Concert Report #609

日生劇場開場50周年記念特別公演
読売日本交響楽団創立50周年記念事業・二期会創立60周年記念公演
アリベルト・ライマン作曲
オペラ『リア』
2013年11月9日 日生劇場
Reported by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

指揮:下野竜也
演出:栗山民也
装置:松井るみ
照明:服部 基
衣装:前田文子
舞台監督:大澤 裕

【キャスト】
リア:小鉄和宏
ゴネリル:板波利加
リーガン:林正子
コーディリア:日比野幸
オルバニー:与那城敬
グロスター:大久保光哉
エドガー:藤木大地
エドマンド:大澤一彰
道化:三枝宏次

合唱:二期会合唱団
読売日本交響楽団         

 昨年の『メデア』(2010年作曲)に引き続き、アリベルト・ライマン(1936-)のオペラ創作初期の出世作『リア』(1978年作曲)が上演されると言う。わくわくしながら出かけた。期待に違わず、歌手陣も、下野竜也指揮の読売日響も、力のこもった、きわめて質の高い上演であった。とくに今回は、栗山民也の演出(さらに前田文子の衣装、松井るみの装置、服部基の照明)が素晴らしく、これほどの高水準の舞台が日本のプロダクションで誕生したことを非常に嬉しく、誇らしく思う。

 フィッシャー=ディースカウの発案により、シェイクスピアを基に、よく知られたリア王の物語を2部7場に仕上げたオペラである(台本:クラウス H.ヘンネベルク)。
 第1部1場、老いたリア王が三人の娘に王国を分ける。舞台中央に置かれた布の地図(運命を暗示するかのように、既にして剣が突き立っている)が裂かれて娘たちの手に渡る――コーディリアの持ち分だったはずのものを二人の姉が取り合う――わかりやすい、しかし創意に満ちた演出にまず感心。三人の姉妹それぞれの衣装も、シンプルだが色彩・フォルムとも非常にセンスがよく美しい。
 グロスター伯の私生児エドマンドが正嫡の兄エドガーを嫉み、ある工作によって父が兄を追放するよう仕向ける。ここで「間奏」が入り、リアの家来たちが酔って暴れる様子を見せる。第2場で、姉たち二人がこれを理由に父を難詰し、荒野へと追い出す伏線となる。
 第1部3場、リアが荒野をさまよう。フランス王の妃となって去ったコーディリアに窮状を訴える手紙を送ったケント公と、宮廷の道化(リア王の失脚と共に宮廷を去っている)が王を道ばたの小屋に避難させる。第4場、その小屋には先に追放された、グロスター伯の正嫡エドガーが住んでいるが、狂気を装い乞食のトムと名乗っている。そこに、王を救うことを決意したグロスターが現れるが、息子であることに気がつかない。
 第2部。王の救済に動くグロスターが捕らえられ、リーガン夫婦に両眼をつぶされる。エドマンドは父を助けようとせず、グロスターは息子の裏切りを知る。フランス王がリア王の救済に出兵しドーヴァーに上陸したとの知らせが入り、ゴネリルは夫に出陣を促すが、妻の欲望に恐怖を感じるオルバニー公は動こうとしない。ゴネリルはエドマンドを誘惑し、王位を約束する。コーディリアはフランス軍と共に上陸、発狂したという父リアを探して方々に人を派遣する。

 このあたりの音楽と台本は非常に秀逸で、錯綜する物語を淀みなくドラマティックに語り、固唾をのむ迫力である。王者の威厳を漂わせていたリア(小鉄和宏)が次第に狂気を募らせ零落していく様子、王を救うべく立ち上がったグロスター(大久保光哉)が陰惨な私刑で失明し、息子の裏切りを知り、荒野をさまよう中で自殺を企てる過程が、胸を衝く音楽と歌唱で見る者の心に迫ってくる。ゴネリル(板波利加。悪女役はもはや堂に入ったもの)がエドマンド(大澤一彰。声量・声質ともに存在感あり)を誘惑し、父を救うべく聖女のような白一色の装いに銀の鎧をまとうコーディリア(日比野幸。硬質な清純さをよく表現している)が、一つの舞台で同時進行する、その音楽の融通無碍の変化には感嘆。また演出も、色彩と光、シンプルな装置を巧みに用いて、鮮やかにこの対比を示してみせる。
 第2部6場、リア王がついにコーディリアと再会し、狂気のうちにではあるが、つかの間の平和な時を過ごす。非常に印象的で忘れがたいシーンである。眠るリア王の傍らのコーディリアは、さながら、十字架から死んで下ろされたイエス・キリストを抱く聖母マリアのよう。この安らぎが本物ではなく、後に流血の悲劇が到来することを、暗示している。静謐だが底流にひりひりとした緊迫感を孕む音楽が、一幅の絵のような演出と共に、強烈な印象を残す。
 最終場、リアとコーディリアはエドマンドに捕らえられ、エドマンドはコーディリアを殺すよう命令する。しかし敵方も内部で争い、エドマンドにオルバニーが対抗して争い、ゴネリルが盛った毒でリーガンが死ぬ。さらに宮廷に戻ったエドガーによりエドマンドが殺され、オルバニーに責め立てられたゴネリルもついに自殺。そこに、コーディリアの遺体を引きずったリアが現れ(真っ赤な血に染まった白い衣装のコーディリアを、文字通り引きずって現れる演出が衝撃的)、嘆こうとするが声が出ず、息絶える。

 どうしても昨年の上演と比べたくなってしまうのだが、やはり初期作品ゆえか、手法の新鮮さ、先鋭性という点では『メデア』のほうの鮮烈な印象が立ち勝り、また物語の組み立て方も『メデア』のほうが「進化」しているように思う(『リア』はやや冗長に感じる)。陰惨なままで終わる『リア』と、悲劇の果てにある希望を感じさせる作りだった『メデア』との、観劇後の余韻もだいぶ違う。
 しかし場面転換の鮮やかさ、そのシーンの登場人物の心理、物語の綾を克明に描きだす巧みな音楽には、今回もまた感嘆させられた。歌手たちもそれぞれ熱演。下野竜也指揮のオーケストラも破綻なく流れ、ドラマティック。総合的にきわめて水準の高い舞台だったと思う。
 演出で一つ疑問だったのは道化の扱いで、台詞もある役に対し、役者ではなくダンサーを配したこと。短期間でドイツ語の台詞をマスターし舞台に立ったことは驚嘆に値するが、身体表現がいのちであるダンサーとして、果たしてやりがいのある役であったか、どうか。逆に、正嫡の地位から引き下ろされ狂気を装って荒野に棲むエドガーが、切り詰められた歌唱の一方で、終始、からだ全体での表現を求められていて、藤木大地がそれに懸命に応える演唱をしていたことが心に残っている。

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