Concert Report #623

大友良英&「あまちゃん」スペシャル・ビッグバンド
2014年12月5日(火) 19:00 東京・NHKホール
Text by 神野秀雄
Photos by 宮家和也



*このコンサートはチケットが発売即日完売のため、フライヤーが作成されませんでした。
 代わりに、3月に発売予定のライヴDVDのアートワークを掲載します。(編集部)

大友良英(g)
江藤直子(p)
近藤達郎(cl, harmonica, keyb)
大口俊輔(accordion)
斎藤寛(fl, piccolo)
井上梨江(cl, bcl)
鈴木広志(sax, recorder)
東涼太(sax)
江川良子(sax)
佐藤秀徳(tp, flgh)
今込治(tb, euph)
木村仁哉(tuba) 
かわいしのぶ(elb)
芳垣安洋(ds)
小林武文(ds, perc)
相川瞳(perc) 
上原なな江(perc, marimba) 
Sachiko M (sign wave) (11,12のみ)

1.あまちゃん オープニングテーマ/ロングバージョン
2.行動のマーチ
3.あまちゃんクレッツマー
4.あまちゃんワルツ
5.琥珀色のブルース
6.地味で変で微妙
7.銀幕のスター
8.芸能界 (アメ横太巻事務所)
9.ミズタク物語
10.アイドル狂想曲

11.トンネル〜大地
12.友情と軋轢
13.奈落のデキシー(暦の上ではディセンバー)
14.上野アメ横1984
15,地元に帰ろう
16.TIME
17.希求
18.海
19.灯台

20.潮騒のメモリー
21.オープニングテーマ         

進化した「あまちゃん」スペシャル・ビッグバンドのホール・ラストコンサート

 スカのリズムでドレミファソラシドから始まる、風変わりで強烈なグルーヴを持つ一曲<あまちゃん/オープニングテーマ>が日本中を席巻し始めたのが2013年4月から。本放送の平均視聴率が関東地区20.6%を記録し、「半沢直樹」に本放送視聴率では抜かれるものの、1日4回の放送、土曜日放送、録画まで含めるとたいへんな人数が視聴し、久しぶりに国民的に毎日共通の話題として語られるドラマとなった。「じぇじぇじぇ」が流行語となったのもご存知の通りだ。いや、JAZZ TOKYO的に言えば、世界的に評価されているとはいえ、ノイズミュージック、フリージャズなど前衛の世界で活躍してきた大友の作品が国民的音楽となり、紅白歌合戦出場、Sachiko Mとともに輝くレコード大賞作曲賞受賞、にまでなったことが、まさに「じぇじぇじぇ」な事件だった。

 NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の音楽が初めてライブで披露されたのが、6月2日の新宿ピットインでの「大友良英サウンドトラックス」。そして、大友良英&「あまちゃん」スペシャル・ビッグバンドとしては6月18日、アサヒビール・ロビーコンサート、7月2日、パルコホールと小さな会場でのコンサートが続く。そして10月上旬の東北・関西ツアーを経て、12月東名阪コンサート、その最後を飾るのが、12月5日、NHKホールでのラストコンサートだった。チケットは即日完売。関東地域では大きいホールでの演奏は初めてとなるため、約3,600人の観客のほとんどにとって、初めて聴く機会となった。また、NHKのお膝元だけに多くのスタッフや出演俳優が聴きに来ていた。また、ロビーには、実際の撮影に使われた衣装や道具が展示され、記念写真を撮れるコーナーも設けられていて、開演前から建物全体が異様な興奮に包まれていた。

