Concert Report #612 |
藝大定期第360回 |
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【キャスト】 |
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英国の20世紀を代表する作曲家の一人、ベンジャミン・ブリテンの畢生の大作『戦争レクイエム』を、東京藝大が総力を挙げて上演するメモリアルコンサート。オケには藝大の教官も加わっているが、合唱、ソリストは学生たち。特にソロを務めた三人はまだ修士課程在籍、若い演奏家が渾身の力で挑戦した、素晴らしい舞台であった。
『戦争レクイエム』は1960年〜62年の作曲。良心的兵役拒否をもって平和主義を貫いたブリテン(1913-76)の、技術的にも精神的にも集大成と言うべき作品である。爆撃で廃墟となったコヴェントリー大聖堂を新たに再建する、その落成記念として作曲された。6部構成で、<レクイエム・エテルナム(永遠の安息を)>に始まり<リベラ・メ(私をお救いください)>で終わる、キリスト教の伝統的なラテン語典礼式文にのっとった構成だが、大胆にもそれをたびたび遮るかのように、第一次大戦に従軍し25歳で戦死した詩人ウィルフレッド・オウェンの詩が挿入されていく。
印象深いオウェンの詩の中でも驚くべき箇所は、旧約聖書のアブラハムとイサクの物語(息子イサクを生け贄として捧げよと神に命じられたアブラハムが、悲しみつつイサクを屠ろうとするが、その信仰の篤さを良しとした神により救われる)を反転させた一節であろう。「息子に手を下してはならない」と止める天使(神の使い)の声を聞きながらも「老人[アブラハム]はそうせずに、彼の息子を屠った、そしてヨーロッパの種の半分を、ひとつずつ」。そしてもう一つは曲の最後に置かれた一節――死んだ兵士が「僕は君が殺した敵さ、友よ。……さあ一緒に眠ろう……」と呼びかける箇所。そういった詩を典礼文にはさみこみ、大聖堂での平和祈念の催しで上演するとは。ブリテンは本来、根強いキリスト教信仰を基盤にしていた人物だが、それだけに、戦争に対し時の権力者に対し、曖昧な態度を取り続けたキリスト教会への、実に痛烈な、魂の根源からの問題提起であると言えるだろう。
オウェンの詩は、男声ソリスト二人(まさに詩人と同年代の若い声楽家たちである)と小オーケストラが担当。少年合唱は舞台裏からかそけき天上の声を響かせ、大合唱とオケの間からソプラノが、まさに絶叫のような祈りの声をあげる。
ソプラノの徳山奈奈は、声量も劇的表現も他を圧するような全身全霊の歌唱を聞かせ、出色の存在感であった。男声ふたりは共に美しい声質で安定していたが、劇的表現の点で今すこし、特にテノールがやや弱かった。英語詩は歌手にとって意外に難しいものときく。また、一見、静かな朗唱の中に、この詩の底流に流れる激情をどのようにのせていくのか、若い歌手にとっては困難なチャレンジであったに違いない。しかし後半、特にテノールとバリトンそれぞれがアカペラで難しい音程を取りつつオケとの応答を繰り返す部分を、巧みに乗りこえたのはさすが。二人の若さが、戦死した詩人の若さをそのまま連想させて、この上演に新鮮さと、戦争の悲惨さを思わずにいられない、稀な力を与えていたと思う。
尾高指揮の藝大フィルは技術の安定感はさすが抜群で、若いソリストたちをしっかりと盛り立て、曲に込められた平和への祈りがひしひしと伝わる熱演であった。合唱も、声質、声量、技術とも申し分なく、終演後、最後のひとりが退場するまで、客席からの喝采がやまなかった。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
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