Concert Report #603

Music Weeks in TOKYO 2013
小曽根 真&パキート・デリヴェラ “Jazz meets Classic” with 東京都交響楽団
Makoto Ozone & Paquito D’Rivera “Jazz meets Classic” with Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra
2013年10月26日(土)15:00 東京文化会館 大ホール
Reported by 神野秀雄 Hideo Kanno
Photos by ⓒ青柳聡/写真提供:東京文化会館

小曽根 真(p)
スペシャル・ゲスト:パキート・デリヴェラ(cl, as)
ジョシュア・タン指揮  東京都交響楽団

《第一部》
モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K.622
W. A. Mozart: Konzert in A-Dur KV 622 fur Klarinette und Orchester
(クラリネット:パキート・デリヴェラ/ピアノ:小曽根 真)
T Allegro
U Adagio
V Rondo: Allegro

ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 op.43 (ピアノ:小曽根 真)
S. Rachmaninoff: Rhapsody on a Theme of Paganini, op. 43

《第二部》ジャズ・セッション(小曽根 真×パキート・デリヴェラ)
1. Fantasia Impromptu (Chopin)
2. I Remember Dizzy (Paquite D’Rivera)
3. A Night in Tunisia (Dizzy Gilespie)
4. My Witch’s Blue (Makoto Ozone)
5. Sol Azteca (Makoto Ozone)
6. To Brenda with Love (Paquite D’Rivera)

7. Manha de Carnaval (Orfeu Negro) (Luiz Bonfa)         

「ジャズを演奏されてきた経験が、クラシックを演奏する上で影響することや役に立つことはありますか?」「いや、まったくありません。」そうきっぱり答えたのは、ジャズピアニストであり、映画『マイ・フェア・レディ』などでも知られる作編曲者であり、現在は指揮者として活躍するアンドレ・プレヴィンに話をきいたときのことだ。実際、彼がモーツァルトのピアノ協奏曲を「弾き振り」してもカデンツァに大きく手を加えることもない。この質問をした頃もアンドレ・プレヴィン(p)&デヴィッド・フィンク(b)デュオで、ブルーノート・ニューヨーク、カーネギーホール、タングルウッドなどでジャズパフォーマンスを行っていた。なお日本でジャズを演奏する機会があるかという問いには「あると思います。今年ではないですが。」と答えていた。ジャズとクラシックとは全く別なもので、その間には越えてはいけない明確な壁があると真剣に捉えているようだった。
小曽根 真がクラシックの世界でも活躍するようになって約10年が経つ。その美しさと楽しさに魅了されながらも、長年ジャズピアニストとしての小曽根を聴いてきた者にとっては、クラシックを演奏する意味、それを聴く意味は考えさせられるところでもあり、今でも戸惑いはある。他方、今となっては小曽根のザ・トリオを知らない新しいファンも多いだろう。その場合でも、多数のクラシック界の巨匠の中でなぜ小曽根のコンサートに来るのか?もっともそこに理屈をつけようとすること自体に無理があるのだろうけれど。
今回、東京都が主催した『Music Weeks in TOKYO 2013』メイン公演として、小曽根が、キューバ出身のクラリネット・サックスプレーヤーのパキート・デリヴェラ、シンガポール出身の指揮者ジョシュア・タンを招き、東京都交響楽団と演じた『Jazz meets Classic』コンサートは、約10年間の小曽根のクラシックへの取り組みからひとつ先へヴィジョンが開けたように見えたコンサートとなった。東京文化会館の他、翌日、パルテノン多摩でも同演目でのコンサートが行われた。また、特別企画として、11月2日にワークショップ「自分で見つける音楽」が開催された。

