Live Report #618

やんてらの企画 vol.10 酒井俊 灰野敬二 瀬尾高志
2013年11月25日(月) 新宿ピットイン
Reported & Photographed by 剛田武(Takeshi Goda)

出演:
酒井俊(vo)
灰野敬二(vo,g)
瀬尾高志(b)

Set List
1st set
1. 知りたくないの
2. 赤い靴
3. 四丁目の犬
4. さくら貝の歌
5. 若者たち
6. ゴンドラの唄
7. 骨まで愛して

2nd set
1. 黒い瞳
2. 昭和ブルース
3. ヨイトマケの唄
4. 浜千鳥
5. カナリヤ
6. シャボン玉
7. 花巻農業高校の歌(正式タイトル不明)
Encore
8. 見上げてごらん夜の星を         

昨年、灰野敬二と外山明(ds)、吉田隆一(bs)それぞれとの初共演デュオ・ライヴを企画したやんてら氏の新規企画。氏にとって初の新宿ピットインで、正統派ジャズ・シンガーの酒井俊と前衛ロックのベテラン灰野敬二を共演させる、というアイデアをどこから得たのか訊いてみたいところ。実は筆者は酒井俊がどういうアーティストなのか知らず、最初はてっきり男性だと思い込んでいた始末。77年にレコード・デビューし「伝説のヴォーカリスト」と呼ばれる酒井は、一時期音楽から離れていたが、1989年の復活以来精力的に活動し、近年は即興演奏・民族音楽・トラディショナルへの傾倒を見せている。若いときから三上寛と灰野に憧れていたらしく、灰野との共演歴もあるサックス奏者の林栄一と「だいだらぼっち」というユニットを組んだり、スガダイロー(pf)や今堀恒雄(g)といった先鋭的な演奏家と共演したりしているので、オーソドックス一本やりの歌手ではないことが窺える。ベースの瀬尾高志は板橋文夫(pf)、高瀬アキ(pf)、林栄一(as)、千野秀一(pf)、スガダイロー(pf)、高岡大祐(tuba)、吉田隆一(bs)等数多くのミュージシャンと共演する34歳の実力派。どんな演奏になるか予想のつかない組み合わせである。

月曜日の夜なので客足が遅く、運良く最前列に座れた。アンプ2台と椅子2脚と譜面台が3本並ぶ質素なステージは、自分の部屋のような居心地よい空間である。10分押しで三人が登場。ブラウンの編込みヘアーにバンダナを巻いた酒井は、一見欧米のソウルシンガー風。幾分戸惑いがちな拍手が収まると、静かな瀬尾のベースのアルコに乗せ、酒井がオフマイクで絞り出すように唄い、灰野が音量を絞ったギターを爪弾く。「あなたの過去など知りたくないの...」という馴染みのある歌詞を酒井と灰野が愛惜しむように分け合い、静謐な演奏の中に深い情感の糸が編み込まれていく。初共演とは思えないとても親密な雰囲気だが、 コップの縁まで注がれた水の溢れそうで溢れない表面張力を思わせるピーンと張った緊張感に、一瞬たりとも気を抜くことが出来ない。2曲目の「赤い靴」は灰野ファンにはお馴染みのナンバーで、異国に連れ去られて青い目にされてしまった少女への哀惜が歌われる。ガラスが割れるようなギターの破裂音に呼応して、酒井がしゃくり上げるようにシャウトする。以降も三者三様の独自のスタイルが厳格に貫かれ、協調と反発の二元構造のモノサシでは計れない立体的なぶつかり合いがダイレクトに迫る。酒井と灰野の選曲が交互に配されているが、どちらも童謡・唱歌・歌謡曲中心なので、首尾一貫した世界観を形作る。

灰野の選曲は「哀秘謡」のレパートリー。「哀秘謡」とは灰野が90年代から実践する独特の演奏スタイルで、既存の楽曲の歌詞だけ踏襲し、メロディーは自由に即興的に演奏するという、楽曲の再構築の試みである。あくまで筆者の主観だが、このスタイルなら、歌詞がジャズにおける「テーマ」の役割を果たし、それゆえメロディーや演奏に無限の自由が許される。他者と共演する場合には共通認識としての歌詞があるから、灰野の世界観を保持したままで即興演奏が可能になる。今回は基幹を成す歌の半分を酒井が担うことにより、どちらかというと灰野色の強い「哀秘謡」が、何色にも染まらぬ広大な表現の地平へと昇華された。

普段のライヴでは既存の音楽の概念を破壊する厳格な演奏を見せる灰野が、繊細な微弱音で聴き手の心のほころびを繕う。酒井は時々灰野の歌に聴き惚れて恍惚の表情を浮かべながらも大胆に歌い叫び呟き囁きかける。瀬尾は時宜を得た絶妙のプレイで感応する。そこに生まれたのは紛れもない「ブルース」だった。音楽形式のブルースではなく、アメリカ南部の黒人労働者が日々の歓びや悲哀を歌にしたという本来の意味でのブルースである。

レギュラー・プロジェクトではなく一回限りの出逢いから生まれるパフォーマンスには、失敗の許されない緊張感が漲る。しかしこの三者にとって重要なのは、間違わずに上手くやり通すことではなく、二度と訪れないかも知れないこの瞬間を共にする歓びを、心ゆくままに味わい尽くすことに違いない。アンコールの坂本九の「見上げてごらん夜の星を」の歌詞にあるように、3人が発する歓びのさざ波が、狭いライヴハウスに満ち溢れ、結晶して小さな星となり、ささやかな幸せの歌を奏でた。情感という羽布団に包まれて、夢見心地で「うた」に浸った2時間は、魂の浄化に他ならない貴重な至福体験だった。
(剛田武 2013年12月11日記)

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