Concert Report #620 |
塩谷 哲 “Forward” the premium piano concert |
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塩谷 哲と小曽根 真が共演10年目に見る新しい地平
1993年に塩谷 哲が『SALT』でソロデビューして20周年。2013年には3つのスペシャル・コンサートが用意された。第1弾が新作 『Arrow of Time』 を録音したSuper Salt Band〜田中義人(g)、松原秀樹(b)、山木秀夫(ds)、大儀見元(perc)〜でのジャズクラブ公演。第2弾は、オーチャードホールでの「塩谷哲“Dialogue”〜3duos〜」。盟友であるヴォーカルの佐藤竹善(SING LIKE TALKING)とのSALT & SUGAR、津軽三味線の上妻宏光とのAGA-SHIO、小野リサとのデュオの3組(予定されていた村治佳織とのデュオは村治の長期療養のための活動休止により実現しなかった)。そして第3弾がこの紀尾井ホールでのピアノコンサートで、後半スペシャルゲストに小曽根 真を迎えた。
ピアノソロの第1部が始まる。塩谷は白寿ホールやさくらホール、そして日本中で、ソロコンサートをレギュラーに続けてきているので、そのフォーマットに特別感はないのだが、20周年の重みと、小曽根が聴いている点が緊張感を高めていたと思う。また最高のホールにYAMAHA CF-Xを持ち込んでいたという点でも特別だ。
ファーストアルバム『SALT』から<Keep Smiling!>。次いでハーモニーのうつろいが美しい<The Dew of Life>。15〜20年近く前の曲だが新鮮な響きを失わない。ギタリストの田中義人を共同プロデュースに迎えた『Hands of Guido』からファンキーなナンバー<Mr. Tap-man>。この曲は塩谷に大きく影響を与えたスティーヴィー・ワンダーをイメージしたというし、今回とりあげたのは田中との出会いがその後の塩谷の音創りに与えた影響をも示すものでもあるのではないかと思う。
さて、3・11の直後に塩谷が被災地を想いながら初めて聴かせてくれたのは、パット・メセニーの『Secret Story』から<Always and Forever>だった。そして8ヵ月後の2011年11月「PRAY FOR JAPAN with 千の音色でつなぐ絆」で披露された<無言歌〜すべて生あるものに捧ぐ〜>。今回はこの曲が演奏され、切なく優しい音が広がる。この曲順で演奏されることには、塩谷にとっても3・11がいかに大きかったかを示している。また3・11への想いを自分の曲にするまでに8ヵ月を要したのは塩谷の音と気持ちの両方での誠実さに他ならない。それだけに想いは静かに染み渡っていく。
そして20周年を記念したSuper Salt Bandによる『Arrow of Time』からタイトル曲。「時間の矢」とは、時間が過去→現在→未来と一方向に進み逆行しないことを指す学術用語。塩谷も時間の不思議な流れの中に生きていることを認識しながら、過去20年の出会いとできごとを振り返り、20年後の未来を想う。こうしてみると、第1部は塩谷の20年の歩みを5曲に凝縮し時系列で振り返る充実した内容であった。
そして、第2部はスペシャルゲスト小曽根 真を迎えてのピアノデュオ。ステージ上には2台のYAMAHA CF-Xが待ち構えている。デュオが成立した発端だが、小曽根が神戸でラジオ番組を担当しているときに、塩谷のアルバム、おそらく1998年の『88+∞』を聴いてその作曲の素晴らしさに感動し、「いつか一緒にやろう」とラブコールを送る。しかし当時の塩谷には「世界の小曽根」からの社交辞令としか思えなかったという。実現したのが、2003年3月の札幌Kitaraホール。そして2005年に大阪ブルーノート(当時)でライブ盤2枚『DUET』を録音している。
1曲目は<Valse>。2003年の札幌での最初のデュオコンサートでも演奏された記念すべき曲である。塩谷が東京藝術大学作曲科在学中、藝大祭で岩城太郎(作曲家、映画音楽などで活躍)の発案で編成を問わずワルツを持ち寄って演奏することになったときに作曲した。当時、授業では現代音楽的な作曲を学ばせられることが多く困惑もあったが、このお題では、塩谷が好きだったフォーレやラヴェルの感性を活かして近代フランス的な響きの曲になった。この曲はデュオで最も多く演奏されてきた曲のひとつで、進化しアプローチも当初とは大きく変わっている。
