Concert Report #606

古佐小基史 ソロハープコンサート
Motoshi Kosako Solo Harp Concert
2013年11月1日(金) 19:30 東京・代官山「山羊に、聞く?」
Reported by 神野秀雄
Photos by 前沢春美

1. Foxing Hour
2. On the Way Home
3. Alcyon
4. Inner Nature
5. Living River
6. Some Blues
7. Idle Talk
8. My Song (Keith Jarrett)
9. Gentle Rain
10. Barking at the Moon
11. Naked Wonder
12. Oh, Shenandoah (Traditional)
13. Moon in the Heaven

14. Blues (improvisation)
15. Place in the Heart
16. China Road
17. One or Eight         

オレゴンのメンバーとしても知られるリード奏者ポール・マッキャンドレスが来日して、新宿ピットインで演奏するという話が伝わってきて、そのときジャズハーピストの古佐小基史という文字が目に入った。それが2011年の「古佐小基史&ポール・マッキャンドレス デュオライブ」だった。記憶を遡ると、東京大学ジャズ研の少し下の代に古佐小がいて、熱心に様々なミュージシャンを研究しながら自分の音楽を創り、ジャズギタリストとして将来が期待され、25 歳で渡米していた。
同期で現在は自身のビッグバンドを中心に活躍している羽毛田耕士(tp)の記憶によると、最初はチャーリー・パーカー、ソニー・スティットあたりからバップの語法を研究し、やがて、パット・マルティーノ、マイク・スターン、パット・メセニー、ジョン・スコフィールド、ジョン・アバークロンビー、ラルフ・タウナーへと関心が変遷しながら、それぞれ本当にそっくりに弾くことが可能なまで徹底的に分析・研究していたという。次第にECM的な音にも惹かれていき、ピアノではあるがキース・ジャレットも研究していたらしい。
その後、ジャズギターの表現力に限界を感じて、きっぱりやめてしまい、ジャズハープに転向したという話を私は遅ればせながら聞くことになった。今回、この点について古佐小から話を聞くことができた。
「『ギタリストとしての自分の能力に限界を感じた』という部分も多々ありましたので、ギターの楽器としての限界を感じたことと半々くらいです。ラルフ・タウナー、エグベルト・ジスモンチなど影響を受けたギタリストの多くはピアノも演奏しますし、メセニーもシンセやエフェクターを駆使していわゆるギターの機能を越えたところでギターを活用していますが、自分の能力では彼らのような多様な音楽の表現を追求するためのツールの一つとしてギターを使いこなせない、あるいは使っても結局誰かのマネに陥ってしまうという限界を感じていました。楽器をギターからハープに転向したことで、人マネをできない状況に自分を追い込んだことが、自分の音楽性を追求する上で重要な土壌になりました。」
世の中がジャズハープの活動を受け入れる場と経済性の許容量を考えればこの決断がどれだけ厳しいかは想像に難くないが、きっと古佐小は音楽の必然性に信念を持ち、そういうことにはこだわらなかったのではないかと思う。ポール・マッキャンドレスとのデュオライブでハーピストとしての古佐小を聴くのは全く初めてで、演奏は未知数のものだったが、緊張感と安らぎが混在するポールとのインタープレイの中でとても美しい響きに溢れていた。
そして、今回、「ジャズハープソロ」を初めて聴いた。想像していた以上に複雑なのに心地よく完成度が高いものだった。ピアノソロ同様あるいはそれ以上にソロが完全な音楽として完結している。ハープ特有の繊細で華やかな響きにまずは耳を奪われるが、古佐小の演奏には明確なリズム感と、強烈なグルーヴが秘められていることに最大の特徴を見た。これはどの楽器でも同様に大切なことだが、特にハープで最大限の表現をするためには不可欠なものだったと思う。
彼の表現力の幅広さ奥深さは、「ギターに限界を感じてハープに転向した」という少し奇異な、ギターに失礼なようなフレーズを十分に納得させるものであった。ハープはギターに比べて必ずしも自由な構造ではない。ペダル操作によって半音を出すために、すべてのコードが思い通りに出せるとは限らない。スケールを自由自在に使いこなすのにも難しさがある。今回のライブでもビル・エヴァンスの響きをハープで再現することは構造上困難で、<Gentle Rain>はハープでエヴァンスらしく弾けるように再構築した曲だと言っていた。それでも、パット・メセニーがピカソギターで表現を拡げようとしたときに、ギターの構造の呪縛から逃れられず、かえって限界が見えてしまうのに対し、ギタリスト古佐小が出したかった音がハープ上で自由に出せているのがわかる。そして先述のタイム感とグルーヴの確かさを含め、誰でもではなく、古佐小だから引き出せた可能性だ。また、ジャズハープは奏法が確立されておらず、自分で模索していくことも古佐小には大きな魅力となったようだ。
正確な表現かどうかわからないが、私の耳には最大4層のレイヤーの音が出ているように聴こえた。例えば、ギターで言うところのカッティングをしながら、ベースラインがあり、カウンターメロディーがあり、メロディーラインがあったりするのだが、目で追ってみると、3層までは手の動きが見えたが、4層目までは目で追えない、マジックを見ているような瞬間があった。しかも先述のように4層の音にペダル操作が独立に絡むとしたら素人には想像もつかない複雑さだ。
ちなみに4層というと、古佐小も敬愛するキース・ジャレットが「4声までは無意識でインプロビゼーションできる」と証言していた厚さとも一致するところではある。キースといえば、今回のライブで、「えーと、みなさんに選んでいただきたいのですが、ラルフ・タウナーの曲と、キース・ジャレットの曲とどちらが聴きたいですか?」と会場に問いかけ、キースの方に多く手があがって、<My Song>が演奏された。ピアノソロがハープに置き換わったような、音色に均質性がある演奏を想像したのだが、ヤン・ガルバレクのソプラノサックスの音色を含むカルテットが聴こえてくるようなニュアンスの細かさと深さに圧倒された。
曲目としては、オリジナル曲がほとんどを占める。その作曲のすばらしさも評価したい。今回の会場は「山羊に、聞く?」だったが、奇しくも現在カリフォルニア州の田舎に住む古佐小は、山羊も飼いながら、農業畜産と音楽活動を両立した活動を続けている。また医学部保健学科出身で看護師であった経験も活かして音楽療法でも活躍する。「生きること」に正面から向き合いながらの音楽活動は、都会の音楽業界をベースにしているミュージシャンとは一線を画す新たな可能性を秘めている。現在、古佐小が十分に評価をされているとは言い難いが、ひとりのハーピストとしてだけではなく、音楽の全く新しい表現手段の開拓者として、受け入れられ、影響が受け継がれていくことを楽しみにしたい。

【関連リンク】
古佐小基史オフィシャルウェブサイト
http://harpmusician.com/


Motoshi Kosako Solo / On the Way Home (2013)

Motoshi Kosako & Paul McCandless / Place in the Heart (2011)

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