Concert Report #630 |
トリノ王立歌劇場 2013年日本公演「トスカ」 |
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サンタンジェロ城の階段を上っていくトスカ。のぼりきったところで彼女の大きく見開いた二つの眼がクローズアップされる。しばしの時をおいて城から飛び降りる彼女の姿が映し出され、それと同時にスカルピアのテーマが響く。
今回の《トスカ》の公演は、映像に始まり、映像で終わる。「オペラ」がその二つの映像の間での回想シーンであるかのように。
トリノ王立歌劇場は、ジャナンドレア・ノセダが音楽監督に就任した2007年から急速に力をつけてきていると評価されている。2010年の初来日から3年という短い間隔での再来日で、ヴェルディの《仮面舞踏会》とプッチーニの《トスカ》の二演目のほか、ヴェルディの《レクイエム》、ロッシーニの《スターバト・マーテル》による二夜のコンサートと、十日間で9回の公演を行った。ノセダの師であるヴァレリー・ゲルギエフにならうかのような強行日程。それでも最終日の《トスカ》もオーケストラが舞台全体をしっかりと支えていた。
ノセダのオーケストラ・コントロールのうまさは、息継ぎやのばしたいところといった歌手の生理に配慮しながらも、音楽の流れを途切れさせることがないという点だろう。大きな枠組みの中で、歌手はそれぞれの能力を発揮することができる。
今回の公演では、第2幕と第3幕の間に休憩をおかず、続けて演奏された。これによる効果としては、第3幕全体もすでに死んでしまったスカルピアの手の中で動いていることが明確になるという点があげられる。スカルピアのやり口を知っているカヴァラドッシは、トスカに見せられた通行証を握りつぶす。その一方でトスカに対しては、そういった気配をみせない。
この公演、主役はスカルピアなのだ。ラド・アタネリのスカルピアは、「大きさ」(体型、声)によって存在感を示す従来の役作りとは異なり、俊敏な動きや、切れの良い歌によって舞台の中心となる。新国立劇場でのリゴレット(2008年)では、声自体の良さは感じたが、言葉への配慮が不足しているように思えた。そのときと比べるとはるかに成熟した歌になっていた。第一幕の最後のテ・デウムでは、彼一人が舞台前方にいて、合唱は後方で取り囲む。黒いスカルピアと白い合唱団の対比、声も前で歌っている分よく聞こえる。そういったスカルピアの存在を強調する演出となっていた。
マルセロ・アルヴァレスのカヴァラドッシ、声のはりもあり、高音も安定している。こういったスピント系の役柄を歌いだしてからずいぶん経っていることもあってか、力の配分をよく心得ている。カヴァラドッシにふさわしい情熱的な歌唱。しかし彼がデビューしたころのリリコの美しい響きがなつかしく思い出されるところもあった。演技面では相変わらずアバウトな場面がところどころに。それも彼の魅力なのだろう。
当初はバーバラ・フリットリが歌うと予告されていたトスカ役、彼女がこういった強い声を要求される役はもう歌わないと宣言したため、代役としてパトリシア・ラセットが舞台に立った。ラセットも、もともとの役柄でいえばリリコ系の軽めのものだったが、次第に重い役柄にも挑戦してきていた。来日直前にはMETでトスカを歌っている。大きな劇場で重めの役を歌うためという事情もあってか、全体的にヴィブラートがきつめで、音色の変化が少ないと感じられるところもあった。第2幕のアリア、「歌に生き、恋に生き」では、弱声から強声へといった変化が少なく、歌だけを聴いていたら満足とまでは必ずしも言えなかったかもしれない。しかし、彼女は、言葉に対する鋭敏な感性があり、同時に体の動きでも表現していた。結局最後には、彼女なりのトスカ像に納得させられてしまった。第3幕での、無邪気(とみえるよう)に「自由」を歌う彼女と(あまりうまくないが)疑心暗鬼で歌うカヴァラドッシ、オペラの歌と演技を考える上で興味深いものであった。
トスカの最後の言葉、「スカルピア、神の御前で」の後、ふたたび映像が映し出される。身を投げたトスカの目に映った光景ということなのだろうか、地面がストップするところで演奏が終わる。
トリノ王立歌劇場の充実ぶりを示す、すばらしい上演だったと思う。ノセダとこの歌劇場の動向、今後も注目していきたいと思う。
(追記)
最初に大映しになったトスカのひとみ、「青」かったように思うのだが、記憶違いだろうか?
(第一幕でトスカはカヴァラドッシに、彼の描いている「マグダラのマリア」のひとみの色を「黒」にするように要求している。)
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