Concert Report #607

Music Weeks in TOKYO 2013 メイン公演特別企画
小曽根 真 ワークショップ「自分で見つける音楽」
2013年11月2日(土) 15:00 東京文化会館小ホール
Reported by 神野秀雄
Photos by ©青柳 聡/写真提供:東京文化会館

        

小曽根 真はパキート・デリベラ、ジョシュア・タン指揮による東京都交響楽団との公演「Jazz meets Classic」を東京文化会館大ホールで10月26日に行った。ラフマニノフ<パガニーニの主題による24の狂詩曲>ではアドリブを織り込まずに演奏し、その中であっても小曽根の深い想いが強く伝わる感動の演奏となった。第二部のパキートとのジャズ・セッションでは、ときにテーマやジャズのイディオムをも超えて、小曽根とパキートというふたつの存在がダイレクトに結ばれどこまでも自由な音楽が生まれる瞬間に居合わせることになった。もはやジャズだ、クラシックだという次元を離れ、枠組みが消え、ミュージシャンの存在そのものが生み出す音楽。ラフマニノフとジャズ・セッションの両方から同じ結論が見えた衝撃的なコンサートとなった。

この公演の特別企画として翌週に小ホールで小曽根真ワークショップ「自分で見つける音楽」が開講された。チケットは完売していて、開演30分前にはよい席で話を聴こうとする受講生で小ホールから会館玄関まで長蛇の列ができて熱気に溢れていた。幅広い層だが若い方に寄っていると思う。その多くは先週のコンサートを聴いていたようだ。約650人が聴講、プロ・ミュージシャンは思ったよりも少なかったが、それでも鍵盤の見える左側から圧倒的に席が埋まっていったところから見ても、ピアノを弾く人、楽器を演奏する人の割合は相当高いようだった。

