Concert Report #624

児玉 桃ピアノ・リサイタル
2013年12月6日 東京オペラシティコンサートホール
Reported by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photo(C)大窪道治/提供:東京オペラシティ文化財団(禁無断転載)

<曲目>
 J.S.バッハ:イタリア風協奏曲へ長調BWV971
 細川俊夫:エチュードT〜Y ピアノのための
  T)2つの線(2012完全版)
  U)点と線(2012)
  V)書<カリグラフィー>、俳句、1つの線(以下Yまで2013)
  W)あやとり、2つの手による魔法<呪術>、3つの線
  X)怒り
  Y)歌、リート
 ドビュッシー:12の練習曲
<アンコール>
 ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女(前奏曲集 第1集より)         

 本誌ディスク評で紹介されている児玉の『鐘の谷』(http://www.jazztokyo.com/five/five1043.html)、とりわけメシアン『ニワムシクイ』を聴き、その音描の精緻とすさまじい集中力に舌を巻いたのだが、当夜の演奏もこれに勝るとも劣らぬ白熱の名演であった。国際派と呼ぶにふさわしい日本人ピアニストといったらまずは内田光子だが、児玉はメシアンなど近、現代作品のスペシャリストとして、それにつぐ存在と言って良いのではないか。若い頃の内田には、あえて自身をエキゾティックに演出する部分があり、それが国際的評価につながったところもあるが、児玉の場合、そういう化粧がまったくない。素顔のまま、ぐいぐいと自分の世界に引っ張り込む。1歳で家族とともに渡欧、13歳でパリ国立音楽院に学び、現在もパリ在住という環境からすれば、彼女を日本人ピアニストの枠におさめるのは不自然で、コスモポリタンというにふさわしい。91年ミュンヘン国際コンクールに最年少で1位なしの2位、2013年にはロン=ティボー国際コンクールの審査員を務めている。
 当夜の圧巻は細川俊夫の『エチュードT~Y』。ヨーロッパ音楽の象徴でもあるピアノという楽器に東洋的な音楽表現を持ち込む、という課題に挑んだ細川のまさに作曲上でも「練習曲」といえる連作で、今年、新たに書きおろされた『V〜Y』(日本初演)は児玉に捧げられている。毛筆のようなカリグラフィーの線の表現を目指した『T』では、ニュアンスの塊、音色の千変万化が、まず耳を惹き付ける。『U』のスタッカート奏法も、水滴のようにぽとぽとしたたり落ちる大粒、小粒の音のしずくもあれば、鋭い叫声もある。あるいはパッパと点滅する線香花火のような煌めき。その語彙の豊かさに感服する。『V』の空間と時間を切り裂く打撃音、低音から高音まで幅広い音域を行き来するクラスターが構築する垂直な音壁の連なり。『W』の錯綜する線と、楽器全体を揺るがす低音部の轟々たるエコーの迫力。『X』での低音部のサイレントキー(音を出さずにキーを押す奏法)の弦の共鳴も、やがてどよもす地響きとなって宙にそそり立つ。最後の『Y』で、優しいメロディーが浮かび上がる。ヴァラエティに富んだ全6曲、どこを切っても細川独自の陰陽の音の世界が拓ける。児玉の読譜の確かさ、作品への深い共感がそれを克明に描き出した。創作と演奏の幸福な出会い。さらに、その出会いの現場に立ち会うことのできた聴衆の幸福。これが「同時代」であることの大きな歓びで、細川に作品を委嘱したルツェルン音楽祭、ヴィグモアホール、東京オペラシティ文化財団におおいに感謝したいところだ。
 律動感にあふれたバッハ、鮮やかな技巧のなかに精妙な響きのタブローを次々と紡ぎ出してみせたドビュッシー。それが副菜に思えるほど、細川での燃焼ぶりが際立つエキサイティングな一夜であった。

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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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