Concert Report #659

ヤン・リシエツキ ピアノ・リサイタル

2014年3月8日 東京オペラシティコンサートホール
Reported by 丘山万里子

<演奏>pf:ヤン・リシエツキ
<曲目>オール・ショパン・プログラム
 華麗なる大円舞曲 変ホ長調 op.18
 24の前奏曲 op.28
 3つの夜想曲 op.9
  第1番 変ロ短調
  第2番 変ホ長調
  第3番 ロ長調
 3つのワルツ op.64
  第6番 変ニ長調(子犬のワルツ)
  第7番 嬰ハ短調
  第8番 変イ長調
 アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 op.22
<アンコール>
 ショパン: ノクターン第20番 嬰ハ短調
 ショパン: エチュード op.25-1「エオリアンハープ」
 グリーグ: アリエッタ         

 ティーン・エイジの持つ柔らかな感性をすみずみまで行きわたらせた、みずみずしいショパンだった。ポーランド人の両親をもつカナダ生まれの18歳。9歳でオーケストラ・デビュー、15歳でドイツ・グラモフォンと録音契約、2013年にはクラシック音楽界のオスカー、グラモフォン・アワード「2013ヤング・アーティスト・オブ・ザ・イヤー」受賞という経歴。その実力に加え、細身でさわやかな風貌、アンコールの拍手に応えての「アリガトウゴザイマス」のユーモアたっぷりの挨拶と、ファンの急増、間違いなしの新星である。
 オール・ショパンのプログラムには、メインの『24の前奏曲』の他に、誰の耳にも親しい有名曲が並んだが、たとえば『夜想曲第2番』(浅田真央がSPに使用)など、あまりにポピュラーな作品でも、はじめて出会ったかのように、一心に心を傾け、どこまでも新鮮にフレーズを紡ぐ。それを支えるのは、とりわけ左手首の柔軟さで、和音を優しくつかみ、通常、叩きたくなる低音をそこはかとなくぼかして全体の響きをにじませ、そのうえに素直な歌心に包まれた旋律を浮かべてみせる。たぶん、ショパンはこんな風に弾いたんじゃない? とでも言うように。こういう曲趣での彼の誇張のない自然な音運びは、天分と言えようか。一方で、『大ポロネーズ』でも見せた剛胆と若々しい覇気。その両方が、バランスよく備わっているところに、リシエツキの今の魅力がある。
 『24の前奏曲』は、マジョルカ島で完成されたものだが、リシエツキはこれをショパンの青春の一篇の叙事詩のように弾き上げた。出会いや別れ、ときめきや失意、愛と哀、光と影、静寂と激情、それらひとつひとつのポエムを、大切に抱きしめるように縒り綯ってゆく。長調と短調の交叉、曲調の変化と振幅をきめ細かく、時に大胆に彩色しながら、全体を一つのドラマとして起伏豊かに構成する。きらきらと星が降り注ぐような第10番、夢幻の音の波が揺れた第13番、木漏れ日舞い踊る第19番など、心にしみとおる美しさだったし、驀進する音の推進力が際立った第12 番、怒濤の迫力の第14番、ピアノに襲いかからんばかりに激高した第22番など轟々たる音響世界も無敵の若武者ぶり。強靭な打鍵で追い立てる終曲には、若き日のショパンの熱い血潮が滾り立つようだった。
 後半でとりわけ心に残ったのは『夜想曲第3番』。真珠色の光沢をはなつ音の粒が、ころころと指先からまろび出る。溜め息の出るような芳しさだ。中間部、アジタートでの劇しい表情から、ふたたび沈静へ回帰するその一呼吸が、また香気に満ちたものだった。
 のびやかに育って欲しい逸材である。

丘山万里子
東京生まれ。桐朋学園大学音楽部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。2010年まで日本大学文理学部非常勤講師。著書に「鬩ぎ合うもの越えゆくもの」(深夜叢書)「翔べ未分の彼方へ」(楽社)「失楽園の音色」(二玄社)他。

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