Concert Report #589

ベルシャザールの響宴〜文化庁芸術祭オープニング
2013年10月1日 新国立劇場
Reported by 悠 雅彦

1.歌劇「村のロメオとジュリエット」より間奏曲〜楽園への道〜(ディーリアス)
2.コントラルトと管弦楽のための連作歌曲集「海の絵」(エルガー)
3.オラトリオ「ベルシャザールの響宴」(ウォルトン)

東京フィルハーモニー交響楽団/尾高忠明(指揮)/加納悦子(メッゾソプラノ)〜海の絵/萩原潤〜ベルシャザールの響宴/新国立劇場合唱団/三澤洋史(合唱指揮)         

 恒例の「芸術祭」が今年も幕を開けた。そのオープニング・イベントは英国の作曲家にスポットを当てたスペシャル・プログラム。恐らく最大の関心を喚ぶだろうと予想される『ペルシャザールの響宴』を公演の後半においたプログラムだが、私を含めて会場(新宿・初台の新国立劇場)に詰めかけた大半の人々の関心の的もこのオラトリオにあったに違いない。
 告白すれば、私はこのオラトリオを生はおろかレコードでも聴いたことがない。ただ、私はウィリアム・ウォルトンという20世紀イギリスを代表する作曲家の作風が好きで、ベンジャミン・ブリテンとともに作品がプログラムにかかれば、関心を大いに募らせたものだ。
 オーケストラは東京フィルで、タクトを振ったのは現在最も信頼できる指揮者の1人、尾高忠明。縁があって私は東京フィルの演奏をかなりの頻度で聴きに行っている。昔の記憶はもう薄れたが、これほどの熱演を全うした同オケの演奏はこの数年間では聴いたことがない。熱演といったって色々あるが、あたかも火が今にも噴き出しそうな、あるいは精魂の高い集中力ゆえに演奏から汗が噴き出してきそうな、といった例えでお分かりいただけたら嬉しい。数年前に聴いたチョン・ミョンフンと東京フィルの演奏も印象深いものだったが、それとどこが違うかといえば、オーケストラの全員が指揮者のタクトに集中した瞬間に噴き出す熱気がタクトの先で光ってはじける感じなのだ。全プレイヤーの視線の先が常にタクトに集中し、その瞬間、瞬間に生命の香気をまとった音となって噴出する、といった趣きといってもよいだろうか。かかる、指揮者とオケとがピタリと一体となった演奏は、本邦のオーケストラに限っては個人的な経験に照らしていえば例外的だった。
 このオラトリオは旧約聖書のベルシャザール国の一大響宴とバビロン(メソポタミアの古代都市でバビロン王朝の首都)の滅亡を題材とする。捕囚となったユダヤ人の嘆き、エルサレムから略奪した金銀の祭具で祝う大響宴、その夜ベルシャザール王が殺害されてバビロン王朝が倒壊し、ユダヤの人々が歓喜するという筋立て。独唱はバりトンの萩原潤ただ1人、というのも極めて例外的だ。圧倒的な迫力を生んだ大合唱団(100人ほど)のオケに劣らぬ熱唱を中心とした人間の声と、先述した火を噴くがごときオケと1つになった豊穣な音響が、尾高忠明の的確かつ誠実な楽曲解釈と全体把握の行き届いたリードを通してタクトに集中的に流れ込んだこのオラトリオ演奏は、この作品になぜもっと陽の光が当たらないのかを怪訝に思えてならないほど、私は感激したし、多くの聴衆も同じ思いだったのではないだろうか。英国の作曲家はブリテンにしてもそうだが、正面を向いて正論を吐く、つまりくどくどと回り道をしながら聴く者の関心をくすぐるようなことをせず、むしろ素直に思うところをスコアにあらわした作品が少なくない。ウォルトンのこの作品などはその典型だと思う。英国人らしい誠実さが作品の中枢を縫い、時代や流行に左右されない頑(かたくな)な視点が少しもぶれない。
 これまで縷々つづったことは尾高がタクトなしで指揮したディーリアスやエルガー作品にしても決して例外ではない。両者はあれほどワーグナーの強い影響を受けながら、たとえばディーリアスはむしろグリーグ作品と親しく共振しあうかのような愛らしい楽曲を数多く残した。(1)の間奏曲もその1つ。ここでも尾高の丁寧な指揮が印象的だった。5曲からなるエルガーの「海の絵」(メゾソプラノは加納悦子)も私には初めての曲だったが、やはりエルガーらしい誠実さが全編を塗って流れていく。文化庁主催だからこそ可能になったプログラムかもしれないが、ウォルトンやディーリアスの作品がもっと多角的かつ計画的にコンサートで取り上げられることを熱望してやまない。そんな思いが痛切に感じられたコンサートだった。(2013年10月6日記)

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