Concert Report #612

藝大定期第360回
藝大フィルハーモニア合唱定期演奏会
『戦争レクイエム』
ブリテン 生誕100年記念
2013年11月16日 東京藝術大学奏楽堂
Reported by 佐伯ふみ (Fumi Saseki)

【キャスト】
指揮:尾高忠明
ソプラノ:徳山奈奈
テノール:佐藤直幸
バリトン:堺 裕馬
藝大フィルハーモニア(東京藝術大学管弦楽研究部)
東京藝術大学音楽学部声楽科学生(合唱指揮:阿部純)
東京少年少女合唱隊(合唱指揮:長谷川久恵)         

 英国の20世紀を代表する作曲家の一人、ベンジャミン・ブリテンの畢生の大作『戦争レクイエム』を、東京藝大が総力を挙げて上演するメモリアルコンサート。オケには藝大の教官も加わっているが、合唱、ソリストは学生たち。特にソロを務めた三人はまだ修士課程在籍、若い演奏家が渾身の力で挑戦した、素晴らしい舞台であった。

 『戦争レクイエム』は1960年〜62年の作曲。良心的兵役拒否をもって平和主義を貫いたブリテン(1913-76)の、技術的にも精神的にも集大成と言うべき作品である。爆撃で廃墟となったコヴェントリー大聖堂を新たに再建する、その落成記念として作曲された。6部構成で、<レクイエム・エテルナム(永遠の安息を)>に始まり<リベラ・メ(私をお救いください)>で終わる、キリスト教の伝統的なラテン語典礼式文にのっとった構成だが、大胆にもそれをたびたび遮るかのように、第一次大戦に従軍し25歳で戦死した詩人ウィルフレッド・オウェンの詩が挿入されていく。
 印象深いオウェンの詩の中でも驚くべき箇所は、旧約聖書のアブラハムとイサクの物語(息子イサクを生け贄として捧げよと神に命じられたアブラハムが、悲しみつつイサクを屠ろうとするが、その信仰の篤さを良しとした神により救われる)を反転させた一節であろう。「息子に手を下してはならない」と止める天使(神の使い)の声を聞きながらも「老人[アブラハム]はそうせずに、彼の息子を屠った、そしてヨーロッパの種の半分を、ひとつずつ」。そしてもう一つは曲の最後に置かれた一節――死んだ兵士が「僕は君が殺した敵さ、友よ。……さあ一緒に眠ろう……」と呼びかける箇所。そういった詩を典礼文にはさみこみ、大聖堂での平和祈念の催しで上演するとは。ブリテンは本来、根強いキリスト教信仰を基盤にしていた人物だが、それだけに、戦争に対し時の権力者に対し、曖昧な態度を取り続けたキリスト教会への、実に痛烈な、魂の根源からの問題提起であると言えるだろう。

 オウェンの詩は、男声ソリスト二人(まさに詩人と同年代の若い声楽家たちである)と小オーケストラが担当。少年合唱は舞台裏からかそけき天上の声を響かせ、大合唱とオケの間からソプラノが、まさに絶叫のような祈りの声をあげる。

 ソプラノの徳山奈奈は、声量も劇的表現も他を圧するような全身全霊の歌唱を聞かせ、出色の存在感であった。男声ふたりは共に美しい声質で安定していたが、劇的表現の点で今すこし、特にテノールがやや弱かった。英語詩は歌手にとって意外に難しいものときく。また、一見、静かな朗唱の中に、この詩の底流に流れる激情をどのようにのせていくのか、若い歌手にとっては困難なチャレンジであったに違いない。しかし後半、特にテノールとバリトンそれぞれがアカペラで難しい音程を取りつつオケとの応答を繰り返す部分を、巧みに乗りこえたのはさすが。二人の若さが、戦死した詩人の若さをそのまま連想させて、この上演に新鮮さと、戦争の悲惨さを思わずにいられない、稀な力を与えていたと思う。
 尾高指揮の藝大フィルは技術の安定感はさすが抜群で、若いソリストたちをしっかりと盛り立て、曲に込められた平和への祈りがひしひしと伝わる熱演であった。合唱も、声質、声量、技術とも申し分なく、終演後、最後のひとりが退場するまで、客席からの喝采がやまなかった。

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