Concert Report #593

エル・システマ・フェスティバル2013〜エル・システマ・ユース・オーケストラ・オヴ・カラカス
10月11日19:00 東京芸術劇場コンサートホール(池袋)
Reported by 悠 雅彦 (Masahiko Yuh)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

1.歌劇「運命の力」序曲(ヴェルディ)
2.ピアノ協奏曲イ短調 op.16(グリーグ)
3.交響曲第5ホ短調 op.64(チャイコフスキー)

エル・システマ・ユース・オーケストラ・オヴ・カラカス w. ディートリヒ・バレーデス(指揮)&萩原麻未(ピアノ/2のみ)         

 日本とヴェネズエラの外交樹立75周年を祝う記念事業の一環として催されたフェスティバルに、2度目となる来演(最初は2008年のグスターボ・ドゥダメル指揮のシモン・ボリバル・ユース・オーカストラとして)を果たしたエル・システマ・ユース・オーケストラ・オヴ・カラカス(ESYOC)の、はち切れんばかりの悦びが爆発するかのような演奏を初めて目の当たりにして、目をみはらされた。
 エル・システマとは、音楽による教育システムで、青少年が無償で楽器を借りたりオーケストラ活動に参加する自由を与えられたりする音楽教室のこと。このシステムはこれまで非行に走るしかなかった青少年たちにみんなでアンサンブルを楽しむ喜びをもたらした。頭では理解できたつもりでいたアンサンブルする喜びとはどんなものかを、この夜のESYOC の演奏を聴いて初めて知った思いだ。プログラムによれば、ヴェネズエラにはすでに300を超える「エル・システマ」のオケがあり、40万人にのぼる青少年が合奏に励んでいるという。このシステムに共鳴する人々が世界中に広がり、日本にもついにエル・システマ・ジャパンが発足し、福島県の南相馬市で活動が始まったと聞いている。
 それはともかく...すべてが型破りなコンサートだった。「エル・システマ」の創立(1975年)者ホセ・アントニオ・アブレウ博士も見守る中で始まった前半。
 オープニングの序曲「運命の力」でステージに並んだ演奏者の数にまず仰天。たとえばフルートだけで7本、コントラバスにいたっては何と15体などなど、ほとんどの楽器セクションに通常の倍のプレーヤーが席を占め、ざっと眺めた目勘定だけで200人になんなんとする楽器奏者で芸術劇場のあの広いステージがほとんど隙間なく、楽器を手にした人、人、人で埋まった。人海戦術と皮肉りたくもなるほど。ところが、演奏が始まったとたん、そんな野次馬根性は消し飛んだ。楽員のどの顔も生き生きと輝いて、音楽する喜びの飛沫が飛び、バレーデスのタクトに一点集中しながらも合奏する楽員の歓びが音を輝かせる。こんな破格の大人数でもアンサンブルがよくそろっているせいか耳障りなところはほとんどない。
 バレーデスという指揮者もエル・システマに学んだ人で、ボリバル・ユース・オケではヴァイオリン奏者だったというが、最後まで暗譜のまま精力的に、しかし的確に、アンサンブルがリズミックに跳躍する盛り上がるパートでは指揮台の上でジャンプしながらタクトを振る。改めて振り返ってみると音楽はすこぶる雄弁で、いい意味でのエンターテイメントになっている。後半のチャイコフスキーなどは50分余の長丁場を全楽章続けて休みなしに演奏する離れ業? 何より50分余のドラマを、目を輝かせてタクトに集中する大所帯のアンサンブル、結成後わずか4年とは思えぬ不思議なくらい見事にそろったアンサンブルの心地よさを、思い切り堪能した。この合奏の妙は、たとえばチャイコフスキーの交響曲5番の哀愁豊かな第1楽章で、4人並んだクラリネット奏者のうち2人がソロパートを合奏!するユニゾンに遺憾なく発揮された。よほど耳を澄ましていないと気がつかない。アンサンブルにかけたこのエル・システマの教育の真骨頂を聴いた思いだった。
 真ん中のグリーグのピアノ協奏曲だが、この夜はこの曲だけオーケストラは大所帯ではなく通常の編成に戻った。プロ野球ならさしずめ1軍とファームの合同演奏の観があったオケ作品(1と3)に比べて、選りすぐりのメンバーがバックをつとめたグリーグではさすがに洗練されたアンサンブルを印象づけた。それ以上に目をみはったのがピアノの萩原麻未。いつだったかの<食べある記>で彼女のことに触れた覚えがあるが、演奏より舞台作法にいい印象が持てずやや突き放した評をかいたことがある。それにひきかえ、当夜の彼女はまるで別人のようだった。以前私が聴いた萩原麻未はもしや萩原麻未ではなかったかもしれないと思うほど。将来を最も嘱望されるピアニストの新生にふさわしい新鮮な熱演で、とりわけ構成力に富むイマジネイティヴな第1楽章のカデンツァには目をみはらされた。オケとのバランスでやや気になるところはあったものの、そのカデンツァ以降の第2、第3楽章の演奏は呼吸もピタリとあった刺激的なコンチェルト演奏だった。前夜(10日)に小菅優の秀演(ヘンツェのピアノ協奏曲の日本初演)を聞いた私には2日連続の至福だったことになる。立役者は萩原麻未だが、呼吸をピタリと合わせてオケをリードした指揮者バレーデスの采配も称賛に値するものだった。
 アンコール曲はサンサーンスの「バッカスの響宴」(サムソンとデリラより)。いや最後の土壇場がクライマックスだったかもしれない。拍手のなか突然、場内の灯りが全部消えて真っ暗闇になった。その間ほんの数秒。明かりが戻ったとたん耳をつんざく大歓声。舞台を見ると何と200人近い全メンバーがヴェネズエラの国旗の黄、赤、星印を浮かび上がらせた紺の3色ジャンバーを羽織って快適なラテン・リズムを叩いたり、踊ったりしはじめたではないか。曲はその昔、ルンバの王様の異名をとったザビエル・クガートの大ヒット曲「ティコ・ティコ」。舞台上はヴェネズエラ色が乱舞し、ついには楽器を掲げてのウェーヴまで現れた。いかにもラテンの国、南米ヴェネズエラらしい陽気な、というより想像だにせぬまさに型破りな演出の大団円。客席を埋めた満余の聴衆も立ち上がって手を叩く。どの顔からも気持のいい笑みがこぼれ、会場を歓声と笑いが包んだ。(悠 雅彦/2013年10月13日記)

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.