Concert Report #666

第766回定期演奏会Bシリーズ(新・マーラー・ツィクルス9)

2014年3月17日(月)19:00 サントリーホール
Reported by 藤原聡

マーラー:交響曲第9番ニ長調
エリアフ・インバル(指揮)東京都交響楽団         

 のっけから会場の雰囲気が何か尋常ではない。これから凄いことが起こるに違いないと確信している人々から放たれる独特の高揚感と静かなる興奮がその元には違いない。それは、この日の前日さらには前々日の池袋と横浜での凄演が各種SNSや口コミで熱心なファンの間に瞬く間に広がっていたことによろう。あるいは、本日の指揮者が6年間その任にあった都響プリンシパルコンダクターとしての最終公演、という事実がある種の感慨と感傷を呼び寄せたことにもよろう。3月17日、サントリーホールにおけるインバルと都響の新・マーラー・ツィクルスの掉尾を飾る交響曲第9番のコンサートである(第766回定期演奏会Bシリーズ)。
 しかし、その演奏は、全く「感傷的」ではない。冒頭からテンポを無用に動かさない。多くの指揮者が多かれ少なかれ「溜め」を作る第1楽章の第1主題のアウフタクトや、「葛藤後」の甘美なニ長調の回帰への移行部も全く粘らずにストレートに進めていく。常に冷静で堅固な構成感が崩されることがない。私小説的な感傷に耽溺するのではなく、逆に「突き放した演奏」と言ってもよかろうが、しかしその剛直な構成力と迫力には襟を正す以外にあるまい。第2楽章では意図的にパロディックな色彩を演出する演奏もあるが、インバルは特別なことをせず、基本的に力まずに素直に楽曲を進めていく。ここまででも高度な技術的達成度と表現の密度の濃さに圧倒されたのだが、ここで一旦舞台袖に下がったインバル、しばらくしての再登場での第3楽章では、さらに濃密かつハイテンションかつ突っ込んだ凄演を繰り出して来たのだから唖然。早めのテンポで突き進んでいく中で、この楽章に特徴的なあらゆる声部が突発的に出たり入ったりを目まぐるしく繰り返していく音楽を、これほどの正確さと精緻さ、推進力を兼ね備え、しかもいささかも荒っぽくならないで演奏し切った例は少なくとも実演では接したためしがない。コーダのピウ・ストレットでの追い込みの迫力は今思い返しても強烈の一語。そして終楽章、テンポはかなり速い。インバルはこの手の歌謡楽章においても、基本的にはカンタービレ型と言うよりは打点のハッキリとした棒を振って行くが(この指揮者の左手の動きがその演奏の特徴・本質を端的に表していよう)、それが逆に沈鬱にならない凄まじい音のうねりと高揚感を生む。そして、筆者が驚いたのが―というよりも様々な方が同様の事を思われていたようだが―、楽章のクライマックスである122小節目からのヴァイオリン! 「弓を一杯に用いて」という指示のあるこの箇所、ヴァイオリン群の各奏者それぞれが凄まじい弓の返しで「乱れ弾き」した一幕。出て来る音の凄まじさと視覚的インパクトで、この箇所は忘れようにも忘れようがない。コーダでは極端にテンポを落とし、極限的な「インバリッシモ」(フランクフルト放送響のメンバーがインバルの<極端なまでに弱く小さな、しかし芯と表現力のある>ピアニッシモを指して名付けた名言)をたっぷりと聴かせてくれた。但し、ここでもこの演奏、全く「感傷的」ではない。

 総じて、この日のインバルのマーラーの第9は―というよりも、この「新・マーラー・ツィクルス」全体の演奏は―、フランクフルト時代の、神経質で鋭利、「神は細部に宿る」的にスコアに書かれていることは徹底的に掘り下げるがスコアに書かれていないことはやらない、というテクスト主義者の側面は引き継がれつつも、解釈の自由度が増し、ミクロな視点からよりマクロな視点で全体を包括的に捉える俯瞰の視線が顕著に表れてきた、と総括できるのではないか。しかしインバルはインバルである。決して耽溺しない。ここが好悪を分ける点だと思うが、筆者はこのインバルの芸風を基本的に好む。
 終演後、コンサートマスターの山本友重からインバルへの花束贈呈。上機嫌なインバルは中から一輪ずつ女性奏者に手渡して行く。インバルのソロ・カーテンコールは3回、最後には山本友重と一緒に登場。ところでインバルがプリンシパルコンダクターを退任と言っても、桂冠指揮者に就任、次の登場は7月である。その後も定期的に来演してくれるはずだ。何もこの屈指の名コンビの共演が聴けなくなる訳じゃない。これは大変嬉しいことだ。


藤原 聡
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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