Live Report #583

非常階段&突然段ボール
〜林直人&蔦木栄一・10回忌記念/初音階段ニューアルバム&アウシュビッツCDボックス発売記念〜
2013年9月15日(日) 秋葉原Club Goodman
出演:非常階段 / 突然段ボール / 初音階段 / 突然段ボロイド
Reported & photos by 剛田武

        

非常階段:
JOJO広重(g)
T.美川(electronics)
JUNKO(vo)
岡野太(ds)

突然段ボール:
蔦木俊二(vo,g)
松浦徹 (g,cho)
與板久恭 (b)
中野善晴(ds)
ユキユキロ(key,cho)

初音階段:
白波多カミン(vo)
JOJO広重(g)
T.美川(electronics)

突然段ボロイド:
愛葉るび(vo)
蔦木俊二(g,cho)


1977年結成の突然段ボールと1979年結成の非常階段は今も現役で活躍する東西地下音楽の最古参である。今年両者が揃ってVOCALOID(ボーカロイド)との共演アルバムをリリースした。即興音楽や現代音楽のファンにはピンと来ないかもしれないが、ヤマハが開発したコンピューター音声合成技術のボーカロイドは、初音ミクや鏡音リン、巡音ルカなどと名付けられた美少女キャラクターを附されて、バーチャル世界で絶大な人気を誇る。インターネットの動画投稿サイトに投稿されたボーカロイドを用いた数多くの作品が伝播され大流行、特に初音ミクはバーチャル・ヒロインとして全世界で大ヒットし、クールジャパンの旗印となった。
人間と違って、練習の必要がなく、間違えることも無い、しかも歌えないフレーズは存在しないという完璧な歌手であるボーカロイドの活躍は電脳世界に留まらない。シンセサイザー・ミュージックの巨匠、冨田勲が最新作『イーハトーヴ交響曲』のソリストに初音ミクを起用し話題になったのは記憶に新しい。ポップス界ではボーカロイドによるカヴァーやコラボレーションが数多く行われている。オリコン・チャートの上位にランクインする大ヒット作も少なくない。 それにしてもノイズやアヴァンギャルドという即興が不可欠なジャンルに、プログラムされた合成音による歌が参入することは果たして可能なのだろうか?その疑問に応えたのが、今年1月にリリースされた『非常階段 starring 初音ミク/初音階段』というアルバムだった。
先月ブック・レビューで取り上げた『非常階段ファイル』でJOJO広重自身が著したように、○○階段として異ジャンルとのコラボレーションを行ってきたキング・オブ・ノイズ=非常階段の最新コラボ・プロジェクトである初音階段では、カヴァー楽曲と即興ノイズ演奏の見事な融合を実践し、ボーカロイドとノイズの親和性を明らかにした。さらに初音階段としてのライヴ演奏も実現。普通はホログラムのバーチャル映像で登場する初音ミクを、生身のコスプレ・シンガーを起用し三次元化したユニークなステージは、音楽の内容を超えてヴィジュアル面で大きな話題になった。地下音楽とオタクの世界は意外に近かったのである。
一回限りの企画と思われた初音階段は、9月にフル・アルバム『からっぽの世界』を発表。全曲カヴァーによる構成は、これまでの階段コラボと同じだが、広重自身の選曲による日本の歌謡曲/フォーク/ロックの隠れた名曲のカヴァーは、激烈ノイズの中から初音ミクによる美しいメロディが湧き上がる新解釈により、日本ポップス史の再構築を試みる批評性がある。
一方、突然段ボールがボーカロイドとコラボレーションした『突然段ボロイド』は、全曲蔦木俊二による書き下ろしで、いわば突然段ボールの新作の電脳的模倣といえる野心作。既成概念から逸脱した擬態性が漲る突段の楽曲を他人がカヴァーするだけでもシュールなのに、人間ではなく感情の無い機械が歌うことは、捻れが一回転して振り出しに戻ったら、最初とは似ても似つかぬ異形と化していた、という不条理劇さながらの様相を呈している。
前置きが長くなったが、上記のボーカロイド・コラボ作品に加え、両者共に初期音源の集大成CDボックスをリリース、さらに今年は突段の蔦木栄一と関西NO WAVEの仕掛人にしてJOJO広重の盟友、林直人の両者の没後10周年に当たり、林直人率いるロック・バンド、アウシュビッツのCDボックスも発売された。全部まとめて一緒にお祝いしようという出血大サービス企画がこの日のコンサート。オタクの聖地アキバなので、初音ミクのファンが押し掛けるかと思ったら、いつもと余り変わらないノイズ系の観客が中心。ただし男性率が圧倒的に高いことはアキバっぽい。

