Live Report #595

SOFA NIGHT 2013 & ジャズ・クルーズ・ノルウェー
2013年8月21日 六本木スーパーデラックス
2013年9月8日 東京国際フォーラム地上広場/コットンクラブ
Reported by 横井一江 (Kazue Yokoi)
■地上広場
Photos by 亀和田良弘 (Yoshihiro Kamewada)
■コットンクラブ
Photos by ヒダキトモコ (Tomoko Hidaki)

2013年8月21日 六本木スーパーデラックス
Sofia Jernberg (voice) ソロ
Kim Myhr (12string g) ソロ
Streifenjunko [Espen Reinertsen (sax) & Eivind Lonning (tp)]

東京ジャズ: ジャズ・クルーズ・ノルウェー
2013年9月8日 東京国際フォーラム地上広場
エレファント 9 + レイネ・フィスケ
ストーレ・ストーレッケン(p) ニコライ・ハングシュレ・アイテットセン(eb, ag)トーシュタイン・ロフトフース(ds) レイネ・フィスケ(eg, ag)

コットンクラブ
ヘルゲ・リエン・トリオ
ヘルゲ・リエン(p) フロード・バーグ(b) ペール・オッドヴァール・ヨハンセン(ds)


8月下旬から9月上旬にかけて相次いで北欧のミュージシャンが来日した。近年、目にすることの多い北欧勢だが、なかなか知られることのない若手ミュージシャン、また気鋭のジャズ・ピアニスト久しぶりの来日ということで二つの対照的なイベントへ出かけることにした。

スーパーデラックスでのSOFA NIGHTは昨年に続き2回目。SOFAは即興音楽をリリースしているノルウェーのレコード・レーベルで、ダン・レザルブル(*)で来日している二人のミュージシャン、イーヴァル・グリューデランドとインガル・ザックによって設立された。そのラインナップは彼らの音楽的志向を色濃く反映している。SOFA NIGHTもまた、その時点でのSOFAレーベルからのリリースの有無に拘らず、レーベル・コンセプトに合ったミュージシャンが出演。昨年のプログラムには大ベテランのキース・ロウ、また秋山徹次、中村としまるの名前もあった。今回はノルウェー、スウェーデンの若手ミュージシャンによる3部構成である。

SOFA NIGHTの最初のセットは、スウェーデンのソフィア・イェルンベリ。会場に響く声、その存在感、聴き手を引き込むような奥深い表現力にまず圧倒された。喉声などさまざまな唱法を駆使し、ヴォイスを器楽的に扱い、サウンドを構築する。言葉を介すことのない、声そのものが描き出すのは魂の原風景とでも言おうか。いにしえの大地をも想起させるランドスケープが浮かび上がってくるように感じた。このような強い印象を得たヴォイス・パフォーマーはサインホ・ナムチュラク以来だ。その声の表現ということではサインホに近いものがある。しかし、ソフィアは全く異なった経路でこの領域に辿り着いた。エチオピアで生まれ、スウェーデンそしてベトナムで暮らし、現在はスウェーデンとノルウェーを拠点に活動しているソフィアは、コ・リーダーであるPaavoなどコンテンポラリーなジャズ・グループの歌手として評価される一方、現代音楽も歌っている。歌唱のベースはそこにあり、昨今コアなファンの間でトレンド的に話題となっているエチオピアの音楽の影響は感じない。エチオピア伝統音楽からの影響については本人も否定していた。出身地トゥヴァの音楽から自身の表現を創造したサインホは、その民族的ルーツにアイデンティティを求めた。しかし、ソフィアの場合は違っている。これは生きた時代、生きた環境の違いもあるだろう。もはや単一的なアイデンティティ、例えば民族とか国籍とかで物事を見、捉えることは目を曇らせかねないと私は考える。アマルティア・セン(**) 言うところのアイデンティティの複数性という視点に立てば、パーソナルに表現を追求してきた彼女の行き方はごく自然なものに受け止められる。そのヴォイスはより深いところで根源的なところに帰っていくようにさえ私には思えた。
セカンド・セットは、ギタリストのキム・ミールのソロ。いきなり12弦ギターをジャカジャカとかき鳴らし始めたので、最初いったいこの人は何をやろうとしているのかと思った。しかし、耳をすますと、彼のかき鳴らしたギターから倍音の靄が陽炎のように立ち上がっているのがわかった。そして、その靄のようなものはゆらめき変化している。おそらく座った場所によって、倍音の靄の聞こえ方も違ったのだろう。このような演奏に出会ったのは初めてということもあり、このようなギターサウンドもあるのかと耳を拓かれた。
最後のセットはStreifenjunko。ECMからアルバムを出しているクリスチャン・ヴァルムルー・アンサンブルの現在のメンバーである二人、テナーサックスのエスペン・ライナーセンとトランペットのエイヴィン・ローニングによるユニットである。至近距離で寄り添うように立った二人による即興演奏は、つかず離れず抑制された微細な表現を変化させていくアンサンブル。通常の奏法とは異なるその楽器コントロール力にはただならぬものがある。これもまたキム・ミールの12弦ギターと同様、座る場所によってかなり印象が異なると想像がつく。トランペットとサックスのデュオだが、倍音に包み込まれたサウンドは、時にひとつの楽器から発せられるサウンドのように渾然一体となって聞こえた。例えていうならば、薄霞の向こうに見えるローコントラストで中間調の色彩の映像というところか。その空間のとらえ方が自然体で心地よい。私自身は、霧に包まれた森の中、北海道の緑深い公園にある林の中、あるいは木々が生い茂った旧軽井沢あたりの別荘地を歩いた時の体感を思い出していた。演奏される場によっては、おそらく自然や環境と親和性の高いサウンドなのではないかと想像した。

