Concert Report #599

ラドゥー・ルプー ピアノ・リサイタル
2013年10月17日 東京オペラシティコンサートホール
Reported by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)


<曲目> シューマン:子どもの情景 Op.15
 1.見知らぬ国から
 2.珍しいお話
 3.鬼ごっこ
 4.おねだり
 5.幸せいっぱい
 6.重大なできごと
 7.トロイメライ
 8.炉ばたで
 9.木馬の騎士
 10.むきになって
 11.怖がらせ
 12.寝入る子ども
 13.詩人は語る

シューマン:色とりどりの小品 Op.99
 3曲の小品、5曲の小品、ノヴェレッテ、前奏曲、
 行進曲、夕べの音楽、スケルツォ、速い行進曲
シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番イ長調 D959(遺作)

<アンコール>
シューベルト: スケルツォ D593
シューマン: 「森の情景」op.82から 孤独な花         

 ルーマニア生まれのルプーは66年ヴァン・クライバーン国際コンクールに優勝し、楽壇に躍り出た。以来、独自のピアニズムで世界中のファンを魅了している。当夜も、満員の聴衆が、息をひそめてその音響世界に聴き入った。プログラムはシューマンとシューベルト。
 『子どもの情景』第1曲<見知らぬ国から>。ルプーは一つ一つの音を手のひらのなかで慈しむように弾き始めた。一気にシューマンのメルヘンとロマンの世界がひろがる。<鬼ごっこ>の軽快なスタッカート、<トロイメライ>のうるむように淡いポエジー、<木馬の騎士>のヴィヴィッドな動き、そして<寝入る子ども>のピアニシモ。優しい子守歌にくるまれて、幼子がそうっと眠りへと抱きとられてゆく。ほとんど気配だけの、でも、微かな光を放つそのピアニシモが無類だ。聴衆が前のめりになって響きを追う。「聴こえる」のではなく、「聴いて」欲しい、心を傾けて。こういう「傾聴」へのいざないこそがルプーの音楽の特質で、威圧的に音を浴びせかける演奏とは決定的に異なる。野の花で冠を編むような全13曲、温かな満足感がホールにひろがった。続く『色とりどりの小品』では、<前奏曲>のパッショネイトな音の清流が飛沫をあげて飛び散るさまが印象的。<行進曲>の葬送を思わせる低音の深い連打も美しい。最後の<速い行進曲>のアクセントの効いたグルーヴィーなノリと弾力は新鮮な魅力を放った。
 後半はシューベルトの『ソナタ』。冒頭、打ち鳴らされるきっかりした和音は、それでも決して響きが割れることなくすっくと立ち上がる。コーダ部分での高音域にたゆたうピアニシモのテーマは光のさざ波。夢幻のアルペジオで閉じられた。が、なんといっても、第2楽章アンダンティーノが絶品である。歌曲集『冬の旅』を思わせるその漂泊の歌は、ひとあしひとあしが切なく胸をしめつける。変幻自在の中間部ののち、ふたたび紡がれるひそやかな歌は繊細の極み。まさにルプーの独壇場である。終楽章はこんこんとあふれるシューベルトの音楽の泉をどこまでも歌い継ぎ、最後を余韻たっぷりの打鍵でしめくくった。
 ルプーのピアノのダイナミック・レンジは弱音域に軸足を置いたもので、強音も無闇に叩かれることはない。それが彼の独特な世界を形作っている。心の襞に濃やかに寄り添い、微細な光と影で精妙に織り上げる。声高な主張や解釈の一切ない、魂の慰撫の音楽。やはり稀有なピアニストである。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


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追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
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オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
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INTERVIEW
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