Concert Report #641

B→C バッハからコンテンポラリーへ
158 藤原 功次郎(トロンボーン)

2014年1月21日(火) @東京オペラシティ リサイタルホール
Reported by 多田雅範/Niseko-Rossy Pi-Pikoe

J.S.バッハ:コラール前奏曲《甘き喜びのうちに》BWV729
J.S.バッハ:パストラール ヘ長調 BWV590
J.S.バッハ:カンタータ第208番《わが楽しみは愉快な狩りだけ》BWV208から「羊は安らかに草を食み」
イウェイゼン:生ける者、死せる者のための聖歌(2001)
デュティユー:コラール、カデンツァとフガート(1950)
シューレック:トロンボーンとピアノのためのソナタ「ガブリエルの声」(1973)
ドムローズ:サクラ ─ トロンボーンとピアノによる日本の印象(1974)
池辺晋一郎:ストラータVI ─ トロンボーンとピアノのために(2001)
菅野祐悟:Cosmic Note ─ トロンボーンとピアノのための詩曲(藤原功次郎委嘱作品、世界初演)
アッペルモント:トロンボーンのための《カラーズ》(1998)

トロンボーン:藤原功次郎
ピアノ:原田恭子         

スター誕生というべきリサイタルだった。聴きながらトロンボーン界のクリス・ボッティ、トロンボーンの田中将大だと思いついて客席でうきうきしてしまった。この音色はスケールが大きくて人を魅了する。フライヤーではハンサムボーイ然とした写真でこの日の満員御礼はアイドル人気かと思ったがステージに登場したのは笑顔のかわいい小太り体型の青年、おれは最前列でどよめいてしまったが、1曲目、バッハのコラールが会場に響きわたると世界は慈愛に満ちたものに包まれてゆく、今度は圧倒的なトロンボーンの魅力に息をのんだのだった。ゆとりを持った伸びと力強さ。

このトロンボーン奏者はテレビに出て、ソロで1曲聴かせるちからのある実力とオーラがあるなあ。

その想いで、ずっとプログラムを楽しんでしまった。ジャズ/フュージョン界にはチャック・マンジョーネの「フィール・ソー・グッド」という名曲があって、それはフリューゲルホーンだけれども、藤原のトロンボーンにはオリジナルなヴォイスとスケールがあり、グラミーを狙う歩みは用意されているように思う(と言うか、そういう方向性も聴いてみたい衝動だ)。

作曲家の菅野祐悟(1977-)は、まさに今年のNHK大河ドラマ『軍師官兵衛』の音楽を担当している旬のコンポーザーで、その菅野の作品「Cosmic Note ─ トロンボーンとピアノのための詩曲」は、ラテン語のポエトリー・リーディングが空港のアナウンスのように響く中でトロンボーンが独奏する、ヴィジュアルな心地よさに打たれた。コンピューターでフィルター加工された女性の声で、胎児が聴く母の祈りの声が意図されているという、なるほど。その菅野は藤原のトロンボーンに対して「僕は彼の音色から父のような優しさを感じます。そして完璧に訓練された彼の音には神々しいほどの愛が溢れています。」とコメントを寄せている。

この「B→C」リサイタルに藤原のスケジュールが決まった直後に東日本大震災が起こったというから、3年近く前になる。その時点で菅野に作品を委嘱していたのだ。また、藤原は2013年にはウィーン交響楽団日本ツアーにて急遽首席奏者を務めるという大役もこなしている。つまり、「B→C」リサイタルの人選の確かさにも気付かされるし、藤原の歩みの確かさもわかるというもの、わたしのこのコンサートでの手応えは本物なのだ。

『トロンボーンという楽器は「祈り」と関係が深い。古くは死者の弔いに寄り添う葬送行進曲の楽隊の一員であり、レクイエム=死者のためのミサ曲における“ラッパ”の役割も何故か、担っていた。』『私は阪神・淡路大震災を少年時代に体験したこともあり、2011年の東日本大震災の後は改めて「祈り」の行為が人々にもたらす可能性について、敏感になっているようにも思う。だからこそ「B→C」では多彩なトロンボーンの表現を介し、今日まで綿々と受け継がれてきた祈りの変遷を示し、自分なりの鎮魂の一夜としたい。』と、藤原は記している。

コンポジションのことを言えば、同時多発テロ9・11を祈るイウェイゼン、トロンボーン奏者のためのナンバーであるシューレック、アッペルモントは、作品の水準は高くない。一方、池辺晋一郎作品はソリッドで幾何学的美しさのあるもので、藤原の熱演も光った。後半の冒頭に配された「サクラ ─ トロンボーンとピアノによる日本の印象」は、有名な「さくら」を変奏し歌舞伎のスタイルを模倣するというパートもあるドイツの作曲家ドムローズ74年の作品、こういうオリエンタリズムな変化球はダメだろうと予測していたけれども、このコンサートを通じて手堅く適切なサポートを務めた原田恭子のピアノと相まって深い印象を与えた。なお、このスコアには「武蔵野音楽大学学長の福井直弘教授に敬意を表して」と記されているそうである。

アンコールの前に、藤原は語った。阪神・淡路大震災の時は小学校5年生だった、と。被災した友人、亡くなったクラスメート、...ぎこちなく言葉が途切れて詰まる。そして、今後の活動の抱負を語る藤原。演歌歌手のステージ大円団みたいだと、それはいい意味で、それはそれでいいではないか。旬の『軍師官兵衛』を、「アメイジング・グレイス」を、と、2回アンコール。色々な意味で出来過ぎの感もあるけれど、スター誕生というのはこういうものだ。

アヴァンギャルド系で斜に構えるのが性質のわたしだけれど、このような太陽のような演奏には素直に賞賛を掲げたいと思う。

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