● 突然段ボロイド

初音階段は何度も観たが突然段ボロイドは初体験。プリセット音源をバックに蔦木俊二がギターを弾き、オカルトタレント愛葉るびがリアル・ボーカロイドとして歌う。るびの衣装はコスプレではないが、愛くるしい表情でセクシーなパフォーマンスを披露、ボーカロイドの魅力の核心が「萌え」にあることを示す。蔦木の変則的なギタープレイが打ち込み音源と不思議なハーモニーを産み、非現実的な空気が漂うステージは、ナム・ジュン・パイクの「テクノロジーとエレクトロニック・メディアの人間化」という芸術コンセプトに似た感覚がある。

● 初音階段

ヴォーカルに若手女性シンガーソングライター、白波多カミンを加えた初音階段は、今年2月の初ステージ以来、サマー・フェスティヴァルや同人即売会を含む演奏活動を精力的に行い、ライヴ・ユニットとして進化してきた。カミンの完璧過ぎるコスプレも定着。最初に観たときの驚きが強烈だっただけに、それ以上の衝撃はあり得ないと思っていたが、パフォーマーとしての完成度の高さに新鮮な感動を覚えた。確信的に鳴らされる激烈ノイズは、単なる伴奏ではなく、楽曲と歌声を破壊する殺戮兵器として機能する。これまでの階段コラボはメロディとノイズを並列に提示することで、新しいサウンドを産む錬金術だった。しかしアイドルとのコラボ・ユニットのBiS階段以来、ノイズで楽曲を破壊しようとする非常階段の闘争本能が発揮され、調和と混沌が拮抗するギリギリのスリルとテンションにより演奏空間を別次元に昇華する魔術的方法論が明確になった。忘れられつつある日本ポップスの名曲を異次元のアプローチで提示することで、逆に聴き手に楽曲本来の魅力を伝えるというスタイルは、「見るひとが芸術をつくる」というマルセル・デュシャンのレディメイド精神を彷彿させる。

● 非常階段

初音階段のラスト・ナンバー「白い目覚め」(裸のラリーズのカヴァー)でJUNKOと岡野太が登場して集団即興に雪崩れ込む。白波多カミンがそのままギターで演奏に加わる。暴力的だが色気に乏しいノイズ演奏にコスプレ美少女が加わることは、ライオンの群れに投げ込まれた子ウサギを見るように、痛々しくもいつどのように喰われるか成り行きから目を離せない魔性の魅惑がある。人間の隠れた残虐性を暴き出す挑発行為とも呼べるステージだった。カミンはすぐに野獣に同化し、ステージに倒れこむ蛮行を見せた。

● 突然段ボール

蔦木栄一亡き後、弟・蔦木俊二が率いる突然段ボールは、従来の隙間の多い脱力サウンドを、多重アンサンブルによる祝祭的ロックに変化させ、独特の諧謔と実験精神が漲ったバンド・サウンドを追求している。非常階段に比べ語られることは多くないが、紛れもなく日本の音楽シーンを作り上げた功労者にして、36年間実験精神を貫く真の創造者であることは間違いない。音楽界の異能の存在感をたっぷり味わえるステージだった。現在新作のレコーディング中とのことだが、「最近つくづく酷い時代になったと思う」と語る蔦木俊二がテン年代初の新作にどんな意思を込めるのか、興味は尽きない。

30年以上現役で活動する求道的音楽革命家2者の創造性の泉が枯れるどころか、ますます盛んに新鮮な清水が噴き出ていることに感動すると共に、彼ら前衛主義者が自らの表現を貫いたまま、最先端のポップ・カルチャーとリンクすることに、「持続すること」の無限のパワーを実感する。共演したアイドルの少女に、どうすればそんな凄い声が出せるのか、と尋ねられたJUNKOは、迷いなく「30年間やっているからね」と即答したという。この言葉にこそあらゆる表現行為の真実が篭められていると感じた。(剛田武 2013年10月15日記)

剛田 武(ごうだ・たけし)
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。レコード会社勤務。
ブログ「A Challenge To Fate」
http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
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#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
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#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
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INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
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CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
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