Concert Report #597

東京フィルハーモニー交響楽団 第82回 オペラシティ定期シリーズ
2013年10月10日(木) 東京オペラシティ・コンサートホール
Reported by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)

曲目 ヘンツェ :ピアノ協奏曲第1番*
ヘンツェ :交響曲第9番**

指揮:沼尻竜典
ピアノ:小菅優*
合唱:東京混声合唱団**
合唱指揮:松井慶太**
オーケストラ:東京フィルハーモニー交響楽団         

昨年10月に86歳で亡くなったドイツの作曲家、ハンス=ヴェルナー・ヘンツェの二曲によるコンサート。彼の没後一年に合わせプログラミングされたものだろう。
ヘンツェは、オペラやバレエといった舞台音楽、交響曲などの管弦楽曲、室内楽曲、声楽曲と幅広い分野の作曲を行った。また、第二次世界大戦直後から2010年代まで途切れることなく作品を生み出していた。
この日の曲目のうち、ピアノ協奏曲第1番は、1950年に作曲され1952年に初演された初期の作品。こちらは日本初演という。一方、交響曲第9番は、1997年に作曲が完成し、その年のうちに初演が行われた後期の作品。交響曲とはいうものの、合唱の役割の大きな曲である。二曲ではあるが、オペラから器楽独奏曲にまでまたがり、また長期間にわたったこの作曲家の創作活動の幅広さを聴くことができた。
ピアノ協奏曲第1番は、急緩急の古典的な3楽章形式によっている。音楽は「12音」などといった特定の技法にこだわったものではなく、さまざまな要素をとりこんでいながらも、それと意識せずに聴くことができた。第一楽章では、オーケストラの厚みのある響きに対抗するように、ピアノも大胆な色彩や和音をたたく。ここでの小菅の思いきりの良さは、気持ちを昂ぶらせてくれるものであった。第二楽章は、ピアノも含めいろいろな楽器の掛け合いで始まる。音色の変化が楽しめるとともに、ピアノの技巧を発揮する部分の多い楽章である。第三楽章ではピアノとオーケストラが競い合うように絡み合い、フィナーレへと向かっていく。全体として、ピアノ・パートは技巧的に書かれているだけでなく、音量や打鍵の鋭さも求められる。小菅はそういった要求に応え、華やかな表情をも加えていた。
コンサートの後半におかれた交響曲第9番は、アンナ・ゼーガースの「第七の十字架」という、1937年にナチスの強制収容所を脱走した七人の囚人の一週間をえがいた小説に基づいている。ただ一人逃げ延びた主人公による言葉を中心にした七編の詩、「逃走」「死んだ仲間たち」「追跡者たちの報告」「プラタナスは語る」「墜落」「大聖堂の夜」「救済」による七つの楽章によって構成されている。
脱走し、きびしい追跡を受けているという、ぎりぎりの状況に置かれた主人公の追い詰められた気持ちが中心テーマということもあり、聴いていて重く感じる音楽であった。「追跡者」や、逃走した囚人を懸ける十字架を作るために「プラタナス」を切り倒す者といった収容所の側の人間だけでなく、「大聖堂」の中の死者や聖人といった存在も、逃走者を追い詰めるものとしてえがかれる。最後の「救済」も明るさに満ちたものとはならず、ほのかな光を暗示するにとどまっている。ベートーヴェンの第9番が「歓喜の歌」であるのに対し、この曲は同じ第9番でもまったく対極にある「悲嘆の歌」といってもよいだろう。直接のテーマは反ファシズムなのだが、「同じような状況が、今の世の中にもいくらもあるだろう?」という、ヘンツェの問いかけが聞こえるように感じられた。
合唱にはさまざまな歌唱法が要求され、また弱声から強声までコントロールすることが求められる。他の声部を聴きながら合わせるといったことでは対応できないところもあっただろう。東京混声合唱団はよく頑張って歌っていた。オーケストラも指揮者の要求にしっかり応えていたと思う。指揮の沼尻、こういった現代ものを振らせたら本当にうまい。
指揮者、オーケストラともに、今後もこういったチャレンジングなプログラムを期待したい。
なお、当日のプログラムにはヘンツェの年賦・作品表が載せられていた。作品表には、改訂版の作曲年・初演年、日本初演の年まで記載があり、貴重な資料だと思う。

藤堂 清 kiyoshi tohdoh
東京都出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。ソフトウェア技術者として活動。オペラ・歌曲を中心に聴いてきている。ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのファン。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若き恋人たちへのエレジー》がオペラ初体験であった。

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