Live Report #637

東京オペラシティ ニューイヤー・ジャズ・コンサート2014
山下洋輔プロデュース・ファイナル 「ジャズのもう一つの夜明け」

2014年1月10日 東京オペラシティコンサートホール
Reported by 稲岡邦弥



プロデューサー/ピアノ:山下洋輔

第1部:
高橋信之介“Blues 4 Us”
山下洋輔(pf) 池田篤(as) 中村健吾(b) 高橋信之介(ds)
<Blues 4 Us>(高橋信之介)

挾間美帆 m_unit
挾間美帆 (pf) はたけやま裕(perc) 真部 裕クァルテット;真部 裕(vn) 沖増菜摘(vn) 吉田篤貴(va) 島津由美(vc)

<Introduction>(挾間美帆)
<Dancing in Yellow>(山下洋輔)
<お仙のテーマ>(山下洋輔)
<Believing in Myself>(挾間美帆)

第2部:
スガダイロー vs 山下洋輔 w/Miya(fl)
<Chiasma>(山下洋輔)
<Kurdish Dance>(山下洋輔)

寺久保エレナ meets 山下洋輔
寺久保エレナ(as) 山下洋輔 中村健吾 高橋信之介
<It's You or No One>(J.Stein)
<North Bird>(山下洋輔)
<Burkina>(寺久保エレナ)         

14回続いた山下洋輔プロデュースの「東京オペラシティ ニューイヤー・ジャズ・コンサート」が最終回を迎えるというので昨年に続き今年も取材に出掛けた。クラシック・ファンにとってベートーヴェンの「第九」を聴くことが1年の締めであるように、ジャズ・ファンにとってはこの「ニューイヤー・ジャズ・コンサート」を聴いて1年が始まるという新年恒例のイベントとして定着していた。21世紀の幕開けとともにスタートしたこの イベントは、東京オペラシティというクラシックに軸足を置いたホールが、自らの企画として、ジャズ・ピアニストである山下洋輔を起用し、クラシック以外の世界へ足を踏み出そうとした一種のチャレンジだったといえよう。エッセイストでもあり異種格闘技好きの山下はさまざまなコネクションを駆使してホールの期待に応えるとともに、この好機を生かして自らの新しい可能性へのチャレンジをひとつずつ実現していったのである。その多くはいわゆるクラシックがらみで、新作のピアノ・コンチェルトであったり、ストリング・カルテットであったり、交響詩の書き下ろしであった。また、ブーニンや茂木大輔、アン・アキコ・マイヤースらクラシックの人気奏者との共演も組まれたが、何れの場合も即興の余地が残されていたり、山下自らが共演するなどジャズ・ピアニストとしてのアイデンティティを明確に刻印することを忘れてはいなかった。山下はオープニングのトークで「オリンピックの選手は4年に一度金メダルを取るべくプレッシャーをかけられるが、僕はこのニューイヤー・コンサートで1年に一度金メダルを取らねばならない立場にあった」と、13 年間にわたる労苦を告白した。後半の六回は「山下洋輔プロデュース」と趣旨変えしたが、それでも山下の負担が軽減されたわけではない。そして、14回目の今年は最終回で、『山下洋輔の「もう一つの夜明け」』でスタートした本シリーズが、『ジャズの「もう一つの夜明け」』で幕を閉じることになった。
『ジャズの「もう一つの夜明け」』、すなわち、日本のジャズの未来を背負って立つ若き逸材のプレゼンテーションである。これは、現在、わが国でもっともイキの良い若手ジャズ・ミュージシャンが4人登場し、いずれも山下洋輔を師と仰ぐ面々である。出演順に、ドラマーの高橋信之介、作編曲家でピアニストでもある挟間美帆、ピアニストのスガダイロー、それにアルトサックス奏者の寺久保エレナ。それぞれすでにコンサートやライヴ、CDを通じてその傑出した才能を披露してはいるのだが、4人が揃って師のプロデュースの下、ひとつのステージを分けるのはもちろん初めてであり、正月早々満員の聴衆に足を運ばせた最大の要因である。

