Concert Report #649

アラン・ギルバート(指揮)ニューヨーク・フィルハーモニック来日公演

2014年2月13日(木)19:00開演 サントリーホール
Reported by 藤原 聡
Photos by 林 喜代種

<指揮>
 アラン・ギルバート

<演奏>
 ニューヨーク・フィルハーモニック
 ヴァイオリン:リサ・バティアシュヴィリ

<曲目>
 ベートーヴェン:「フィデリオ」序曲
 ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番
 ベートーヴェン:交響曲第1番
 ガーシュウィン:パリのアメリカ人

<アンコール>
 メノッティ:「アメリア舞踏会へ行く」序曲
 シューベルト:「ロザムンデ」間奏曲第3番         

 ニューヨーク・フィルハーモニック(以下NYP)、アラン・ギルバートに率いられての5年振りの来日公演である。筆者は2月13日サントリーホール公演を聴くことができた。プログラムにはベートーヴェンが2曲含まれ、第1曲目に『フィデリオ』序曲、第3曲目(休憩後)はベートーヴェンの『交響曲第1番』。現今流行のピリオド的なイディオムに拘泥することの全くない、言葉の最良の意味で極めてオーソドックスな演奏である。軽快なテンポでひたむきに押していくかのような、若さの溢れる佳演と言える(但し、交響曲では急ぎ過ぎと思われる御仁もいよう)。NYPということで、金管(特にトランペット)の音色や音響バランスがいささか突出するのでは? と思っていたのだが、全体として見事にブレンドされており、その意味では以前のNYPのイメージではない。ちなみに、主席ホルンのフィリップ・マイヤーズのくすんだ独特の魅力的な音は健在で、筆者などはこの音を聴くと「ああ、NYPだ!」と妙に安心してしまう。
 そして第2曲目は、ショスタコーヴィチの『ヴァイオリン協奏曲第1番』、ソロはリサ・バティアシュヴィリ。これは掛値なしの名演であった。彼女の技術は完璧である。音も極めて美しい。ノクターンと題された長大かつ沈鬱な第1楽章、パッサカリアの第3楽章での、いささかも緊張感の失われない息の長い歌い口、さらに後者の末尾に置かれたカデンツァにおける緊張感は尋常ではない。かと思えば第2、第4の急速楽章での音色の多彩さとリズム感も出色、つまり、表現の幅広さが抜群なのだ。技術的な要求を易々とクリアしているがゆえに、楽曲や楽器と「格闘」している風情がまるでなく、いとも当たり前のように聴こえる。あまりに聴きやすいショスタコーヴィチ、これでよいのか? という方もおられるかも知れないが、今現在聴くことのできるこの曲の最高の演奏であることは間違いなかろう。CDでの演奏よりもさらに上手くなっている気がする。リサのことばかり書いてしまったが、ギルバートとNYPのサポートも実に巧みである(ちなみにリサのアンコールはJ・S・バッハ『無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番』のアンダンテ。これは力の抜け切った、全く独特の音楽だった!)。
 シメはガーシュウィンの『パリのアメリカ人』。これ、一言で言えば端正、NYPの大迫力は生かしつつ、何も足さない、何も引かない「純粋ガーシュウィン」(なんだそれ)。アラン・ギルバートはこの曲にありがちな俗っぽさの演出を全く行なわない。芝居っ気もなし。緻密に練り上げられた音と部分が突出しないテンポ設定や表情付け。派手にかまして拍手喝采、という行き方には背を向ける。これが大変に新鮮で良かった。
 アンコールは2曲、メノッティの『アメリア舞踏会へ行く』序曲とシューベルト「ロザムンデ」間奏曲第3番。前者、レアな曲だ。実演で聴けるのはこれが最初で最後なのではないか? 
 総じて、アラン・ギルバートはNYPの美点であるパワフルさと管楽器群のソロイスティックな上手さも開放するところは開放しつつも、同オケに繊細な表情と音色の美しさを加え、抑制するところは抑制させており、オケの表現の幅が広がったと思える(余談だが、思えばマゼールと来日したNYPにはいかにも派手な轟音でドギモを抜かれたし、メータと来日時の『英雄の生涯』なんぞプログラムに満津岡信育氏も書かれているが、あまりの音の大きさに筆者は腰が抜けそうになりました)。一昨年には都響に初客演したアラン・ギルバート、こちらも見事な演奏だった。いささか地味な存在かも知れないが、間違いなくすばらしい指揮者である。

藤原 聡
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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