 チューニングの後、大友が「いよいよ今日で最後です。12月で卒業します。」としみじみと語り出す。そして<あまちゃん/オープニングテーマ ロングバージョン>--月曜日だけに放送される90秒バージョン。ロングといってもすぐに終わってしまうが、いきなり会場の興奮は最高潮に達する。<地味で変で微妙>は、駅長の大向大吉をイメージし原題が<ジミヘン大吉>。ジミ・ヘンドリックスの<Purple Haze>や<Foxy Lady>の痕跡が残るフレーズをかっこ悪く残念な形に演奏するまあ本流とは言い難い曲だが、結果的に番組内で最多回数使われることになるのだから、劇伴はやってみないと分からない。このバリエーションもたくさんあるが、今回も管楽器がへろへろしょぼく演奏するほどダイナミック・レンジが広がり奥行きのある演奏になる(ちなみに20代の大向大吉を演じていたのがNHK連続テレビ小説「ごちそうさん」で西門悠太郎を演じブレイク中の東出昌大だ)。<琥珀色のブルース>もまたブルースを残念に演奏することで、勉さんとスナック梨明日にあってる。全般にアメリカなど由来の音楽を本物になりきれずに「残念な」演奏をするという手法が随所に出てくる。これが独特の心地よさと安心感を生み出す。そういえば、東北弁もスナック梨明日もブティック今野も「残念」のカテゴリーに入るが、肯定的に捉えることにつながっている。
 黒い芸能界を描く、タブラの音を交えて描く<芸能界>。残念ながらタブラ奏者U-Zhaanの参加がないので、怪しい感はいまひとつ。華やかな芸能界を描く<銀幕のスター>は、<星に願いを>を彷彿させるが、大友の想像する華やかな芸能界の根底には、ザ・ピーナッツとハナ肇とクレージーキャッツが出演していた1960年代の名番組「シャボン玉ホリデー」とそこで演奏されていた<スターダスト>をイメージするという。

 後半が始まると、大友は9月2日に放送された3・11の震災について語り始める。3・11の地震と津波には「音楽をつけない方がいいと思ったし、今でもそう思っている」。ただ、制作上音楽をつけないといけない。たいへん悩んだ末、そこで<潮騒のメモリー>の作曲者でもあるSachiko Mに参加してもらって、サインウェイブを入れて、<トンネル〜大地>になった。Sachiko Mはもともとサインウェイブ奏者として大友らと創作活動を行ってきた。「サインウェイブ」とは日本語で言えば「正弦波」。音波から地震波も含めあらゆる波は、フーリエ変換で正弦波に分解できるものの、それ自体は自然には存在しない純粋な波形。聴力検査の音に近い。それだけにその音は知覚と精神を直撃し、地震・津波を表現すると、感情ではなく感性から激しい恐怖を覚える。<トンネル〜大地>は他の劇伴とは違う意味で、大友とSachiko Mだからできた特別な表現だった。ただ、大友にとってもとても重たい一曲となったが、最終回近くに「海女カフェ」で鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)が歌うシーンで、若い天野春子(有村架純)が持ったマイクから電池が飛び出し、荒巻太一(古田新太)の額に当たるという「真剣なコメディ」のシーンで使われて、気持ちが大きく救われたと言う。続いて、アキとユイの対立と摩擦を、ノイズギターとサインウェイブも含めて描く<友情と軋轢>が演奏された。
 ここで、能年玲奈、宮本信子、宮藤官九郎からのビデオメッセージが紹介される。能年玲奈の好きな曲は<あまちゃんクレッツマー>と<希求>だと言っていた。
 祖母、母、娘3代の時間の流れを描く<TIME>、アキとユイの切ない想いを表現する<希求>をハーモニカをフィーチャーしたバージョンで。ドラマには必ずしも映らない三陸の海の広がりを音で描く<海>。男らしいイメージで作り、結果的に天野春子(小泉今日子)のテーマになった<灯台>で後半が締めくくられる。