高橋信之介は、山下洋輔が客員教授を務めていた洗足学園音楽大学で山下の生徒となり、卒業後は山下のビッグバンドのドラマーを務めるなどすでに山下との共演の機会も多い。現在はNYに身を置き本場で修行中の身である。この高橋が率いるカルテットで2011年にデビュー・アルバム『Blues 4 US』(PitInn Music)をリリースしたが、エリントン、オーネット、ドルフィー、コルトレーンというジャズの歴史に高峰を連ねる巨匠たちの作品を採り上げたその硬骨漢ぶりには驚かされた。一方でドラマーである高橋が山下を始め先輩共演者に否応無しにプレッシャーを掛けさせたその戦略の巧みさに舌を巻いたのも事実である。当夜は、高橋のオリジナル・ブルースをテーマに高橋のリーダーシップで自由に展開していく手法。山下はいうまでもなく、アルトサックスの池田篤、ベースの中村健吾ともに高い技術と音楽性で信頼度の高い奏者だけに対応力は抜群。伝統を踏まえながらもコンテンポラリー性の高い演奏を披露した。途中やや流れが淀むところもあったが、即興で展開するスリルが補って余りがあった。このカルテットのうち池田を除く3人は当夜のトリを取った寺久保エレナとの共演でまた趣の異なる快演を聴かせることになる。

続いて登場したのは作編曲とピアノの挟間美帆。国立音大の作曲専攻科からマンハッタン音楽院の大学院卒というキャリアを持つ。このシリーズでは、2008年の「エクスプローラー<山下洋輔の新しいピアノ協奏曲>」で、協奏曲第3番のオーケストレーションを担当、指揮の佐渡裕に絶賛されたとのことだが、筆者は聴き逃している。昨年の「挟間美帆のジャズ作曲家宣言!」は、ジャズのアイデンティティをブルース、グルーヴ、インプロヴィゼーション、リズム、ハーモニー、などに求めるとするなら、いささか肩透かしを喰わされた印象が強い。コンテンポラリー・ミュージックとしては傑出していることは間違いないのだが、「ジャズ作曲家」と銘打っているだけにいわゆる伝統的なジャズの要素のさばきを期待していたところもあったのが正直なところ。この日は、ピアノ五重奏に打楽器という編成で、昨年大編成で演奏した山下のソロ・ピアノ曲を室内楽ヴァージョンに編曲。印象は昨年と変わらなかったので、挟間の志向する“ジャズ”を再確認することとなった。ユニットの中では、とくにはたけやま裕という女流パーカッショニストの傑出したリズム感と瞬発力、それにもちろんアフリカの打楽器をも駆使するテクニックに目を見張らされた。

2部の前半は、山下洋輔とスガダイローのピアニスト対決。山下にはあからさまにその気はなかったかも知れないがスガはヤル気満々。頭髪を短く刈込み、セミ・タキシードのような出で立ち。シャツは黒のスタンド・カラー。白シャツの山下と黒白を付けようとの心意気、昔風にいえば、武士が斎戒沐浴を済ませて真剣の果し合いに臨む風情。そもそもスガダイローは、洗足学園音楽大学の入学試験で、教官の山下洋輔を前に堂々と山下のエピゴーネンぶりを披露したそうだ。洗足を出た後はバークリーに学びながら、腕を磨いて帰国した。この日は、ピアノをハの字に配置し、下手(しもて)に山下、上手(かみて)にスガが着いた。1曲目の<キアズマ>。山下がブロックコードで控え、スガがテーマを弾き猛烈な勢いでインプロを展開する。カスケードあり、エルボウ・スマッシュあり、パーカッシヴ奏法あり。つまり、山下のお株をスガが完全に奪う。というより、疑いもなくそこには完全に絶頂時の山下がいた! 山下はと見やれば笑みさえ浮かべながら愛弟子の豪腕ぶりを受けて立っている。攻守ところを変えても今の山下にはスガのキレとスピードを再現することはできない。スガ40才、山下71才である。アフター・トークでスガは「僕の分が悪かったですね」と殊勝な口をきいていたが内心ではそうは思っていないはずだ。しかし、キレとスピード、イマジネーションの奔流は音楽の一部に過ぎないことをスガは百も承知している。

