Concert Report #661

新国立劇場新制作 オペラ「死の都」

2014年3月12日 新国立劇場
Reported by 丘山万里子
Photos by 三枝近志 /新国立劇場提供

作曲:エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト
原作:ジョルジュ・ローデンバック
台本:パウル・ショット(コルンゴルト父子)
指揮:ヤロスラフ・キズリング
演出:カスパー・ホルテン
美術:エス・デヴリン
管弦楽:東京交響楽団
合唱:新国立合唱団、世田谷ジュニア合唱団
キャスト
 パウル:トルステン・ケール
 マリエッタ(マリーの声):ミーガン・ミラー
 フランク(フリッツ):アントン・ケレミチェフ
 ブリギッタ:山下牧子
 ほか         

 11歳でウィーン歌劇場にデビューし「モーツァルトの再来」と騒がれたコルンゴルトは1920年、23 歳の作、オペラ『死の都』(全3幕)で大成功を収め、ウィーンで華々しい活躍を続けたが、1938年、ユダヤ人迫害から逃れ渡米、ハリウッドでの映画音楽に創作の重心を移し、忘れられた神童として世を去った。近年のコルンゴルトの再評価とともに、世界各地で『死の都』上演が重ねられる中での今回の新国立劇場初登場である。
 舞台は時代の流れから取り残され、衰退の途を辿り、原作のローデンバックから「死の都」と呼ばれた古都ブルージュ。愛妻マリーを失い、その思い出と遺品のなかに暮らすパウルは街中でマリーそっくりな踊り子マリエッタと出会い、家に招く。友人フランクに咎められながらも、マリエッタの中に妻の面影を見る彼は、彼女の奔放な魅力に幻惑されるが、妻の亡霊(黙役)にたしなめられ、心を鎮める。この第1幕での聴きどころは、遺品のショールを掛けてマリエッタが歌う「リュートの歌」で、その甘美さに、若きコルンゴルトの豊かな歌謡性が横溢する。マリエッタが去ったあとのパウルと妻との愛の二重唱では、とりわけ妻の歌唱(ミラーが吹き替え)の浄らかさが印象的で、二人の女性の聖俗背反するキャラクターを描き分けたミラーに拍手。マリエッタの官能世界にパウルが屈してゆく第2幕は、舞台中央に置かれたベッドからマリエッタの一座の面々が飛び出し、歌と踊りで跳ね回る。その猥雑さはマーラーの諧謔を思わせるが、一方、二人きりになってパウルを誘惑しにかかるマリエッタのエロティシズムはR・シュトラウスばり。愛欲の成就にいたるまで、陶然たる歌と音楽を惜しげもなく鳴らし続けた。ここでは一座のピエロ、フリッツのアリア「ピエロの歌」が切々たる抒情で光る。第3幕は、亡霊マリーに挑みかかるマリエッタの真情と迫力がドラマの推進力に。ただの肉欲ではないパウルへの想いとマリーへの嫉妬を「初めて愛を教えてくれた人が、あたしを壊してしまった」と歌うミラーの熱唱はこの場をしっかりと引き締め、聴き応えがあった。パウルが最も大切にしていた妻の遺髪(この舞台では、逃げようとする亡霊からマリエッタが鋏で切り取る)をマリエッタが弄ぶのに激昂したパウルは、ついに彼女を絞め殺し、ベッドに倒れ込む。が、終景、目覚めたパウルは全てが夢だったことを知り、訪ねてきたフランクとともにブルージュを去ってゆくのである。この最終シーンでのパウルの「永遠にさらばいとしい人よ」は最後の聴かせどころだったが、一箇所、歌唱にぐらつきがあったのは、全編、ほとんど休むことない奮闘ぶりを見せていたケールだけに惜しかった。
 演出は舞台を3幕ともベッドが中央に座る同一室内で通し、背景のブラインドの操作で場面の変化を示す。これは外界とパウルの内面の心理の動きともリンクさせたもので、心理劇としてのこのオペラに神経を集中させる意味で、それなりに納得できた。ただ、第1幕冒頭からベッドに亡妻を横たわらせ、終始、劇の進行とともに動かし、終景で再びベッドに伏す彼女にパウルが別れの口づけをする、というのはどんなものか。亡霊の可視化と演技によって、パウルの錯綜する心やマリエッタの闘いが、聖と俗、死者と生者、精神と肉体という二分項に明瞭化されるのは確かだが、現実と幻想世界をゆききする人間存在の持つイマジナブルな奥行きが削がれた気がする。
 音楽は、復活のモチーフ、マリーのモチーフ、マリエッタのモチーフ、芸人たちのモチーフ、死のモチーフなど、ライトモチーフを駆使しつつ、壮麗なオーケストレーションにたっぷりした旋律をからめ、わかりやすい。当時の大成功、昨今の人気復活のゆえんだろう。オーケストラはもう少し細部の彫琢と大きなメリハリが欲しかった。
 観終わってなんとなく思ったのは男のセンチメントと脆弱さ。マリエッタという女性の愛による救済パターンは、男の永遠の理想なのだろう。第3幕で生身のマリエッタが亡霊に立ち向かう真率さとヴァイタリティに共感しつつ、オペラ作家は男ばかり(現代作品は別)だものね、といささか突き放す気分に。ちなみに原作は、絞殺シーンで終わり、救いはない。
 もう一つ、折しも東日本大震災から3年、3・11の翌日の『死の都』観劇。震災特集に埋まるメディアとともに、未だ「喪」の人々と「福島」を思わずにいられなかった。

丘山万里子
東京生まれ。桐朋学園大学音楽部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。2010年まで日本大学文理学部非常勤講師。著書に「鬩ぎ合うもの越えゆくもの」(深夜叢書)「翔べ未分の彼方へ」(楽社)「失楽園の音色」(二玄社)他。

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