Live Report #633

Piano/Duo Live〜野瀬栄進&稲田俊介

2013年12月21日 Takagi Klavier 松涛サロン
Reported by 悠 雅彦
Photos: Courtesy of Eishin Nose(モノクロ写真は、12/22撮影)

        

 渋谷の文化村からほど近い通り沿いにある「松涛サロン」は、サロンの名が示す通り80人も入れば定員オーバーになる、こじんまりしたスペースである。その上、天井は低い。ところが、ここで聴くピアノの音は不思議なほど耳に心地よい。音響物理学的な評点は低いかもしれないが、生身の人間の耳は純粋な音響を聴いているわけではなく、実際はサロンのスペースという限られた空間の音を脳が拾って聴いているのだ。板張りの床がこのアコースティックなソノリティを生むヒントを提供しているのかもしれないが、いかにもサロンの名にふさわしい優雅で心を温かく包み込むような雰囲気がピアノの音に乗り移っていると、私はここで聴くたびに感じる。
 この夜はピアノが2台。通常の配置とは異なり、スタインウェイが横に2台並ぶ。だが、不思議なことに、客席フロアがしわ寄せを食って狭くなった感じはしない。ただ、いつもならピアノの後ろの演奏者用のスペースがこの夜は開放され、20脚ほどのシートが用意されていた。ちょうど2台並んだスタインウェイの真後ろで、通常とは反対側とはいえピアノの音をもろに浴びることには変わりはない。奨められたこともあり、興味もあってこの席のひとつで聴くことにした。
 演奏が始まって間もなく分かったのは、白熱化した演奏が最高潮に達したときなど、とりわけ2人のピアニストが互いの演奏に鞭が入ってエキサイトした場合には、フォルティッシモの打音は耳を聾するほどひび割れて飛び込んでくることだった。もっとも変形的とはいえ、かぶりつきで聴くとはこのスリルに身を置くということなのだろう。
 さて、左側のピアノはニューヨーク・スタインウェイで、野瀬栄進によれば他方はハンブルグ・スタインウェイ。この名器の調律では第一人者とうたわれる高木裕が運営する高木クラヴィア「松涛サロン」ならではの贅沢なセッティングだ。ここは野瀬のホームグラウンドともいうべき場所。
 2013年を飾る最後のプログラムで野瀬が選んだのは稲田俊介との“競演”だった。稲田俊介は1979年生まれ。北海道の北広島出身で、高校卒業後にウィーン国立大へピアノ留学し、帰国後は東京を中心に活動。現在はクラシックの音楽教育の普及活動にも熱心に取り組んでいるという。野瀬栄進とはふとした機会に知り合い、互いに北海道出身でうまがあったか、ニューヨークとウィーンを互いに往来したりして親交を深めたという。プログラムに<JAZZ+CLASSIC>とうたったのは、ジャズの野瀬栄進とクラシックの稲田俊介がデュオを組んで演奏するとの主旨ゆえである。
 前半はソロで、稲田が選んだのはショパン。ニューヨーク・スタインウェイで「夜想曲第8番」とノクターンの中でも人気高い「同2番」。オープニングとあってやや硬い。ついでハンブルグ・スタインウェイに対した野瀬が福田の「夜想曲第2番」を織り込んだ即興の変奏曲を披露。場慣れしているだけあって野瀬の演奏は奔放で力強い。この後ラフマニノフの交響曲第2番(ホ短調)の第3楽章の「愛のテーマ」とでもいうべき主題に基づくバラードと自作の「ホープ」で、めりはりの利いたシャープなタッチと思い切りのよいアイディアの展開という本領を発揮。この演奏に触れて吹っ切れたか、稲田が見違えるほど切れ味のいいタッチと勢いのあるフィンガリングでショパンの「スケルツォ第2番」を奏して前半を締めくくった。
 休憩後の後半はデュオ演奏。2人が選んだ曲はバッハの「ゴールドベルク変奏曲」とガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。ジャンルの異なる両者が対話できる演奏法といえば、バッハでは主題のアリアを稲田が提示し、それを受けて野瀬が原曲の変奏フレーズをジャズ化するというパターンを、バッハの変奏曲から抜粋(全曲は無理)して繰り返すしかない。その点では稲田にとっては少々気の毒な設定だったといわざるをえない。クラシックにも強い野瀬が自己の主張を思い切り叩き込めるのに比べると、稲田はスコアに固執しなければならないからだ。そのハンデがガーシュウィンでも現れた。ちなみに、野瀬はこの曲を札幌交響楽団との共演で演奏しており、スコアの一部始終を知り尽くしている。ここでも稲田が最初の提示部を奏した後、それを受ける形で野瀬が初めは原曲に忠実に、ときに大胆にアドリブする。中盤はデュエットの形をとることも。だが、アドリブをしない稲田は奔放に弾きまくる野瀬の演奏を前にして、どうしても充足感を得られない演奏に堕してフラストレーションを聴く者に感じさせる。その点では気の毒だったというしかない。だが、この企画を受け容れて演奏に臨んだということは、稲田にもジャズのアドリブ奏法への関心があることの現れと見たが、どうだろう。その上での共演となった暁には、真の“競演”となるのではないだろうか。(2013年12月23日記)

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