Concert Report #648

東京オペラ・プロデュース第93回定期公演
シャルル・グノー作曲
オペラ《ミレイユ》

2014年2月8日@新国立劇場中劇場
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林 喜代種

【キャスト】
指揮:飯坂純
演出:池田理代子
東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団
東京オペラ・プロデュース合唱団

ミレイユ(S):鈴木慶江
ヴァンサン(T):高野二郎(ミレイユの恋人。貧しい籠作り)
タヴァン(Ms):菅 有実子(魔法使い)
ウーリアス(Br):村田孝高(ミレイユに横恋慕する裕福な牛飼い)
ラモン(B):東原貞彦(ミレイユの父。村の農場主)
アンブロワーズ(Br):鹿野章人(ヴァンサンの父)
ヴァンスネット(S):岩崎由美恵(ヴァンサンの妹)

美術:土屋茂昭
照明:成瀬一裕
衣裳:清水崇子         

 近年、日本初演の作品上演に情熱を傾けている東京オペラ・プロデュース。今回は、19世紀フランスの主要なオペラ作曲家のひとり、シャルル・グノー(1913-93)の『ミレイユ』である(初演1864年)。
 原作は、グノーと同時代に活躍した詩人フレデリク・ミストラル(1830-1914)によるプロヴァンス語の長編叙事詩(第1〜12の歌から成る6323行)。ミストラルは19世紀半ばにアヴィニョンで起こった南仏文学復興運動「フェブリージュ」の中心人物で、この作品をもって、過去数世紀にわたって田舎の方言と蔑まれてきたプロヴァンス語の文法・綴字法の一定の規範を示すとともに、農村の素朴な人々の営み、豊かな自然を詩情豊かに描いてみせた。ラマルティーヌらの絶賛を受けて1859年に刊行されるやいなや、ヨーロッパ全域に大きな反響を呼んだ作品だという。ミストラルはその後、南仏語(ラング・ドック)の歴史の金字塔とも呼ばれる方言辞典『フェブリージュ宝典』をまとめあげ、1904年にノーベル文学賞を受賞している。

 オペラのあらすじはほぼ原作の通りで、農村の豊かな地主の娘、15歳の美しいミレイユと、各地を巡り歩いて仕事をもらう貧しい籠作りの少年ヴァンサンの悲恋を描いている。
 第1幕、桑畑で葉を摘む娘たちの中で、ミレイユがヴァンサンを愛していると歌い、皆に冷やかされる。魔法使いと噂される老女タヴァンが、二人の運命に不吉な影をさすような予言をする。そこに現れた優しいヴァンサンと束の間の会話を交わすミレイユ。もしも二人のうちどちらかに不幸が降りかかったら、サント・マリー教会で落ち合いましょうと誓い合う。この二重唱の終わり、ミレイユの鈴木慶江の「さようなら、籠作りさん」の呼びかけが、なんとたおやかで甘い響きだったことか。忘れられない美しさである。
 第2幕、村人たちが集まり民族舞踊を歌い踊る。タヴァンがミレイユに惚れている男が三人いると警告するが、ミレイユは愛しているのはヴァンサンだけと高らかに歌いあげる。恋敵の一人ウーリアスはミレイユを想い、自らの強さと魅力を誇示するアリアを歌う。ヴァンサンの父アンブロワーズと妹ヴァンスネットが現れ、息子の恋をミレイユの父ラモンに語るが、ウーリアスを婿に望むラモンは貧しい父娘を侮辱し、ヴァンサンとの結婚などもってのほかと強権的にミレイユに言い渡す。それに抗議するミレイユほか6人のソリストの重唱と村人たちの大合唱が重なりあい、緊迫感あふれるストレッタが展開。来るべき不幸を予感させる印象的な場面である。
 第3幕一場は〈地獄谷の場〉。『ファウスト』の〈ワルプルギスの夜〉を彷彿させる場面である。暗い谷で偶然行き会ったウーリアスとヴァンサン。激しい言葉を交わすうち(高野二郎と村田孝高の二重唱が切迫感にあふれ見事)ウーリアスが手にした三叉でヴァンサンを殴ってしまう。血まみれで倒れたヴァンサンを死んだものと思い込み、罪の重大さに錯乱して逃げ出すウーリアス。タヴァンがヴァンサンを見つけ、逃げてゆくウーリアスに呪いをかける(菅有実子が迫真の演唱)。二場、川のほとりを彷徨するウーリアス。ここで身を投げた幽霊たちの声が不気味に響きわたる。現れた渡し守の船に乗り込むが、実はそれは地獄の船頭で、ウーリアスはやがて川底に引き込まれていく。このシーンの音楽は、第一幕の平穏な抒情的な音楽とは打って変わった猟奇的なおどろおどろしさ。作曲家グノーの職人技とも言うべき腕の冴えを感じさせる。
 第四幕一場、ラモンの屋敷に村人たちが集まり収穫祝いの宴を楽しんでいる。現れたミレイユは悲しみにうち沈み、村人たちは訝しむ。宴が終わり、娘に恨まれる自分の不幸を嘆くラモン(この場面は短いが、この数年後に初演されるヴェルディ『ドン・カルロス(仏語表記)』の国王フィリッポ2世の嘆きのソロを想起させる)。夜更け、ミレイユもまた孤独のうちに部屋の窓辺で歌う(大変に美しいアリア)。夜が明けはじめ、羊飼いののどかな歌を耳にしたミレイユはその平安な生活をうらやむ。このシーンに流れるオーボエのソロは非常に美しく印象的。ヴァンサンの妹ヴァンスネットが現れ、兄の負傷を告げる。衝撃を受けたミレイユは、サント・マリー教会にお参りに行くことを決心し、取るものもとりあえず駆けだしてゆく。後から皆で追いかけるからと見送るヴァンスネット。このミレイユとヴァンスネットの二重唱は短いが、ソプラノ同士の掛け合いが面白い作り。ヴァンスネットの岩崎由美恵は予定歌手の代役だが、力強く張りのある高音で存在感を示した。二場、教会への途上の荒野で、焼けつく太陽に憔悴してついに倒れるミレイユ。ハープのアルペジオが響き、はっと覚醒するミレイユ。荒野の向こうに教会の大伽藍の幻影が現れる演出は素晴らしい。愛の力を杖に、再び歩き出すミレイユ。
 第五幕、多くの参拝者でごったがえすサント・マリー教会。ミレイユを探し回るヴァンサンの悲痛な声が響く(高野二郎の熱演が胸を打つ)。憔悴しきって現れたミレイユはヴァンサンの腕の中に倒れ込み、父ラモンやアンブロワーズ、ヴァンスネット父娘に見守られるなか、息絶える(ここは、ちょうど10年前に初演されたヴェルディ『椿姫』の幕切れを想起)。死に瀕しながら愛の勝利を歌い、天の声の呼びかけに応え、昇天していく(演出では、舞台後方に歩み去る)ミレイユの毅然とした美しさ。鈴木慶江の毅然とした立ち姿が印象に残る。

