Concert Report #640

黒沼ユリ子ヴァイオリン・リサイタル

2014年1月17日 紀尾井ホール
Reported by 丘山万里子
Photos by Asao Nishimatsu

<演奏>
Vl:黒沼ユリ子、波多野せい
Vla:岩本憲子
Pf:ラファエル・ゲーラ

<曲目>
ドヴォルジャーク:ユモレスク
ヘンデル:ソナタ第4番
フランク:ソナタ イ長調
マルティヌー:セレナーデ第2番(2台のヴァイオリンとヴィオラのための)
ポンセ:二重奏ソナタ(ヴァイオリンとヴィオラのための)
清瀬保二:レント
スメタナ:故郷より(全2曲)

<アンコール>
ドルドラ:思い出         

 「ヴァイオリンと共に歩んで60余年 思い出を語りながらのトーク・コンサート」とのチラシの文面にふさわしい、なごやかで心温まるリサイタルだった。滋味あふれる音楽、とはこういう音楽をいうのだと思う。どんな作品にも想いがこもり、一音一音を大切に噛みしめるように弾く。そこからにじみ出す音楽への愛と感謝の気持ち。60余年の歳月がおのずと生む豊かさ、深さ。その歳月、黒沼はチェコでの生活を経て、メキシコに渡り、アカデミア・ユリコ・クロヌマを創設、32年の間、メキシコの少年少女たちの音楽指導にあたり、日本とメキシコの文化交流に貢献してきた。アカデミアの閉校は2012年、そして、黒沼は日本への帰国を決意、「ファイナルになる可能性大」との当夜を迎えている。客席も、そんな黒沼への敬意に満ちたもので、演奏の間にはさまれる軽妙なトークに笑い声をたてながら、その音楽人生に思いを馳せる。こういう時間を共有できる演奏家と聴衆の幸福、そして音楽の力。
 冒頭の『ユモレスク』、黒沼はプログラムに、日本の聴衆との再会の喜びと、昨年失った友--諸井誠、三善晃、潮田益子、林光ら--との永別の寂しさの交錯を綴っている。丁寧にしみじみと弾き上げ、このポピュラーな小品の奥深さを伝えた。51年のコンクールで全国1位になった思い出の曲ヘンデル『ソナタ』は第3楽章のラルゲットが忘れがたい。まさにオペラのアリアを聴くようで、その弱奏がそくそくと胸を打つ。フランク『ソナタ』、黒沼はこの作品を今回、改めて弾いてみて、誰かへのレクイエムではないか、と思ったと言う。こういう解釈も、長くヴァイオリンとともに生きてきた音楽家ならではのものだろう。肌理の細かい音色でゆったりしたテンポで歌われる第1楽章、第2楽章のパッショネイトに逆巻く音型、第3楽章の中間部、ピアノのアルペジオに載って歌われる歌の言い尽くせぬ美しさは、はるかな思い出を偲ぶよう。そして終楽章のすぱすぱと宙を切りあげる鋭い運弓から生み出されるダイナミズム。全体を通し、人生の凝縮されたドラマを見るようで、当夜の白眉であった。マルティヌーの『セレナーデ』とポンセの『二重ソナタ』は、全員が3・11で被災した地の流木から作られた楽器を使用。それぞれの曲趣を、それぞれの組み合わせで、生き生きと響かせた。62年、プラハ音楽芸術アカデミーの卒業リサイタルで入れたという清瀬保二の『レント』はおだやかな和風旋律がシンプルに紡がれる。その後、世界各地でしばしば演奏したそうだが、こういう姿勢は若い演奏家たちにも見習って欲しいものだ。最後のスメタナには、日本、チェコ、メキシコの3つの故郷へのあふれる愛がひたむきに迸る。その熱い演奏を万雷の拍手が包んだ。アンコールのチェコのドルドラ『思い出』はゴンドラが揺れるようなたゆたいが絶品。ファイナルなどと言わず、これからもステージに立って欲しい演奏家である。

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