Concert Report #660

ウラディミール&ヴォフカ・アシュケナージ ピアノ・デュオ

2014年3月10日(月) サントリーホール
Reported by 多田雅範/Niseko-Rossy Pi-Pikoe
Photos by 林 喜代種

<演奏>
ウラディミール・アシュケナージ
ヴォフカ・アシュケナージ
<曲目>
シューベルト : ハンガリー風ディヴェルティメント ホ短調
ブラームス : ハイドンの主題による変奏曲 op.56b
ストラヴィンスキー : 春の祭典
ボロディン : だったん人の踊り(ヴォフカ・アシュケナージ編)         

旧ソ連の至宝、20世紀を代表するピアニスト、ウラディミール・アシュケナージ。

クラシックのファンではないのに、レコード芸術を10数年買っていた(80年代半ばから90年代後半あたり)。ヨーロッパのジャズのレーベルだったECMがクラシックをリリースする”ニューシリーズ”を始めたので、どのように国内盤になってクラシック界で評価を得るか関心があったからだ。アシュケナージのグラビアも記事もたくさん見た、ピアノの王者のようなハンサムなおじさま、職場にはファンの上司がいて何枚かLPやCDを借りたことはあった。わたしは若者らしくグールドやアファナシエフやミケランジェリが好きだった。

1955年の第5回ショパン・コンクールでアシュケナージが2位になったことに、ミケランジェリが不服で審査員を降板するというドラマに驚く。ミケランジェリとはピアニズムが違い過ぎるではないのか。まだまだピアノの奥は深い。

旧ソ連の至宝といえば、こないだエリソ・ヴィルサラーゼを聴いてノックアウトされたばかりだ。

20世紀を制覇したアシュケナージの初体験。息子ヴォフカとのピアノ連弾プログラムを聴いてきた。

76歳のアシュケナージは小柄の白髪のおじいちゃん、頭一つ長身の付き人運転手のようなハンサムおじさんと登場。

さすがに老境の身動きではあるけれど、その強靭なタッチに度肝を抜かれた。なるほど、これが20世紀を制覇したヴォイスだ。絶頂期のタッチを演算するように耳を傾ける。ヴォフカのピアノも、的確であり、さすが教育者の道を歩むひとの折り目の正しさである。強烈な天才スターを父に、父と同じ道を歩む息子の人知れぬ苦労も挫折もあったのではないだろうか。勝手に想像しては頭が下がる思いがする。

息をのむという突き詰めはない。クールにゆとりを持って合わせて音符を組み上げている。異なるピアノを弾いているのか、ピアノの向きでこんなに響きが異なるのか、二人のピアノ・タッチの差異なのか。二人のピアノ・タッチの質量の差といったものは明白で、それは巧拙というものではなく、おそらくピアニストとしての性質の違いだ。どう歩み出ても猛獣であるような父親のピアノに、高性能コンピューターで最適解を瞬時に突きあう図式が見える。音楽はばっちり合っている。合うことがこの音楽の生命線であるかのように、父子はその瞬間の連なりを呼吸しているのだった。

そしてシューベルトもブラームスも、同じように楽譜が視界に映るような演奏だった。

2台のピアノ連弾で、シューベルトやブラームスのオーラを漂わす演奏は不可能なのかもしれない。そういうカタチの楽譜の演奏、味わうべきは二人のピアノ・タッチのコンビネーションの妙、だということは了解できた。2台のピアノで弾くオーケストラのような響きを堪能する、それ以上でも、それ以下でもない。それだけでもかなりな高水準な技能なのだ。

ストラヴィンスキーの『春の祭典』は20世紀を創った楽曲だと、評価している。特別な、デモーニッシュな、革命的な音楽だ。これの2台ピアノ連弾版をストラヴィンスキーは書いていた。知らなかった。可能なのだろうか。可能なのだろうか?ストラヴィンスキーにきいてみたい気がする。アシュケナージ父子は、前半のシューベルトやブラームスと同じように楽譜が視界に映るようにしか弾けないでいる。アシュケナージ父子をもってしても、精密な曲芸以上にはトリップさせられないでいるではないか。

アシュケナージの新作は、アニメーション作品『スノーマン』のテーマ曲「ウォーキング・イン・ジ・エア」を含めたハッワード・ブレイク作品集だという。『スノーマン』は、幼少期の記憶を召喚して誰もがお布団の上を飛んで行ってしまうという、類まれなコアな作品だ。この旋律の喚起に抗うことはできない。アシュケナージの老境が、この旋律を弾くというのは、とても21世紀的なことだと感じる。ポピュラー音楽を愛好するわたしは大歓迎だ。

多田雅範
Niseko-Rossy Pi-Pikoe。1961年、北海道の炭鉱の町に生まれる。東京学芸大学数学科卒。元ECMファンクラブ会長。音楽誌『Out There』の編集に携わる。音楽サイトmusicircusを堀内宏公と主宰。音楽日記Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.