第一部は、モーツァルトの<クラリネット協奏曲>から始まる。2006年に小曽根がポーランドの音楽祭に招聘されピアノ協奏曲を弾くことになったときに、誰かもう一人と思い、パキートの顔が浮かんでシンフォニア・ヴァルソヴィアとモーツァルトのクラリネット協奏曲で共演したのが最初の演奏となった。その後、日本で『Mozart meets Jazz』として公演が行われ、大好評となった。
小曽根の姿はステージ上になく、パキートが2本のクラリネットを持って登場。平たく言うと管の長さが異なるA管とB♭管。陽気な彼の笑顔と仕草を見るだけで、会場が楽しさと笑いに包まれる。クラリネットはジャズや吹奏楽ではB♭管が基本なのに対して、第1楽章と第3楽章はAメジャーであり、A管の楽器で演奏されるが、それによってもさらに明るい新鮮な響きでホールを包む。クラリネットでは、低音と高音で共鳴のモードが異なり、リコーダーやサックスと違って1オクターブ目と2オクターブ目の運指すら異なるのだが、この曲でパキートの音質は低音と高音で明確に区別し特徴付けられているようで、少し不連続性すら感じたが、調べてみるとモーツァルトのクラリネット協奏曲は作曲段階からその違いを表現することを意図して構想されているそうで、その通りに表現力の広がりを生み出すことに成功している。
第1楽章が終わり、小曽根がステージに現れるとパキートが「遅いじゃないか。何やってたんだよ。」と冗談を飛ばす。第2楽章からピアノも加わる特別版。第2楽章はもともとDメジャーで作曲されているが、パキートが持ってきた編曲ではE♭メジャーに移調されている。DメジャーをA管で吹くのではなく、あえてB♭管のクラリネットで吹くことを選択してE♭メジャーで演奏することでブルージーな表現を拡げ、豊かな色彩をもって深い感情をこめて演奏された。第3楽章ではAメジャーに戻りA管で。また明るく活き活きした世界が拡がった。

ラフマニノフの<パガニーニの主題による狂詩曲>は、パガニーニが書いたバイオリンのための「24の奇想曲」第24番の「主題」を用いた変奏曲だ。主題に23の変奏が続き、1934年にラフマニノフのピアノとストコフスキー指揮のフィラデルフィア交響楽団で初演されている。そう考えると年代だけから言えば、スウィングジャズの時代からそう遠くはないと思い当たる。小曽根は、2012年のNHK交響楽団のツアーで尾高忠明指揮により演奏していた。その際に少しずつアドリブも加えて演奏していたが、尾高が「そこまで弾けるなら、あえてアドリブなしで一度演奏してみたら。それを聴きたいな」と言ったのを受けて、それに取り組むことになった。ジョシュア・タンという音楽の方向性を理解し合った指揮者を得て安心して任せたと言う。
カデンツァを中心にアドリブを加えることはこれまでの小曽根のクラシックへの取り組みには多く見られた手法だが、それが全くない今回の演奏も、それは実に素晴らしいもので、不思議と小曽根の想いがダイレクトに伝わってきた。ベーシックに原曲を弾く中に十分な想いと表現が加えられていた。これまでクラシックにアドリブを加えるということは、心から楽しみながらも、どこかわだかまりと戸惑いを感じる部分があった。今回、アドリブがない中で最高すぎる演奏を聴けたことは、そのわだかまりと戸惑いを吹き飛ばすのに十分だった。この演奏は小曽根自身にとっても大切なものとなり、ひとつの到達点または通過点と感じられたときいた。「ジャズピアニストがクラシックを弾く」というフレーズが逆説的に陳腐なものになり、よい意味で『Jazz meets Classic』というタイトルが飛んでしまったようですらある。小曽根は楽譜通りに弾いても小曽根として十分に表現できるし、その上でアドリブを必要と感じれば連続性をもってそうすればよい。どうしてもアドリブを入れると相対的にそちらが目立ち、楽譜に従った表現が記憶に残りにくいという弊害があると小曽根自身が認識しているし、翌週のワークショップでは、たとえば、モーツァルトは演奏家がアドリブを含む自由度を発揮できる音楽を提示しているのに対し、ベートーヴェンはそういう介入をさせない完成形を提示していると語っていた。

