Concert Report #665

ピーター・ウィスペルウェイ

2014年3月14日(金) トッパンホール
Reported by 多田雅範
Photos by 大窪道治/トッパンホール提供

ピーター・ウィスペルウェイ Peter Wispelwey チェロ
パオロ・ジャコメッティ Paolo Giacometti ピアノ

ブラームス:クラリネット・ソナタ第2番 変ホ長調 Op.120-2
プーランク:チェロ・ソナタ
ドビュッシー:チェロ・ソナタ
シューベルト(ウィスペルウェイ編):幻想曲 ハ長調 Op.159 D934(原曲:ピアノとヴァイオリンのための幻想曲 ハ長調)         

「沈黙の空間に華やぐチェロの勇敢、ピアノの優美」

トッパンホールの音の良さは、いろいろ通っているうちに気付いてきたわたしです。紀尾井ホールと両横綱という風格だよなあ、と、思ったのは、コンサートホールに入場して今日聴くチェロのピーター・ウィスペルウェイがアンナー・ビルスマの指導を受けていたというプロフィールを目で追いながら。20年近く前にビルスマを紀尾井で聴いていたことを思い出す。エルヴィス・コステロと小沢健二とアルヴォ・ペルトを聴いて過ごしていた当時、カザルスとビルスマの無伴奏チェロを聴いて騒いでいたら、絶対聴くべしと先輩に誘われて。

“弦のトッパンホール”を強く印象付けるコンサートだった。ウィスペルウェイ自身が書いている、「音響だけでなくプログラミングも優れていて、ロンドンのウィグモア・ホールを思います。現代曲のレパートリーに強く焦点を合わせつつも、同時にそれ以前の作品を考え抜かれた選択で取り上げる」。

ステージに出てきたウィスペルウェイはビルスマと比べて長身で颯爽としていて若々しい、少年のようなおじさまだった。どんなチェロを弾くのだろう。わたしの体験のチェロはビルスマと小澤洋介とガブリエル・リプキンが参照点だ。

チェロを構える身振りが大きい。ガッと手にちからを入れはじめると、静かでいて火薬の匂いがするような響きの振動が歌い出す。この求心力。ぐいぐいと聴衆の耳を引っ張ってゆく。ブラームスに寄り添うというよりも、おれのブラームスについてきなと言わんばかり。果敢で大海原に出帆するかのような力強い音楽の彫像。・・・ぜんぜんビルスマとちがうじゃん・・・リプキンのやんちゃさとウィスペルウェイの不良中年ダンディズムは対比の土俵になるかな・・・

ブラームスのクラリネット・ソナタをチェロで演ることの斬新な意味を感じる以前に、そういう作品だと聴いていた。ウィスペルウェイのチェロは、現代曲を弾くのにも映えることだろうなあ、と、思いながら。プログラムノートに山野雄大さんが書いている、「お会いして、ご機嫌なハイテンションで愉しげに語る彼の勢いに呑まれていると、そんな<緻密と大胆>のあいだを駆け続けるひとの思考、その両極が見えて来るように感じられるのだ」、そう、演奏は人柄だ、それはチェロに現れている。

ウィスペルウェイの魅力の在り処は1曲目のブラームスで捕まえてしまった。このロック少年のような反逆精神も備えたビート感すら感じさせる疾走を楽しむのだ。

と、どんどんプログラムが進む中で、いきなり浮上してくるのが、パオロ・ジャコメッティのピアノの穏やかで優美な音の軌跡なのだった。ウィスペルウェイを包むような、ほのかに陽気でもあるようなじつにいいピアノタッチをしている。主役はウィスペルウェイ?いや、この主役を立てるようにしていながら、どの瞬間にも考え抜かれた打音で音楽のスケールに質量をもたらし続けているのはジャコメッティではないか。

いや、これはウィスペルウェイとジャコメッティのコンビでなければ組めないプログラムなのではないか、そんなの当たり前ではないかとひとりごちるわたしもいる。それにしてもこのコンビ、得難し。二人の対照的な個性のコンビネーション、手をつないでともに歩むというのではない、ぶつかりあうのでもない、対話するのでもない、視線を合わさずに(ジャコメッティはウィスペルウェイをよく見ている)見事なダンスが成立してしまうような奇跡。そういう身体感覚は練習すればかなうものではないような気がする。どんどんそのコンビネーションに耳は奪われ、いつまでも終わってほしくない歓喜の時間が続いた。

ウィスペルウェイはシューベルトの幻想曲をプログラムすることに拘ったという。トッパンホール企画の西巻正史さんは「この作品を弾くにはパオロ・ジャコメッティが不可欠だと思わないか」と問い、ウィスペルウェイは「今回はパオロと一緒でなければならない」と即答。そんな記事をコンサートから帰って読んでは、この奇跡を聴くことができたことはほんとうだったとぐっとくる。

わたしはこういうのが真に現代的なクラシックなのではないかと考える。(多田雅範)

多田雅範(ただ・まさのり)
Niseko-Rossy Pi-Pikoe。1961年、北海道の炭鉱の町に生まれる。東京学芸大学数学科卒。元ECMファンクラブ会長。音楽誌『Out There』の編集に携わる。音楽サイトmusicircusを堀内宏公と主宰。音楽日記Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review。

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