* ダン・レザルブル (Dans Les Arbres):クリスチャン・ヴァルムルー(p)、イーヴァル・グリューデランド(g,banjo)、ザヴィエ・シャルル(cl)、インガル・ザック(per)によるグループ。2008年にECMからアルバムが2枚リリースされている。2011年12月と2013年4月に来日。

** アマルティア・セン著『アイデンティティと暴力――運命は幻想である』、大門毅監訳、勁草書房

東京ジャズについてはあえて説明する必要はないだろう。主にレポートされている本会場での公演の他にもコットンクラブ、また東京国際フォーラム地上広場での演奏も行われていた。こちらではノルウェーやポーランド、オランダ、イスラエルなど各国のミュージシャンの演奏が行われていて、こちらのほうが寧ろ興味深い。

エレファント 9 + レイネ・フィスケは、ノルウェーのバンドでは以前から着目していたスーパーサイレントのメンバーであるストーレ・ストーレッケンが参加していることもあって、楽しみに出かけた。やや遅れて東京国際フォーラム内の演奏が行われている場所に到着したところ、こちらは無料ライヴということもあり、通りがかりの人も含め結構な人数がステージ前の客席を取り囲むように聞いていた。しかし、立ち位置が悪かったせいか、音響的には最悪の状態。ワイルドな部分はまだそれなりに伝わってきたが、演奏の機微を味わうには至らず、プログレ的なジャズロック色の濃い演奏を堪能するには程遠かった。雨足も強まり、途中で傘を調達せねばならなくなって中座。家でCD『atlantis』を聴き、消化不良感をなんとか解消。なんとも残念だった。

コットンクラブでのヘルゲ・リエン・トリオは、対照的に音響面でも理想的なサウンドで、ノルウェーを代表するジャズ・ピアニストの演奏をリラックスした雰囲気の中で楽しむことが出来た。ノルウェーはヨン・バルケやケティル・ビヨルンスタ、あるいはクリスチャン・ヴァルムルーのような明確な個性を持ったピアニストを輩出しているが、ヘルゲ・リエンもそのような逸材のひとりだ。ピアノ・トリオというクラシカルなジャズのフォーマットで現代的な表現ということでは、世界中に数多くいるジャズ・ピアニストの中でも抜きん出ていると、ステージを観て実感した。演奏されたのは、2010年録音の『Natsukashii』のタイトル曲を始め、新旧のアルバム収録曲に新録の作品まで。よくビル・エヴァンスを引き合いに出して語られるが、ジャズの伝統に敬意を払いつつ、隅々まで神経が行き届いた繊細なタッチ、芯のある演奏で、彼の美的感性に基づく叙情的世界へ誘い込む。凛と立ち上がる彼のオリジナル曲の構想、内部奏法を曲の中で効果的に取入れたり、即興演奏でのダイナミズムがあるからこそ、単にリリカルさを売り物とするピアニストとは一線を画した世界を創出できるのだ。演奏のベースにある古典的ピアノ・トリオに特徴的なパッセージや展開といった知識だけではなく、即興音楽にあるような発想の自由さがあるからこそ、クラシカルだけど新鮮なサウンドとして耳に届くのだろう。ずっと彼のトリオのベースを務めるフロード・バーグ、 最近このトリオのドラマーとなったペール・オッドヴァール・ヨハンセンという好メンバーに恵まれていることも幸いしている。またとないトリオの演奏を聴きながら、私は陽光を取り入れることが巧みな建築の中にいるような心地よさを感じていた。まさに現代のチェンバー・ミュージック、とても豊かで得難いひとときだった。

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COLUMN
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