 このオペラの原作『ミライオ』が発表された当時、グノーは40代半ば。既に『ファウスト』を含め数作のオペラを世に送り出し、世評も確立したベテラン作曲家だった。19世紀は、地方または他国の民族色豊かな「エキゾチックな」文化が再発見された時代。グノーが評判のプロヴァンス語の詩のオペラ化を構想したことは容易に納得がいく。
 ただ、現代の聴衆から観ると、「悲劇に終わるにしては序曲をはじめ余りにものどかで美しすぎる」音楽に聞こえ、ミレイユが巡礼を思いつき軽装のまま家を飛び出してしまう展開もすんなりと承服できかねない。しかし原作を読んでみると、この「のどかさ」「美しさ」「純朴さ」こそがまさにこのオペラの主題であったことがわかる。農村の豊かな自然描写、村人たちの民俗的な踊りや歌、のびやかな羊飼いの歌など、大都会パリの聴衆が憧れるような牧歌的な情景が次々と繰り広げられている。ミレイユの巡礼については、むしろ原作のほうが説得力がある。オペラでは、ヴァンサンの怪我に衝撃を受けてとか、何かあったら教会でヴァンサンと落ち合う約束をしていたという筋書きが付け加えられているが、原作ではもっと素朴に、父母に身分違いの恋を激しく否定された少女が、かつて恋人に「憂いが心に積もって、あがきが取れなくなったら、すぐにサント・マリーにお参りするんだよ」と言われたことを思い出し、衝動的に家を飛び出していくのである。そのひたむきで純真な心の動きは、なるほど田舎の15歳の少女そのものである。そのあたりをオペラの筋書きとしては弱いと考え、「補強」する素材をいくつか加えたグノー(または台本作家カレ)の判断が正しかったかどうかは、微妙なところ。

 ただし音楽そのものは、重ねて言うが、非常に巧みに美しく作られていて、聴きどころも多い作品である。埋もれたままなのは確かに惜しい。筆者は最後まで飽きることなく、同時代のオペラ・シーンについてあれこれと思いを馳せながらの楽しい観劇体験となった。実演に接すればこその体験である。貴重な、そして質の高い上演を実現してくれた東京オペラ・プロデュースと、歌手たち、合唱と管弦楽団の努力には心からの敬意を表したい。
 演出は概ねオーソドックスなもので、おそらくは限られた予算のもと精一杯の工夫をこらし、舞台機構をフルに活用して、変化に富む場面を作り出していた。最も印象的だったのは、荒野をさまようミレイユの前に、教会の幻影が浮かぶシーン。聖職者として生きる夢も捨てきれなかったグノーならではの迫真のシーンと感じるが、その夢のような美しさと儚さは、ヴィジュアルによってより印象的なシーンとなっていた。合唱の動き(振付のクレジットはウーリアス役の村田孝高)は、特に第二幕のファランドールを歌い踊る華やかなシーンなど、もう一工夫できたのではと思う。

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