小曽根がゲイリー・バートンとのデュオアルバム『Time Thread』のために作曲した組曲「One Long Day in France」より<2台の可愛いフレンチカー〜ザ・コンサート>。ゲイリー・バートン・カルテットのツアー移動中、フランスで車が故障し、借りてきた小さなルノーとプジョーに楽器を詰め込んでコンサート会場へ急ぐ姿。ふたりのコミカルで疾走感のあるやりとりの中に、フランスの田園風景を想起させるようなゆったりした流れも浮かび上がる。
小曽根が2012年にクリスチャン・マクブライド(b)、ジェフ・ティン・ワッツ(ds)と録音したアルバム『My Witch’s Blue』から、塩谷がぜひ一緒に弾きたかったという<My Witch’s Blue>をデュオで、そして<Bouncing in My New Shows>を小曽根ソロで。また以前からデュオで演奏されてきた<Do You Still Care?>も演奏された。
そして、最後に塩谷がこのコンサートのために書き下ろした<2台のピアノのための「交響的エレジー」>。紀尾井ホールという素晴らしい音響のホールで、2台のYAMAHA CF-Xを存分に活かして、交響楽のような曲を作りたかったという。気持ちのよい不思議な展開の先に、確かに壮大なイメージが広がる。YAMAHA CF-Xがモンスターだというコメントは塩谷からも小曽根からもきいていたが、今回のコンサートほどCF-Xのモンスターぶりを実感したことはない。通常ピアノの最大音量は想像がつきダイナミックレンジが制限されてピアニストはその領域内で表現する。しかし、今回はピアノの能力の限界が二人の表現力にリミッターをかけることがない。二人が望めばどこまでも鳴り、音量が伸びる。しかも大音量でも歪んだり濁ることなく透明感のある大きな音が紀尾井ホールの木質の空間を満たしていく。これは驚きの体験だった。「弘法筆を選ばず」ならぬ「弘法筆を選ばす」で名人ほど道具を選ぶと言うが、小曽根も塩谷もこの1〜2年で著しく表現力が拡大しているのは、CF-Xの出現もひとつの大きな助けなったに違いない。
そして、東京文化会館での小曽根とパキート・デリヴェラのジャズセッションでも感じたことはやはりここでも。10年前のデュエットでは、互いのフレーズをときに模倣しながら展開し、音色もときに区別がなくなるようなインタープレイで、それが心地よかった。最近では両者の個性が溶け合わず共存する中でのインタープレイになり、結果、より深い音が生まれる。そして、今回は、演奏の流れの中で、テーマにもテンポにも支配されず、ジャズのイディオムからも離れて、ふたりの素晴らしいミュージシャンの存在そのものが純粋に自由に音響を生み出す一瞬がある。これは小曽根とパキートの演奏で感じたことと一緒だ。正確な言葉を思い出せないが、小曽根のプレイを賞賛する塩谷に小曽根が「相手がいるからできることだよ」というような表現をした。変化は小曽根一人に起きているのではなく、塩谷にもシンクロするように相互作用するように起き、ともに歩んでいる。
塩谷は、2003年に共演して10年、きっちり「小曽根前」「小曽根後」、「BO」「AO」に分けられるくらい大きな出会いだったと話す。山野楽器「Jam Spot」連載コラムから同等の言葉を引用させて頂くと、「相手を認め、心を開くこと。それによって相手の音も自分の音も聞こえてくる。そうすれば自ずと次に弾くべき音が聞こえてくる。それがアンサンブルなんだ、ということを身をもって教えてくれた恩人です。そしてどんなに高度で複雑なことをやっても、彼の演奏には必ず『joy』があり、決して品を失わない懐の深さを合わせ持っている。彼と演奏すると自然に自分が解放され、音楽が微笑んでくれる気がします。」小曽根との出会いがなければ今の自分はないと断言する。そして塩谷は続ける。音楽に向き合うことは、とても楽しいが、とても怖い。自分が裸にされ、本性がそのまま出てしまう。でもその先にある喜びはとてつもなく大きい。小曽根はそれに応えて、「カミソリの上を素足で歩くような緊張感」だと説明する。少しでも油断したら大惨事が起こるほどの研ぎ澄まされた世界。小曽根と塩谷はどちらも、才能に溢れ音の楽しさを知るというだけではなく、想像もつかないようなとても怖い厳しい世界に足を踏み入れている。このあたりについては、東京文化会館での小曽根真ワークショップ「自分で見つける音楽」で話されているので、レポートをご参照いただきたい。
