Concert Report #602

フランシス・プーランクの夕べ
2013年10月23日 東京オペラシティ・コンサートホール:タケミツ・メモリアル
Reported by 悠 雅彦 (Masahiko Yuh)

<第1部>
1.メランコリー(1940)〜ピアノ
2.3つの小品(1918〜28、改訂版1953)〜ピアノ
3.モンパルナス(1941〜45)〜ソプラノ/ピアノ
4.フルート・ソナタ(1956〜57)
5.クラリネット・ソナタ(1962)
6.六重奏曲(1932、改訂版1939〜40)〜ピアノ/フルート/オーボエ/クラリネット/ファゴット/ホルン

<第2部>
1.オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲(1938)
2.スタバート・マーテル(1950)〜ソプラノ、合唱、オーケストラ

鈴木雅明(指揮)
菊地裕介(ピアノ)臼木あい(ソプラノ)上野由恵(フルート)大島弥州夫(オーボエ)伊藤圭(クラリネット)黒木綾子(ファゴット)福川伸陽(ホルン)、鈴木優人(オルガン)
新国立劇場合唱団
東京フィルハーモニー交響楽団         

 俗受けしそうにない、しかしオール・プーランクのプログラムとは見るからにユニークな演奏会。プーランク好きとしては黙過できないと、いわば半分は好奇心で聴きに出かけてみた。じつは、宣伝チラシに掲載された演奏者の顔ぶれを一瞥して、2、3人を除けばクラシックには不案内な私には馴染みのない名前が並んでおり、最初は出席しようかどうしようかとためらったのだが、来てよかったと改めて胸をなで下ろした。没後50年記念とうたったこの夜の<フランシス・プーランクの夕べ>は、前半の小品の数々といい、後半の2つの大曲といい、演奏者の新鮮な演奏にも恵まれてプーランク好きにはまさに至福ともいうべき心温まる一夕だったからだ。
 プーランクはいうまでもなくオネゲルやダリウス・ミヨーらと並ぶいわゆるフランス6人組の1人だが、私が彼の音楽が好きなのは洒脱ともいうべき独特のセンスやオープンな独創性に加えて、新古典主義の最もエスプリに富む洗練された彼の作風が好きだったからにほかならない。ストラヴィンスキーの新古典主義宣言に刺激されたのであろうという想像もできる。彼とほぼ同世代の作曲家で新古典主義的作風を競った人として、たとえばウィーン生まれの米国の作曲家エルンスト・トッホ、41年に米国へ亡命したチェコのマルティヌー、同じく米国へ亡命してハリウッドの作曲家として名を馳せたコルンゴルトら、私の好きな新古典主義的傾向をとった人の中でもプーランクのユーモアと諧謔精神を忘れぬ、決して重くならない爽やかな作風が私にとっての最もフランス的なエスプリだったということになるだろうか。その意味では彼はミヨーとともにエリック・サティの精神と音楽的な共鳴を忘れない作曲家だったと思う。
 人によっては自らの語法から調性を排除することがなかったプーランクを保守的な作曲家として斥ける人もいるが、彼は前衛と古典の間の特別な銀河を歩んだ作曲家だったと私は考える。幕開けはシャンソンにも通じる、そんな彼のユーモアの雫を落とした愛らしい小品と歌曲。ピアノ曲の「メランコリー」と「3つの小品」は菊地裕介。「モンパルナス」のソプラノは臼木あい。ともに30代に入ったばかりの俊英だが、このあとソナタを演奏したフルート奏者・上野由恵、オーボエ奏者・大島弥州夫といい、六重奏曲に参加したクラリネットの伊藤圭、ファゴットの黒木綾子、ホルンの福川伸陽といい、有名音楽大学に学び、各種コンクールで優秀な成績をあげて活動中の新鋭らしく、きびきびとした演奏で聴く者に新鮮な印象を与えた。これといった難点はないし、楽器奏法の洗練された達者さが耳を射た。今の若い人たちはみな上手い。
 元々フランス6人組はワーグナーへの傾倒や、浮世絵に象徴される東洋への関心といった、当時パリや欧州主要都市の音楽シーンを賑わしていた現象とは距離を置き、フランスらしさに回帰しようという一種の文芸運動だったろう。たとえば、「六重奏曲」などはそうした風潮や運動の中で試行錯誤した時代を締めくくるプーランクらしい個性と魅力が光を放つ作品。洗練された作曲技法で、しかも楽しげに呼吸を合わせて演奏するピアニストと5人の管楽器奏者の好演の余韻が、後半の楽しみを約束したかのように脳裏に響いた。
 「六重奏曲」のすぐあとに作曲された「オルガン協奏曲」で後半の幕が開く。この曲といい、最後の宗教曲「スターバト・マーテル」といい、オルガン独奏者の鈴木優人、及び鈴木雅明指揮の東京フィルハーモニーの、熱のこもった高度に集中力みなぎる期待に応えた演奏が心を鼓舞するように、ときに激しく訴えるように肉迫した。言葉は適切でないかもしれないが。予想外の聴きものだった。鈴木雅明といえば、バッハ・コレギウム・ジャパンではお馴染みだが、ほかの独立した交響楽団を指揮した演奏は、私には初体験。彼はよほどプーランクが性に合っていると見え、細部に気を配りながら全体を的確に構成するメリハリの利いた指揮を披露。とりわけ得意の宗教曲である「スターバト・マーテル」の、合唱を含むオーケストラ演奏の壮麗なともいえるドラマティックな展開が見事ですらあった。
 しばし、プーランクの音楽に酔った。(悠 雅彦/2,013年11月16日記)

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.