Concert Report #604

「甦る“誇り高き響き” チェコ・フィル」
ビエロフラーヴェク指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
2013年10月30日(水) サントリーホール
Reported by 多田雅範 (Masanori Tada)
Photos by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
 ナレク・アフナジャリャン Narek Hakhnazaryan (チェロ/Cello)
Dvořák:Cello Concerto in B minor, Op.104
Narek Hakhnazaryan, Cello

ブラームス:交響曲第1番
Brahms:Symphony No.1 in C minor, Op.68         

吹雪の中を7分も歩いて赤コーラを買いに出かけるように、いてもたってもいられない気持ちでチェコ・フィルの響きに出かけるクラシックファンの気持ちがよくわかります。ええ、わたしも数日後のミューザ川崎での公演、ここのホール音響でのチェコ・フィルにも出かけましたから。

コンサートが終って2週間経っても3度目のアンコールで流れはじめた「ふるさと」が。

チェコ・フィルの作り方。前面左右フルに拡がる、ヴァイオリン、ヴィオラを40丁並べる。チェコ語を話す一流のヴァイオリン、ヴィオラ演奏家たちを。中央に金管。一段上がって背面から、見下ろすように神々しくコントラバスが8丁、居並ぶ。このコントラバスのボディビル・コンテストを見上げるような風格も、やはり皆、チェコ語で生きている一流奏者だ。なんと壮観な、このような並びは、はじめて見る。以上のようなレシピでもって、それはそれは演奏前の音合わせからして、“誇り高き響き”チェコ・フィルとなる。

ドヴォルザーク「チェロ協奏曲」は、第14回チャイコフスキー国際コンクール第1位、ゴールドメダル、2つの特別賞に輝くアルメニアが生んだチェロの新星、アフナジャリャン25さいを慈しむように包み込んだチェコ・フィルだった。アフナジャリャンはスムースに技巧的で軽やかに旋律の質量はカッチリ、という、濁り尖がり無し、ね、今時の若いスターらしい納得感。テクは確かだが、まだまだコンクール仕様の優等生らしさが青く残る。日本が誇る若き宮田大27さいだったなら、もっとアグレッシブであったろうし、いぶし銀の小澤洋介だったなら間違いなくチェコ・フィル団員全員をもヨーロッパ仕込みのハートの旋律で感涙させただろう。

アフナジャリャンはアンコールで魅せた。若者らしいちょっと恥ずかしくも切なくなるようなフォークな歌声を張り上げながら、朗々とまた孤独を放り投げるようなチェロで合わせる「ソリマ:ラメンタシオ」という曲を演奏した。フォークでクラシックでアウトゼアな感じは、それはもうECMワールドに他ならない。万感の拍手だ。

指揮者イルジー・ビエロフラーヴェク Jiří Bělohlávek、チェコ・フィルの首席指揮者。チェコ語の文字表記に比べて、カタカナ表記の長いことといったら。どう転んでも読めない。まず、名前を憶えられるだろうか?

後半のブラームス「交響曲第1番」は、全クラシックベスト第3位(レコ芸リーダーズチョイス2011)に挙げられる人気曲。わたしは同意しかねるが、ベートーベンコンプレックスで開き直ってるブラームスの例のやつ、これが、有無を言わせぬブラボー級の名演だった。

躍動する指揮者といえば、である。音楽を躍動させる指揮者といえば。グスターボ・ドゥダメル(ベネズエラの若き皇帝)、ミチヨシ・イノウエ(日本の真のプリンス、見た目は法王)、が、迷わず世界のツートップである。どのオーケストラも、限界まで躍動させる。オーケストラ全員が椅子ごと宙に浮いているとまで言われている。

このビエロフラーヴェクは、本場ヨーロッパをなめんじゃねえぞ、本場チェコの躍動を見せつけてやる、と、言わんばかり、しかしツートップが両手両足全身でおのれもジャンプしてオケを跳ね上げているのに対し、ビエロフラーヴェク67さいは太目のおなかと両ひじだけでそれをやってのけている。この重厚壮大なチェコ・フィルを、だ。

いくらわたしが隅々まで好きになれない交響曲第1番でも、この指揮とこの重厚なチェコ・フィルにあっては、かなわない。感動のフルコース。

観客の興奮に奮発して、アンコールは3回もやった。ブラームス:ハンガリー舞曲第5番、スメタナ:歌劇「売られた花嫁」序曲、もうすでに感動で涙目になっている...3回目が、なんと岡野貞一/イルジー:カラフ編:「ふるさと」、うさぎ追いしあの山、小鮒釣りしかの川。

ふるさとの3番の歌詞がこころに響く。

こころざしを果たして、いつの日にか帰らん、山は青きふるさと、水は清きふるさと。

そう。こころざし、というものは果たせないようにできているのだ。そう。帰りたくても、帰れないのだ。望郷の念とはきっとそういうものなのだ。

この夜のチェコ・フィルが教えてくれた、忘れがたき音楽の感動なのだった。

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