Concert Report #578

サイトウ・キネン・フェスティバル松本Gig
2013年9月6日 長野県松本文化会館
Reported by 稲岡邦弥
Photos by 大窪道治 (*) 山田毅 (**) 小島竜生 (***)

1.大西順子トリオ
  1) So Long Eric [Charles Mingus]
2) Meditation (For a Pair of Wire Cutter)[Charles Mingus]
3) Never Let Me Go [Jay Livingston/Ray Evans]
4) Eurogia No.15 [Junko Onishi]
 ピアノ:大西順子
 ベース:レジナルド・ヴィール
 ドラムス:エリック・マクファーソン
2.プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」組曲より
  1) モンタギュー家とキャピュレット家
2) 踊り
3) アンディーユの娘たちの踊り
4) ジュリエットの墓の前のロメオ
5) タイボルトの死
 演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ 
 指揮:陳琳
3.ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー
   演奏:大西順子トリオ+サイトウ・キネン・オーケストラ
 指揮:小澤征爾
        

最後の1音がテュッティで打ち込まれると一瞬の間を置いて盛大な拍手が起こりスタンディング・オヴェイションへ。ステージでは大西順子がマエストロ小澤征爾とハイ・タッチ、続いてベースのレジナルドが、さらにドラムスのエリックへとマエストロが挙げた手は握手をしようと伸ばしたエリックの平手を打った。エリックにとってマエストロは気軽にハイ・タッチをするにはあまりにも偉大過ぎたのだ。マエストロに近づこうとするトリオや楽団員を制してマエストロはお客に挨拶するように促す。「主役は僕じゃないんだ。斎藤先生なんだ。そしてこのフェスティバルをサポートしているお客さんなんだ。」「それは理解しております。しかし、私たちは小澤先生が復帰し棒を振って下さったのがほんとうに嬉しいのです...。」たしかに、記念プログラムには、「指揮:小沢征爾」と印刷されてはいるものの、即時性のあるフェスのHPには「※小澤征爾の体調は回復期にありますが、万が一指揮ができない場合は、他の指揮者(未定)が指揮を務めます。」と但し書きが添えられている。小澤は食道がんなどの治療のため活動を中断、今回が2年振りのフェス松本復帰となる。8月23日には両陛下ご臨席の天覧コンサートとなったが、今回、小澤にはもうひとつどうしても休演を避けたかった理由があった...。
サイトウ・キネン・フェスティバル(SKF)は、小沢征爾自身の言葉を借りれば「斎藤先生がやろうとしたことを、私たちなりのやり方で引き継ぐために、サイトウキネンオーケラは日本に腰を据えて音楽祭を開くことにしました」ということになる。「斎藤先生がやろうとしたこと」とは、端的に言えば、「音楽と人生の真実を誠実に探求し、みきわめていくべく本気で努めること」(寺西春雄「斎藤秀雄 その音楽家としての歩み」/SKF公式HPより)である。サイトウキネンオーケストラ(SKO)は、桐朋学園の創立者のひとりであり、チェリスト、指揮者、教育者であった斎藤秀雄 (1902.5.23~1974.9.18)の没後10年にあたる1984年9月、彼の弟子である指揮者の小沢征爾と秋山和慶のメモリアル・コンサート開催の呼びかけに応じ参集した、斎藤の教えを受け、現在では世界各地で活躍する100余名の音楽家により結成されたオーケストラを母体としている。そのオーケストラの演奏とオペラを2本立てとし、8年後の1992年9月、小沢征爾総監督の下、松本市を拠点に開始されたのがSKFで、今年で22回目を迎えた。昨年からは教育者としての斎藤秀雄の遺志を継ぐ子供や若手の勉強会も開かれている。
1部に登場したのはジャズ・ピアニスト大西順子のトリオ。漆黒のミニ風Aラインドレスとピンヒールのロングブーツできめた大西は開口一番、「あたしがどうしてここにいるのかあたし自身分からないのです。理由は、記念プログラムかサイトウ・キネンの公式ホームページを見ていただければ分かります」とコメントした。ジャズ・ファンは先刻承知の事実だが、大西は昨年10月からの全国ツアーを以て“プロ演奏家としての活動から引退”(本人の引退挨拶)している。翻意させたのは小澤征爾と作家の村上春樹である。僕は数ヶ月前の『週刊文春』で経緯を知ったのだが、大西のファンであったふたりが現役最後のギグ(厚木市のジャズ・クラブ)に駆け付け、小澤が客席から「引退反対!」を叫んだというのだ。週刊誌には、その結果、小澤が総監督を務めるSKFに大西がトリオを率いて出演することを受け入れ、SKOと<ラプソディー・イン・ブルー>を協演する、とあった。さらに詳しい経緯については小澤本人(「なぜ “ラプソディー・イン・ブルー”を大西さんとやるか、について」)と村上(「信じられない展開」)がそれぞれ記念プログラムと公式HPに綴っているが、記念プログラムの村上の文章に一点腑に落ちない部分がある。村上は、文章の中で、“わたしのようなスタイルのメインストリーム・ジャズは一般的になかなか受け入れられないし、今の状態では現実的に生活していけないんです”という大西の発言を引いている。しかし、ジャズ界の見るところ、大西の環境はかなり恵まれている方で、大西の発言が事実であるなら、フリーやインプロ系のミュージシャンの多くは餓死を余儀なくされているのではないか。自身の引退宣言で大西は引退の理由として音楽的な側面を挙げていたはずである。絶大なファンを有する村上の発言は影響力があるだけに気になるところだ。ところで、大西のトリオは、協演に先立って1週間、若いジャズ・ミュージシャンのための「ジャズ勉強会」というワークショップを開いたが、引退後は研究と若手の育成に尽力したいという大西の意向が公表されていただけに来年以降も継続が期待される。
