Concert Report #656

東京二期会オペラ劇場公演「ドン・カルロ」

2014年2月23日(日) 東京文化会館
Reported by 藤堂 清
Photos by 林喜代種

曲目
ジュゼッペ・ヴェルディ:オペラ《ドン・カルロ》
 (イタリア語5幕版、ドイツ・フランクフルト歌劇場との提携公演)

指揮:ガブリエーレ・フェッロ
演出:デイヴィッド・マクヴィカー
装置:ロバート・ジョーンズ
衣装:ブリギッテ・ライフェンシュトゥール
照明:ヨアヒム・クライン
演出補:カテリーナ・パンティ・リヴェロヴィッチ
合唱指揮:佐藤宏
管弦楽:東京都交響楽団
合唱:二期会合唱団
舞台監督:幸泉浩司

キャスト
フィリッポ2世:ジョン・ハオ
ドン・カルロ:山本耕平
ロドリーゴ:上江隼人
宗教裁判長:加藤宏隆
エリザベッタ:横山恵子(安藤赴美子の代役)
エボリ公女:清水華澄
テバルド:青木エマ
修道士:倉本晋児
レルマ伯爵:木下紀章
天よりの声:全詠玉
ほか         

1960年代からオペラを聴いてきた者には、二期会はドイツ・オペラ、藤原歌劇団はイタリア・オペラ、という刷り込みがあったのだが、近年は二期会のイタリア・オペラ公演も多くなってきている。また一方で、海外の歌劇場との提携公演という形で、演出面でも世界的な動きを取り入れるようになってきた。ペーター・コンヴィチュニーなどは、他の歌劇場でかなり以前に制作した演出でも、二期会による上演に立ち会い、劇場に合わせた変更を行っている。
また、日生劇場との共催で、ドイツの作曲家アリベルト・ライマンの立ち合いのもとで、《メデア》と《リア》の二作品を上演するなど、現代のオペラへも挑戦している。
今回二期会が取り上げたのは、昨年が生誕200年の記念の年であったヴェルディの《ドン・カルロ》。このオペラ、もともとはパリ・オペラ座のためにフランス語の台本で書かれ、全5幕にバレエを伴うもの。イタリア語では、直後に翻訳された版や4幕に改訂された版、そしてモデナ版とよばれる5幕のものがある。昨年のザルツブルク音楽祭では、近年の研究に基づき、プランス初演にあたって上演時間の都合でカットされた部分を付け加えた版で上演されている。今回の公演はモデナ版にカットを加えたものと考えてよいだろう。上演は、第1幕〜第3幕、休憩、第4幕と第5幕という形式で行われた。そのため前半が120分、後半が80分と長めになっていた。ただし、原演出のデイヴィッド・マクヴィカーは来日せず、演出補のカテリーナ・パンティ・リヴェロヴィッチが舞台づくりの中心となったようである。

さて、演奏であるが、全体としてむらのない高い水準の演奏になった。
一番の貢献は、指揮者ガブリエーレ・フェッロで、オーケストラから力強く、引き締まった音をひきだしていた。彼の歌手への配慮も行き届いたもので、出だしやテンポなども無理がないようにコントロールしていた。東京都交響楽団も弦楽器を中心に厚みのある響きで、彼に応えていた。
歌手も安定しており、全体としては期待を大きく上回るものであった。
ドン・カルロを歌った山本耕平は29歳。この役は彼には重すぎるのではないかと不安だったのだが、冒頭から最後まで安定しており、見事なデビューであった。もともとバリトンだったことで低い音域の発声がきちんとできているということもあるだろう、下から上まで響きが薄くなるところがなく、きちんとした発声をすれば力まなくても声は届くというお手本のようであった。
エリザベッタは予定されていた安藤赴美子が前日にインフルエンザでドクター・ストップがかかったため、急遽横山恵子が歌うことになった。彼女は前日にもエリザベッタを歌っており、この役を2日続けて歌うのかと驚いていたのだが、無駄な力が入らず、ヴィブラートも少な目であった。第5幕のアリアでも無理に張り上げようとはせずに思いを歌いあげていた。
フィリッポ2世を歌ったジョン・ハオは、中国出身で、日本でも教育を受けたバスだが、厚みのある低音を無理なく響かせることができる。第2幕でのロドリーゴとの二重唱、第4幕でのアリアと宗教裁判長との対決などでの存在感は立派であった。
ロドリーゴの上江は少しこもりがちな声ではあるが、声量は十分で重唱では十分に役割をはたしていた。アリアに関しては、もう一歩踏み出して主張があったらという印象をうけた。
エボリ公女には大切な歌が二つあるが、一人の歌手が両方をきちんと歌うのは難しいのだろう。清水も、第2幕のヴェールの歌では声を転がすのに少し苦労していたが、第4幕のアリアは実力を発揮していた。

演出は、マクヴィカーが来なかったからなのか、エリザエッタが急遽代わったためなのか、歌手それぞれの動きが整理されていないように思えた。自分が歌うときになると止まって響きやすいところを向くというのでは、現代のオペラ演出には対応できないように思う。
演出自体についても、第4幕の牢獄の場面の最後、宗教裁判長が脇から「牢獄の中」に歩いて入ってくるのはどうしてか、第3幕の火刑場に異端者を引き連れていくときに本を束ねたものも持っていくのは何故か、といった細かな点での疑問を感じるところもあった。
舞台装置は、ボックスを上下させて、墓場や庭園などに変換するという、簡易ながらよくできたもの。あまり大きな変化がないのは、音楽に集中するには良かったかもしれない。
最後にドン・カルロは王の衛兵に殺され、カルロ5世の墓の上に倒れる。最初にも、これと同じところに倒れているドン・カルロと遠ざかっていくエリザベッタというシーンがあった。ということは、この間の出来事は、死んでいくドン・カルロの脳裏を駆け巡ったシーンという設定だったのだろうか?

演出面では物足りなさも残るが、音楽的にはかなり満足いくものであった。やはり指揮者がしっかりしている公演は成果が出る(出やすい)。

藤堂清 kiyoshi tohdoh
東京都出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。ソフトウェア技術者として活動。オペラ・歌曲を中心に聴いてきている。ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのファン。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若き恋人たちへのエレジー》がオペラ初体験であった。

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