塩谷の言う「小曽根後」時代は小曽根にとってはクラシックへの取り組みの期間と一致する。そのチャレンジの期間にあっても塩谷の存在は小曽根にとっても大きなものであったと思うし、他方、塩谷はJ-Popsにつながる活動も拡張した時期だ。違ったフィールドを歩みながら、「小曽根後」10年に同じ地平を見ている。小曽根 真&塩谷 哲のデュオは、ヨーロッパをはじめ世界にその素晴らしさを紹介すべき時期に来ていると思う。
鳴り止まない拍手に、アンコールは塩谷の<あこがれのリオデジャネイロ>。かつて小曽根が塩谷の作曲能力を知ることになり、ふたりを結びつけるきっかけとなった曲だ。いったん演奏が止まり、拍手が起こるが実はまだまだ終わらない。さらに濃密なやんちゃなインタープレイが続く。この特別な瞬間を終わらせるのがもったいないと名残惜しんでいるようでもある。以前なら小曽根の挑発に塩谷は似たフレーズで切り返したと思うが、互いに半分無視するかのように違う世界を展開しながら、それが絶妙に響き合う。そして、最後に塩谷が一人でステージに現れ、20周年への想いと感謝の気持ちを伝えた後、<A Little Lullaby>をソロで静かに演奏し幕を閉じた。
【JT関連リンク】2013年の塩谷 哲と小曽根 真
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2013 「パリ。至福の時」 #147小曽根 真&塩谷 哲 「パリ×ジャズ」
http://www.jazztokyo.com/live_report/report528.html
塩谷 哲 Arrow of Time
http://www.jazztokyo.com/five/five975.html
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_163.html
塩谷 哲 with Super Salt Band ブルーノート東京
http://www.jazztokyo.com/live_report/report532.html
『小曽根 真&ゲイリー・バートン/タイム・スレッド』
http://www.jazztokyo.com/five/five1012.html
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_167.html
小曽根 真&ゲイリー・バートン・デュオ
http://www.jazztokyo.com/live_report/report549.html
マイク・スターン・バンド feat. 小曽根真、デイヴ・ウェックル、トム・ケネディ
http://www.jazztokyo.com/live_report/report572.html
日比谷野音90周年記念「真夏の夜のJAZZ」 〜渡辺貞夫・山下洋輔 夢の競演〜
http://www.jazztokyo.com/live_report/report567.html
塩谷 哲 〜solo debut 20th Anniversary series〜〈Part U〉 "Dialogue" ~special 3 duos~
http://www.jazztokyo.com/live_report/report586.html
小曽根 真&パキート・デリヴェラ “Jazz meets Classic” with 東京都交響楽団
http://www.jazztokyo.com/live_report/report603.html
小曽根 真 ワークショップ「自分で見つける音楽」
http://www.jazztokyo.com/live_report/report607.html
【関連リンク】
塩谷 哲 公式ウェブサイト
http://earth-beat.net
小曽根 真 公式ウェブサイト
http://www.makotoozone.com/jp/
山野楽器 Jam Spot 連載「しょっぱすぎるピアニスト20周年を語る」
http://www.yamano-music.co.jp/docs/soft/jazz/saltish/
YAMAHA Pianist Lounge 塩谷 哲 (20周年を語る動画を収録)
http://jp.yamaha.com/sp/products/musical-instruments/keyboards/pianist-lounge/spotlight/005/
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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