大西トリオの演奏は上下(かみしも)の反響版に沿って数十名ずつのオーケストラの楽団員がパイプ椅子に座って鑑賞するという異様なセッティングで行われた。この日ホールは臨時の椅子を用意するなど満員の聴衆でふくれあがっていたのだ。トリオは大西が最も信頼するというベーシスト(レジナルド・ヴィール)とドラマー(エリック・マクファーソン)をNYから呼び寄せて編成されていたが、全体を通じてふたりが大西に奉仕するという印象が強く一般の聴衆に分かりやすい形での三者間の掛け合いやふたりをフィーチャーしたソロの場面はほとんど見られなかった。大西トリオの特徴は、大西のピアノが中心となりながらもベースとドラムス間のインタープレイとソロを交えながらゆるぎない三角錐を構築するものである。僕は数年前の東京JAZZでその理想の形を目撃している。それはまるでローマ建築を思わせるような堅牢強固なもので三者の緊密な絡みを前提としており、文字通り息を飲むような素晴らしいものだった。この日、ベースのアンプから流れる音はブーミーで、残念ながらベース本来の持つガッツや粘りを失っており、ドラムスも大西を鼓舞するに充分なエネルギーとダイナミズムに欠けていた。何れも反響版を下ろしたオーケストラ用の環境下での限界だと思われる。レパートリーは、大西と係わりの深いチャーリー・ミンガスの作品から2曲とスタンダードと大西のオリジナル各1曲ずつで構成されていたが、<So Long, Eric>(さようなら、エリック)と言ったあとで<Never Let Me Go>(行かせないで)とは、一度は引退を表明した大西の複雑な心境を反映しているのか、彼女一流のユーモアなのか...。
二部はプロコフィエフの『ロミオとジュリエット』組曲より5曲。指揮者のチェン・リンは、1978年黒龍江省生まれの若手指揮者。奉天生まれの小澤は中国に対するシンパシーも強く、日中クラシック界の接点の役割を果たしてきた。このチェン・リンも小澤の推薦で2006年に続く2度目のSKF出演。両手と長身を生かした丁寧な指揮ぶりで模範的な演奏を聴かせた。
最後は、4週間にわたる今年のSKFの最大の呼び物、SKOと大西順子トリオによる<ラプソディー・イン・ブルー>。小澤とジャズ・トリオによるこの曲は、何年か前にベルリン・フィルとマーカス・ロバーツ・トリオによる演奏をTVで視聴したことがある。マーカス・ロバーツは視覚障害を持つアフリカン・アメリカン。野外でのコンサートのせいか伸び伸びとしたスケールの大きな演奏だった記憶がある。大西の演奏は独奏の合間に随所にトリオ演奏が持ち込まれた挑戦的なもので大変スリリングだったが、残念ながらやや未消化の感が拭えなかった。一瞬入りがずれそうになった場面があったものの、それ以降は小澤の目が大西にも届くようになり無難に乗り切った。強烈なグルーヴ感を伴ったアップテンポのトリオ演奏からオケを伴ったエンディングは文字通りのカタルシスが実現した。事実上現役を退いていた大西が、小澤征爾と村上春樹という国際的なエスタブリッシュメントから口説かれ、この大役を引き受けた勇断には拍手を送りたいが、今後の彼女のキャリアにどのような影響をもたらすのかファンの気になるところだろう。
ホールでは数多くの市民ヴォランティアが案内などに活躍し、出口ではホールを後にする聴衆ひとりひとりにリンドウの花を手渡すなど、市民がサポートする国際音楽フェスティバルを実感することができた。宿へ向かうタクシーのドライバーの口から、「小澤先生のお陰でここまできたけど、年齢や体調の問題もあるから、そろそろポスト小澤のことを考えないとね」という言葉が出た。20数年続くマエストロ小澤の貢献と実績を良く知る一般市民の本音のようだ。

関連リンク:
http://www.jazztokyo.com/column/editrial01/v55_index.html
http://www.saito-kinen.com/j/news/interview2013.shtml
http://natalie.mu/music/news/75492


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追悼特集
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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
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