<Sol Azteca>を弾き終えて、「暑いね」と言ってジャケットを脱いだ瞬間、なぜか客席との距離が一気に縮んだ気がした。途中、ランダムに選んだ何人かの受講生にステージに上がってもらったりする一幕もあったが、その演奏技法にコメントするマスタークラスではない。音楽にとって大切なことは何かをひとつひとつ、そしてひとりひとりに語りかける。小曽根の才能の根底にあるのは卓越したコミュニケーション能力だと思っている。アコースティックなピアノの響きがホールの客席すべてに届くように、小曽根の言葉が観客のひとりひとりの心に確実に届く。もはや、コンサートとワークショップの間にすら壁がなくなっている。
音楽の大切な部分を語る小曽根のこんな話を、自分が東北の片田舎の中学校の吹奏楽部にいたとき、ジャズ研にいた高校・大学のときに聞けていたらどうだろう。会場にいる生徒・学生がとても羨ましい。小曽根はNever too late!というだろうけど。当時は分かっていなかった、分かろうともしなかったことばかりだ。いや小曽根の言葉だからこそ受け止めることができる。楽譜通り間違えずに吹くことが大切だったり、ジャズらしい形に演奏したかったり、自分が音楽と過ごした時間の多くがじつは自ら枠にはまることを大切にしていた。小曽根のワークショップは初めてではなかったが、先週、小曽根とパキートの枠を完全に取り払った演奏を聴いてしまったので、その世界になぜ行けるのかがとても関心が湧いていた。
音楽は「自分で見つけるもの」。それには「自分の感性を信頼すること」。自分の個性を知ることは言うほど簡単ではないが、小曽根からヒントをもらったことによって少しは近づける気がする。ここでおもしろいのは新しい音を「創り出す」、「構築する」とは言わずに「見つける」と表現していることで、作曲家の武満徹も「誰も聴いたことのない音を自分が最初に聴き出したい」と「見つける」に近い表現で自分にとっての作曲を表現していた。小曽根の音楽は常に数年後にどこに行くかわからないが、やはり新しい音を「見つける」という言葉がしっくり来るし、ファンはその新しい音を「見つける」旅を小曽根と共にしている。
音楽を聴きながら感覚が育つことを大切にして、理論から入るべきではないという。コード進行でも色彩感のような感覚で身につけたい。このことは最近確立されてきた音楽大学のジャズ専攻で、何ができるのか何を育てるのかが問われる時期に来ていることにも関連すると思い至る。効率的にジャズを教えることと自由な感性を育てることをどう両立させるのか、まさに国立音楽大学における小曽根のような存在が求められるのだと思う。(少し脱線するが、近年、完全に点数化・序列化されてしまったヤマノ・ビッグバンド・ジャズ・コンテストも、ジャズを志す学生が、新しい音に挑み、自由な感性をつかんでいく上で難しい要因になるのではと危惧する。なお、ニュータイドジャズオーケストラは2013年にヤマノを去りより幅広い活躍を続けている。)
最近、個人的にあらゆる音楽において明確なリズムがあり、グルーヴが生まれることがとても大切だということを妙に実感するようになったのだが、ジャズだけでなく、クラシックこそそれぞれの演奏者のリズムが大切であるという説明には大きく納得した。
音楽をやっていく上で「二匹目のどじょう」を狙ってはいけない。よい演奏をそのまま再現しようと思ってもいけない。ここでジェフ・ティン・ワッツが国立音大のワークショップで語ったという、自分がよいアドリブができたと思ったら、過去の語法を繰り返しただけで音楽がうまくいっていない証拠だ、という考え方にはショックを受けた。まったく正論だがとても難しい。「失敗を恐れずに新しい音を求める」ことが大事だという。新しい音を見つけるから音楽が楽しいが、それを毎回の演奏の中にすら求める。音楽人生の中でずっと新しくあり続ける。それはとても厳しいことだ。マイケル・ブレッカーがソロ・フレーズを決して出し惜しみをしない姿、死の直前まで音楽を探求し続けた姿も思い出された。そしてひとところに立ち止まらない小曽根の楽しさと厳しさに思い当たった。
小曽根のくれたメッセージは、とても前向きで楽しく、そしてとても厳しく重たい。ただ650人は笑顔の中でそれを受け止めていた。全員がそのまま実行するわけでもないだろうし、すぐに理解しきれないかも知れない。でも、650個の種が10%でも1%でも芽を出して育っていく、それは音楽のフィールドですらないかも知れない。その育った木をお互いに見ることはないだろうが、それを想像するとちょっと希望に満ちた気持ちになる。
最後に演奏された<Bienvenidos al Munde><Wild Goose Chase>。そして想いを語った後に静かに<Reborn>が始まる。2003年のイラク侵攻を時代背景に愛と平和への祈りと希望が込められたとても美しい曲。ここでは小曽根のメッセージを受けた後でのひとりひとりの「再生」としても心に響く。オリジナルにはないゴスペル的な賑やかな表現も交えて、そして祈るように、未来を想うように、透明な余韻が静かにホールを満たしていき、長い沈黙の後にようやく拍手が沸き起こった。少し寒さを感じる季節だったが、ワークショップの受講者は小曽根の言葉と音楽の両方から受け取った暖かい気持ちに包まれながら、幸せそうに会場を後にしていった。

※このレポートは小曽根 真の言葉そのものを書き綴ったものではなく、筆者の感想を記述していることにご留意いただきたい。

【JT関連リンク】
小曽根 真 & パキート・デリヴェラ “Jazz meets Classic”
http://www.jazztokyo.com/live_report/report596.html
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2013 「パリ。至福の時」 #147小曽根 真&塩谷 哲 「パリ×ジャズ」
http://www.jazztokyo.com/live_report/report528.html
小曽根 真&ゲイリー・バートン・デュオ
http://www.jazztokyo.com/live_report/report549.html
マイク・スターン・バンド feat. 小曽根真、デイヴ・ウェックル、トム・ケネディ
http://www.jazztokyo.com/live_report/report572.html
『小曽根 真&ゲイリー・バートン/タイム・スレッド』
http://www.jazztokyo.com/five/five1012.html
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_167.html

【リンク】
小曽根 真 オフィシャルウェブサイト
http://www.makotoozone.com/jp/


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