Concert Report#573

オペラシアターこんにゃく座 新作初演 『銀のロバ』
2013年8月31日 俳優座劇場
Reported by 佐伯ふみ
Photo by 青木 司

原作:ソーニャ・ハートネット
台本:いずみ 凜
作曲:萩 京子
演出:恵川智美
美術・衣装:乘峯雅寛
照明:増子顕一
振付:吉沢 恵
舞台監督:八木清一

【キャスト】
シェパード・チューイ:島田大翼
マルセル:豊島理恵
ココ:熊谷みさと
パスカール:北野雄一郎
ファブリース:野うるお
ピアノ:榊原紀保子         

 幕開け、五人の「歌役者」が、眼には見えないが大切な何かをそっと両の手のひらに包み、手から手へ、ふんわりと投げ交わす。物語が生まれ、人から人へ伝えられるうちに、たくさんの思いが積み重なり、いっそう深くいっそう豊かな物語になっていく…… そんなイメージが、ただこのワン・シーンで、聴き手の心に真っ直ぐに、しかし詩情豊かに響いてくる。ぬくもりのある、秀逸な幕開けである。

 森にきのこを採りに出かけた二人の幼い姉妹マルセルとココは、倒れている兵士(シェパード中尉)を見つける。戦場を逃げ出し、「病気の弟に会うために」、「海の向こう」の我が家に帰ろうとひたすら歩き続けてきたと彼は語るが、おそらく栄養失調のためであろう、眼が見えなくなって行き倒れていたのである。姉妹はおびえながらも食料を持ってくることを約束し、中尉のもとに通うようになる。彼は胸ポケットに銀のロバを忍ばせていた。弟がくれた、幸運を呼ぶお守りだという。銀のロバを手に、ロバをめぐる様々な物語を語る中尉に、耳を傾ける姉妹。
 幼い姉妹は、「戦場から逃亡してきた」という事の重大さには思いが及ばない。彼女たちはただ、お腹をすかせた気の毒な人に同情し、大人の知らない「秘密」を持ったことに、密かに心を躍らせているのである。幼い女の子のそうした心理と行動を、誰もが微笑ましい思いで納得できるように仕上げた、台本も音楽も素晴らしい。

 後半、彼を早く家に帰してあげなければと、姉マルセルが兄パスカールに相談したところから、事態は緊迫してくる。逃亡兵士という重い事実、そしてそれは本当に「病気の弟」がいるためだろうかという疑い、人に知られずに「海の向こう」に彼を送り届けることの困難さ。現実の、大人の世界の苦さが露わになってくるのである。このあたりはしかし、前半との違いをもう少し際立たせる何かが欲しかった。単調とまでは言わないが、淡々と最後まで順を追って進んでいった、という印象が残る。スリルが足りない、のであろうか。

 船を出して海峡の向こうまで彼を送る役割を引き受けるのは、パスカールの友人ファブリース。彼は、中尉を除いてはこの物語で唯一の「大人」である。しかし、脚の不自由なファブリースは、大人とはいえ半人前、国のために働きたくても働けず「戦場に行けなかった」と苦い思いを抱えて生きてきた男だった。中尉の逃亡を助けたことがわかったら自分も罪を負うことになるが、こんな自分でも役に立つことがあるのならと、困難な役割を引き受ける。野うるおがこのファブリースの屈折した苦さと、だからこそここで何かを成し遂げるのだ、とひとり思い定める心理を、説得力をもって演じていた。
 一方、パスカールは大人の世界に少し足を踏み入れているとはいえ、まだ少年である(声や立ち居振る舞いに、大人になりかけた狡賢さと幼さとを共に忍ばせた、北野雄一郎が巧い)。彼は勇ましい兵士に憧れ、戦場での「活躍」の物語を聴きたがる。戦争の悲惨さを知らないのである。そんなパスカールに対し、中尉はもう一つ、戦場で傷ついた兵士を運ぶロバの物語を語る。死んでゆく兵士の頬に、優しい眼をしたロバが、温かな湿った鼻面を寄せる。直接的に悲惨な現実を語らずとも、痛烈に胸を刺してくる、反戦の物語である。

 中尉を乗せた船は、真夜中ひそかに出航する。見送った姉妹、とくに妹のココは、楽しかった日々がもう戻ってこないことを悲しみ、「心ころころ落っこちる」と歌って森に戻る。そして、彼が残していった銀のロバを発見するのである。

 「病気の弟」は本当にいたのか。「海の向こう」に彼は無事に帰ることができたのか。逃亡してきた罪に問われることはなかったのか。謎は謎のまま、結末のわからない物語は、冒頭の五重唱「物語は旅をする……」に戻り、余韻をもって幕を閉じる。

 「大人になったら冒険家になりたい」という妹ココを、伸び伸びと、無邪気さゆえの力強さをもって演じた熊谷みさと。「看護婦になりたい」しっかり者の姉マルセルの豊島理恵は、正確さで全体の歌唱の支えになっていた。中尉の島田大翼は抒情性のある演唱でこの役にふさわしい佇まいであった。が、もう少し謎めいた、後ろ暗い感じを醸し出していてよい役であるように思う。

 「入れ子細工のような」劇中劇のロバの物語では、五人がそれぞれ、一瞬のうちに違う役へとなりかわり、小道具の使い方をはじめ演出の工夫が面白いのも、こんにゃく座ならではで楽しかった。

 最後に、演出と歌にそれぞれ一つ、リクエスト。
 物語の要となる「銀のロバ」は、確かに、きれいな銀色に輝いているのは見えるのだが、手のひらサイズ。いかんせん小さくて、「ロバ」であることがわからない。何らかの視覚的な図像で、ロバの姿が見たい、と思った(役者はもちろん、巧みにロバを演じていたが、それとは別に。プログラムにあった大石哲史氏による「ロバの特徴」の絵で、物足りなさが少し埋められた気がする)。
 歌でもう一つ。冒頭の印象的なフレーズ、「物語は旅をする」の五重唱が、難しいものであることはわかったし、おそらく、きちんとハモれば非常に美しい響きになるのであろうことも想像できた。しかし、今ひとつ。ここはやはり、開幕のファンファーレとして、見事なハーモニーを聴かせてほしい。

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