最後のステージはアルトサックスの寺久保エレナ。高校を卒業後、特待生としてバークリーに入学、修行中の身である。とはいえ、すでにアルバムを3作制作、アフリカ取材後の最新作「ブルキナ」では、一段とスケール・アップした寺久保を聴くことができた。山下とはデビュー・アルバムにオリジナル<ノースバード>を献呈された間柄。寺久保の強みは確たる自信に裏打ちされた堂々たるパフォーマンスだろう。フェミニンの微塵さも感じさせない吹きっぷりだが、今のところマッチョなブロウだけが無いモノねだりだろうか。ところで、寺久保のバックを務めたBlues 4 USのトリオのパフォーマンスが最高にカッコ良かった。カッコいいなんて会話以外では使いたくないのだが他に適当な言葉が見つからない。とくに高橋信之介の叩きっぷりといったら...。山下のピアノもいっそう滑らかで快適にスイングしている。一部のシリアスな表情とは打って変って全員喜色満面、ジャズを楽しんでいる様子がありありと窺われた。

アンコールは出演者全員が揃って、<俳句>を演奏。これぞ山下印の内容で、俳句の韻律、すなわち五、七、五を音階なしのリズム・フィギュアとして活用するのがルール。「初雪や 二の字二の字の 下駄の跡」や故三平師匠の「坊さんが ふたり揃って お正月(和尚が two)」などを反芻しながら楽しむ。冒頭、全員が、五、七、五で合わせ、あとは、集団即興演奏。なかで、各ソロイストやストリングスなどがフィーチャされインプロを披露する。ピアノでは、4手連弾ならぬ、山下洋輔、スガダイロー、挟間美帆の3人が6手3連弾を披露するなどの曲技も。

かくして、スタンディング・オベーションを受け、山下洋輔の「ニューイヤー・ジャズ・コンサート」の最終回は幕を閉じたが、同時に、高橋信之介、挟間美帆、スガダイロー、寺久保エレナというまったく個性の異なる4人の若き逸材が“もう一つの夜明け”を告げた。もちろん、これら山下門下と目される4人以外にも日本のジャズの未来を背負うべき逸材がいることは承知している。どの世界においてもあとに続く者を育てることはシーンをリードすることと同時にリーダーのもうひとつの務めである。その意味で山下洋輔は日本ジャズ界のリーダーのひとりとして大きな務めを果たしたといえるのではないだろうか。

*『高橋信之介/Blues4Us〜ライヴ・アット・新宿ピットイン』CDレヴュー
http://www.jazztokyo.com/five/five816.html
*『挟間美帆/ジャーニー・トゥ・ジャーニー』CDレヴュー
http://www.jazztokyo.com/five/five948.html
http://www.jazztokyo.com/best_cd_2012a/best_cd_2012_local_02.html
*『挟間美帆/ジャーニー・トゥ・ジャーニー』録音評
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_153.html
*「挟間美帆の作曲家宣言!」コンサート・レポート
http://www.jazztokyo.com/column/editrial01/v54_index.html
*スガダイロー・インタヴュー
http://www.jazztokyo.com/interview/interview086.html
*『志人・スガダイロー/詩種』CDレヴュー
http://www.jazztokyo.com/best_cd_2012a/best_cd_2012_local_11.html
*『寺久保エレナ/ノースバード』CDレヴュー
http://www.jazztokyo.com/five/five688.html
*『寺久保エレナ/ニューヨーク・アティチュード』CDレヴュー
http://www.jazztokyo.com/five/five802.html
*『寺久保エレナ/ブルキナ』CDレヴュー
http://www.jazztokyo.com/five/five1021.html
*『山下洋輔トリオ復活祭ライブ / ダブル・レインボウ』DVDレヴュー
http://www.jazztokyo.com/five/five677.html
*「日比谷野音90周年記念「真夏の夜のJAZZ」〜渡辺貞夫・山下洋輔 夢の競演〜」ライヴ・レポート
http://www.jazztokyo.com/live_report/report567.html

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