   アンコールでは、「やはり『潮騒のメモリー』をやらないと終われないよね。」「僕は、能年さんの携帯番号も、小泉さんも、薬師丸さんの携帯も持っていないので、今日は歌う人がいません。みなさんで歌って下さい。」個人的には新宿ピットインで聴いたSachiko Mの歌がとても好きだったのだが、NHKホールという場所で、3人の名前が出ている中ではさすがに荷が重い。というよりも新宿ピットインが異例で、聴けてよかったという話だと思う。さて、演奏がはじまり、徐々に声が湧き上がってくる、ただ、悲しいかなみんなそれなりに歌詞がうろ覚えで、というか1番と2番が混じる恐れがあるので、大合唱というよりは若干控えめ。でもスクリーンに歌詞が映し出されるなんていう予定調和よりもそれらしく思い思いに歌い、NHKホールに気持ちのよい音が響いていった。
 そして、もういちど<あまちゃん/オープニングテーマ ロングバージョン>が演奏され、最後に大友の簡単な指揮での即興的なエンディングが付け加えられ、大友もメンバーたちも名残を惜しむように演奏を終えた。観客は大きな拍手とスタンディング・オベーションでそれに応え、「あまちゃん」と過ごした半年を振り返り、それぞれに「あまちゃん」からの卒業をも実感しているようだった。

 大友良英&「あまちゃん」スペシャル・ビッグバンドのホール公演はこれで終了した。新宿ピットイン年末恒例の「大友良英4Days」で12月28日、29日にビッグバンドの演奏があるが、当然売り切れ。そして、12月31日に再びNHKホールでの紅白歌合戦への出演が、本当の最後になり、2013年内の卒業となる。2014年にはもう「あまちゃん」スペシャル・ビッグバンドの演奏は行わない。でも元チャンチキトルネエドのメンバーを中心にした仲間たちとは演奏はとても楽しくこれからも続けていきたいと大友は言う。初期の「あまちゃん」スペシャル・ビッグバンドのコンサートでは、ヘッドアレンジから生まれた活き活きした音楽ではあったが、ある程度シンプルに原曲をなぞる感じはあり、バンドがどう発展するのかは未知数だった。しかし、半年を経て聴いた演奏は、ニュアンスも柔軟性も高まり、より自由な演奏を楽しんでいるようだった。ひとつの劇伴のためのバンドから、様々な可能性を秘めたバンドへと十分に進化を遂げていた。「あまちゃん」以降の大友の音楽のさらなる展開、そしてこのバンドとの活動に期待をせずにはいられない。(神野秀雄)


【JT関連リンク】
『大友良英/あまちゃん〜オリジナル・サウンドトラック』
http://www.jazztokyo.com/five/five1013.html
『あまちゃん 歌のアルバム(大友良英)』
http://www.jazztokyo.com/five/five1029.html
『大友良英/あまちゃん〜オリジナルサウンドトラック1〜3』
<今号掲載分>
大友良英 with あまちゃんスペシャルビッグバンド〜アンサンブルズ・パレード・プレ・コンサート 第118回 アサヒビールロビーコンサート
http://www.jazztokyo.com/live_report/report542.html
「大友良英&あまちゃんスペシャル・ビッグバンド」 オリジナルサウンドトラック レコ発ライブ& FREE DOMMUNE 0 ONE THOUSAND 2013
http://www.jazztokyo.com/live_report/report556.html

【関連リンク】
大友良英JAM JAM日記
http://d.hatena.ne.jp/otomojamjam/
KBS京都ラジオ 大友良英のJAM JAM ラジオ
http://www.kbs-kyoto.co.jp/radio/jam/
NHK朝のテレビ小説「あまちゃん」
http://www1.nhk.or.jp/amachan/
プロジェクトFUKUSHIMA!
http://www.pj-fukushima.jp/
チャンチキトルネエド(活動休止)
http://www.chanchikitornade.jp/



『連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナルサウンドトラック』
ビクターエンターテインメント VICL-64041 2013年6月19日 3,000円(税抜)



「連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナルサウンドトラック 2」
ビクターエンターテインメント VICL-64073 2013年9月18日 3,000円(税抜)



『連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナルサウンドトラック 3』
ビクターエンターテインメント VIZL-6292 2013年12月25日 3,500円(税抜)



『あまちゃん 歌のアルバム』
ビクターエンターテインメント VICL-64071 2013年8月28日 2,500円(税抜)

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