そして、第二部の小曽根とパキートのジャズ・セッションも凄かった。第二部ではパキートはB♭管のクラリネットとE♭管のアルトサックスを使っているのだが、クラリネットはB♭管1本だけを持ってきたパキートに、「あれもう1本はどうしたの?」「あ、あれね。さっき売ってきちゃった。」「ちょっと、明日のクラリネット協奏曲どうするんだよ。」と早速、言葉のセッションも止まらない。演奏の方はというと、いちおうセットリストは掲載したが、これらの曲を順にちゃんと演奏したというよりも、いや、もちろんちゃんと演奏したのだが、小曽根とパキートの会話するようなやり取りの中で、曲のフレーズが浮かんでは発展し、消えて、違うフレーズが浮かぶ、その繰り返しというイメージだった。こちらでも二人の濃密なやり取りは、ときにテーマやジャズのイディオムを離れた、小曽根というミュージシャンそのものと、パキートそのものが自由に対峙するものであった。実は自由なようで自由とは言い切れないジャズの先にある本当の自由を見せてくれた。ちなみに、今年、社会現象となったドラマ『あまちゃん』の音楽でも、大友良英はジャズミュージシャンがアドリブソロをすると、ジャズのイディオムが音楽の自由度を下げ、聴き手の耳を制限する可能性もあることにも細心の注意を払っていた、ということも個人的には大きなヒントになった(これは三陸編と東京編のスイッチとして効果的に使われていた)。
もともと二人の出会いは、1986年にブルーノート・ニューヨークでパキートのクインテットと小曽根トリオの二つのバンドが6日間にわたってダブルビルとして演奏し、意気投合して少しずつセッションになるうちに、最後は一つのバンドのようになってしまうぐらい仲良しになったのが発端だったということだが、その楽しい出会いが想像できるようだ。

このラフマニノフと、ジャズ・セッションという二つの側面から同じ結論が見えた今回の公演は衝撃だった。小曽根がこれまでもクラシックとジャズの両方にわたってすばらしい活動を続けてきたことは間違いないが、僭越な言い方で恐縮だが、約10年の節目となる今回、ジャズだ、クラシックだという次元から、明らかに一つ先の世界へ進んでいったような気がした。小曽根という豊かな表現力と創造力を持ったピアニストがいる、というだけで十分だ。それはまた誰でも一朝一夕でできるものではなく、そこに到達した数少ない存在が、小曽根であり、パキートだ。なお、これはジャンル論だけではなく、たとえば最近のマイク・スターン・バンドでのインタープレイを含め、ここに来て何か小曽根に大きな変化が起こっていると感じている。
冒頭のなぜ小曽根のコンサートを聴きにいくのか?クラシック、ジャズという形ではなく、小曽根がいま演奏したいと思い、楽しいと思う音楽があり、そこで共演者も観客も喜びを見いだせるのであれば理屈ではなく価値があるものだと思う。また何か完成形を聴きにコンサートに足を運ぶというよりも、小曽根の音楽の冒険の旅につきあい、そこでファンも新しい音やまだ知らない音楽家たちに出会っていく過程を共にしているような気がしている。他方、アンドレ・プレヴィンのジャズとクラシックの間の考え方も、小曽根と大きく相反するようでずっと気になってきたのだが、それぞれの音楽で個人がベストを尽くすという意思表示であって、実はそう遠くないものかも知れないと思い当たった。
今回の公演は、私のような素人の雑念に対して「すっきり」を提供してくれて、同時に敷居の低さと高さ、楽しさと難しさの両方を見せてくれた。先の世界へ進んで行く小曽根の活躍に大きく期待するとともに、(容易ではない面も含め)その周辺で何が起こっていくのか注目していきたい。

【JT関連リンク】
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2013 「パリ。至福の時」 #147小曽根 真&塩谷 哲「パリ×ジャズ」
http://www.jazztokyo.com/live_report/report528.html
小曽根 真&ゲイリー・バートン・デュオ
http://www.jazztokyo.com/live_report/report549.html
マイク・スターン・バンド feat. 小曽根真、デイヴ・ウェックル、トム・ケネディ
http://www.jazztokyo.com/live_report/report572.html
『小曽根 真&ゲイリー・バートン/タイム・スレッド』
http://www.jazztokyo.com/five/five1012.html
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_167.html

【関連リンク】
小曽根 真 オフィシャルウェブサイト
http://www.makotoozone.com/jp/
パキート・デリヴェラ オフィシャルウェブサイト
http://www.paquitodrivera.com
小曽根 真&パキート・デリヴェラ “Jazz meets Classic” with 東京都交響楽団
http://www.t-bunka.jp/mwit2013/ozone.html


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