Live Report #591

サウンド・ライブ・トーキョー
倉地久美夫+マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
2013年10月4日(金) 東京キネマ倶楽部
Reported by 剛田武(Takeshi Goda)
Photos by Hideto Maezawa/PARC

        

倉地久美夫(ヴォーカル、ギター)
ゲスト出演:
triola:波多野敦子(ヴァイオリン)、手島絵里子(ヴィオラ)
千葉広樹(コントラバス)

マヘル・シャラル・ハシュ・バズ:
及川志穂(ベース)
大谷直樹(トランペット)
小関千恵(キーボード、笛)
工藤冬里(ヴォーカル)
久保田愛子(パーカッション)
久保田健司(ギター)
佐藤絵里子(ヴァイオリン)
澁谷浩次(ピアノ)
鈴木美紀子(ギター)
田村たつき(アコーディオン)
戸谷大介(ドラムス)
長谷川真子(バスーン)
原田淳子(ユーフォニウム)
前島ももこ(ピアニカ)


●倉地久美夫

数か月前、友人との会話の中で倉地久美夫の名前が出た。古風な名前のイメージから、その時は渡邉浩一郎(ウルトラビデ、マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)や角谷美知夫(腐っていくテレパシーズ)のような夭折したアングラ音楽家だと思い込んでしまった。その後、9・10月の2週間に亘る音楽イベント「サウンド・ライブ・トーキョー」のフライヤーに倉地の名前を発見して、存命どころかバリバリ現役のシンガーソングライターだと知った次第。まことに不勉強の至りである。
福岡出身の倉地は、80年代半ばの東京アンダーグラウンド・シーンで第五列、DDレコードといったコアな場とリンクして活動し、90年代には京浜兄弟社やOZディスク、高円寺円盤といった中央線文化の最深部と協働した。菊地成孔&外山明とトリオも組んだというが、何故か私のアンテナには引っかからなかった。
初めて観る倉地の演奏は一見極めて正統派という印象。ギターのチューニングを曲ごとに変えるのは不可解だが、朗々とした真っ直ぐなヴォーカルや、細かい装飾音を交えたギタープレイに躊躇いは無い。歌い方はヒカシューの巻上公一やくじらの杉林恭雄の系譜に繋がる。しかし、波多野敦子、手島絵里子、千葉広樹の弦楽三重奏を加えた中盤から倉地の特異性が発揮される。エレガントに流れるストリングスの中で、場違いな程エモーショナルな歌声がくっきりと「浮いて」聴こえるのである。近づいてステージ脇から眺めると、遠目には楽々と歌っているように見えたのが、実は裸足の両足を絶え間なく踏み鳴らして全身でパフォーマンスしていることがわかった。その鬼気迫る姿には奥深い狂気の片鱗がある。小規模のライヴハスなら、倉地の身体から発するオーラがひしひしと空間を侵食し、その圧力で聴き手を押しつぶすに違いない。特に小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」のカヴァーに篭められた空前絶無の情念には、49年間育まれた異能の表現者の魂が虎視眈々と息を潜めているのを感じ、うすら寒い戦慄を覚えた。

<セットリスト>
倉地ソロ
1. 逆さまの新幹線(朗読・ギターインスト)
2. ワンダーランド
3. 汚れたガスコンロ
4. 五本の指
5. エリンギの鬼

倉地+triola+千葉
6. 味噌がいっぱい
7. 犬
8. 小さなからだ(臨終)
9. 三万年後
10. ラブ・ストーリーは突然に
11. お世話になった
12. 大沢あつし君

●マヘル・シャラル・ハシュ・バズ

工藤が80年代末に国分寺で近隣住民を集めて結成したマヘル・シャラル・ハシュ・バズは、四半世紀の活動歴にも関わらず、まったく定義しようがない不思議なユニットである。よく言われる「究極のアマチュアリズム」「間違いから始まった音楽」という形容詞は当たらずとも遠からずという程度で、誰もマヘルとは何かを説明できないに違いない。そもそも才能あるジャズ・ピアニストである工藤冬里自身が70年代半ばから地下音楽シーンの中心で活動を続けるにも関わらず、今もって謎だらけの存在であり、本人も理解されたいと思っていないことは明らかである。たまに雑誌等に掲載される工藤のインタビューは禅問答のような謎かけとはぐらかすような連想ゲームの連続で、インタビュアーも解明する努力を放棄せざるを得ない。

90年代末から00年代半ばにかけて「歌もの」のオリジネーターとして国内外で高い評価を得たが、それもどこ吹く風で飄々と変幻自在のスタイルを貫く。2011年3月11日の大震災以降、言葉への執心を全面に打ち出し、津波のような言葉の奔流による演奏が増えた。一方で工藤はマヘルを「劇団としての音楽」と位置づけ、気分次第で予想不可能なハプニング的パフォーマンスを展開する。実際に演奏が始まるまでメンバーを含め誰にも何が起るか判らない。その不確定さが工藤とマヘルの魅力だと、ライヴに通い続けるファンも少なくない。

この日の演奏は、スクリーンに投射した詩(工藤の詩集『棺』収録作品と思われる)を工藤が読み上げ、マヘルのメンバーに倉地を加えた総勢14人が即興演奏を繰り広げる、というスタイル。自由連想法や自由筆記に近いが、心理学のように隠れた心の内面を暴き出す訳ではなく、ひとつの学問・学術・教典には収まらない。書かれた文字をひたすら読み上げ、気まぐれに楽器を鳴らすだけの単純作業。唯一メロディのある「休日出勤」とスチャダラパーの「今夜はブギーバック」のカヴァーを除けば、どの場面も大きな変化や流れはなく、金太郎飴のように等価だった。昭和初期のキャバレーの香りが残るキネマ倶楽部の豪奢なステージに、砂を噛むような無意味性に彩られた特異な空間が現出する。その様子を笑みのひとつも浮かべずステージを凝視する約200人の観客も異形の民である。マヘル・シャラル・ハシュ・バズとは舞台表現に於ける超常現象発生装置なのかもしれない。

過剰なまでの感情表現に溺れる倉知久美夫と、意味の有無を問うこと自体の無意味さを暴き出す工藤冬里。両極端の表現者の共演は、“音と音楽に関わる表現の可能性を探求するフェスティバル”というサウンド・ライブ・トーキョーの趣旨をもっとも純粋な形で体現していたように思う。(剛田武 2013年10月15日記)

剛田 武(ごうだ・たけし)
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。レコード会社勤務。
ブログ「A Challenge To Fate」
http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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