのモニターのためか若干弾きにくそうにも見えた。山下と渡辺のMCも明瞭さを欠いた感があり、今後、日比谷野音をオフィス街・官庁街と共存しながら野外音楽施設として有効活用して行く上で、特にPAに力を入れれば可能性が拡がるのではと感じた。数々の「セントラルパーク・コンサート」の名演があるように、優れたPAシステムがあれば、日比谷公園だから、日比谷野音だからこそこれから生まれる伝説があるような気がする。
渡辺オリジナルの美しいバラード<I Thought of You>。この直前、客席からステージへ一瞬の強風が吹き抜ける。ステージ上の本田にとってそれはスピリチュアルな体験だったと言う。それをきっかけに雨が降り始め、その中でも渡辺は美しく歌い上げ、塩谷のピアノが優しく絡む。バンドも観客も集中力が途切れることはない。さらに雨が激しくなると、キーボードにはビニールカバーがかけられ、塩谷はピアノに専念するようになるが、結果、塩谷は水を得た魚のようにピアノを弾きまくり、前半以上の熱い演奏を繰り広げる。豪雨の中での<Chega de Saudade>。2013年、渡辺は25年ぶりとなるブラジル録音の『Outra Vez』をリリースしたが、渡辺のボサノバは優しく力強い。

コンサート終了のアナウンスが流れるが、渡辺は「アンコールをやらないわけにいかないでしょう」といって、山下バンドを呼び出す。ブルースが始まる。アルトサックス3人でソロをまわすが、やはり寺久保のソロには渡辺のイディオムが織り込まれていることが明確に伝わってくる。山下と塩谷の連弾も熱い。突然、閃光と爆音が0.5秒に満たないディレイで訪れ、半径150m以内に落雷があったことがわかる。演奏は途切れずに続くがエンディングに。ここでコンサートが終了となった。幻となったアンコール2曲目には「オレンジ・エクスプレス」が用意されていたらしい。このメンバー全員での「オレンジ・エクスプレス」、聴いてみたかった。
本田によると、「オヤジ(本田竹曠)と野外ステージに出演すると必ず雨または豪雨だった。」本田竹曠をはじめジャズの先輩たちが来ていたのではないかという。いや、スピリチュアルでも豪雨は勘弁してほしいが、80歳の渡辺に71歳の山下、現役で走り続ける二人に、中堅の塩谷、本田をはじめとするすばらしい若手のミュージシャンたちに、21歳の寺久保。それを優しく包む90歳の日比谷野音。(山下は、8月末に肝機能障害による体調不良のため2ヵ月の治療休養に入ったが、一日も早い回復を祈りたい。) 全身ずぶ濡れで地下鉄に乗りながらも、爽やかな嬉しい余韻の残るコンサートとなった。


【関連リンク】
「真夏の夜のJAZZ」で共演する渡辺貞夫と山下洋輔からのコメント(YouTube)
http://youtu.be/e8Cu1VtwGaQ
日比谷野音90周年ホームページ
http://yaon90.com
渡辺貞夫 公式ウェブサイト
http://www.sadao.com/
山下洋輔 公式ウェブサイト (10月末まで活動休止中)
http://www.jamrice.co.jp/yosuke/
寺久保エレナ 公式ブログ
http://ameblo.jp/erenasax/
菊地成孔 公式ウェブサイト
http://www.kikuchinaruyoshi.net
塩谷哲 公式ウェブサイト
http://earth-beat.net


【参考文献】
相倉久人『至高の日本ジャズ全史』(集英社新書)
−渋谷のジャズクラブ「Last Waltz by shiosai」で全4回にわたって行われた『相倉久人の“極私的・戦後日本ジャズ史”連続講座 〜いかにジャズを愛し、かつ問題視したか〜』からまとめたもの。4回とも出席したが、貴重な動画、録音も交えたマルチメディアに素晴らしいものだった。なお、shiosaiはジャズレーベルで、本誌今号のFive by Fiveで紹介した『井山大今U』などをリリースしている。
http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0669-f/
http://lastwaltz.info/2012/06/post-3695/

日本経済新聞 連載『私の履歴書〜山下洋輔』

【JT関連リンク】
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_166.html
http://www.jazztokyo.com/five/five1021.html
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_170.html
http://www.jazztokyo.com/live_report/report532.html
http://www.jazztokyo.com/five/five975.html
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_163.html
http://www.jazztokyo.com/live_report/report528.html

山下洋輔ニューヨークトリオ/グランディオーソ
(Verve/ユニバーサル)
渡辺貞夫/Outra Vez〜ふたたび〜
(ビクターエンターテインメント)
塩谷哲 / Allow of Time
(ビクターエンターテインメント)
寺久保エレナ/ブルキナ
(Eightyt-Eight’s)

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