Concert Report #669

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

2014年3月21日18時 サントリーホール
Reported by 悠 雅彦
Photos by 林 喜代種

<指揮>
リッカルド・シャイー

<演奏>
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
五嶋みどり(ヴァイオリン)〜2

<曲目>
1.序曲「ルイ・ブラス」op. 95 (メンデルスゾーン)
2.ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op. 64 (メンデルスゾーン)
-------------------休憩------------------
3.交響曲第5番 ニ短調 op. 47 (ショスタコーヴィチ)         

 年期の入った格式あるオーケストラの豊かな響きを、思いがけなく堪能した。ベルリン・フィルやシカゴ響を聴いたときに脳裏を去来した“ゴージャス”という言葉はこのオーケストラには似合わない。むしろ“いぶし銀”の光沢を思わせる、渋みを隠し味にした滋味が、ライプツィヒ(ドイツ)の古刹ともいうべきこのオーケストラの響きにはあり、それが手綱を操るリッカルド・シャイーの的確かつパッションの汗が光るがごときタクトで紡ぎだされる極上の3時間となってホールを満たした。ショスタコーヴィチが終わった瞬間、時計を見たら9時半を回っていたので、正確には3時間半近い特別なひとときを楽しんだということになる。
 ひとつには、メンデルスゾーンを熱演した五嶋みどりが鳴り止まぬ拍手に応えて、アンコール演奏したバッハのフーガ(無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2 BWV1003 )ゆえだったかもしれない。通常のアンコール曲のような小品とはいえないこの「フーガ」を、五嶋は筋肉質といっていいくらいに骨格確かな無駄を削ぎ落とした演奏で、厳しい構築美を印象づける世界を紡ぎだした。ふと往年のヨーゼフ・シゲティのバッハが脳裏をかすめる。冒頭から襟を正すかのようなオケの面々の真剣な表情が、この「フーガ」演奏が生む厳しい余韻を示しているかのようだった。
 そのメンデルスゾーンのホ短調。優美なメロディーで人気高い協奏曲だが、ここでも上半身を左右にくねらせる独特の運動性と抜群のコントロール力に裏打ちされた彼女の演奏は、情感の波がフレーズをドラマティックに彩っていく。だが、振り返ると、そこには一切の無駄がない。不思議なくらいに誇張表現(オーバーエクスプレッション)もない。私はしばらく彼女の演奏からご無沙汰していたし、これほど間近で彼女の演奏を聴いたことがなかったこともあって、描いていたイメージとはかなり違う印象に最初は戸惑った。歳月が演奏の贅肉を削ぎ落としたのかもしれない。
 順序が逆さまになってしまったが、幕開けはゲヴァントハウス管によるメンデルスゾーンの序曲「ルイ・ブラス」。「フィンガルの洞窟」などに比べて熱心に聴いたことがなかったこの曲が、シャイーの手にかかるとちょっとした名品に生まれ変わる。この指揮者の能力の高さと手腕の確かさを物語るだろう。このオケとの関係が9年目を迎えたシャイーのもとで、ゲヴァントハウスはどの曲でも統制がとれた、音色が明るいオーケストラとなった。個人的にはシャイーという指揮者を高く買っているが、ゲヴァントハウスに限っては音色面でのくすんだ響きの魅力と往年のドイツらしい無骨ささえ感じさせる演奏、たとえばクルト・マズアとのコンビの方に軍配をあげる気持が依然強くある。だが一方で、「ルイ・ブラス」と「ヴァイオリン協奏曲」を聴いて、ドイツのロマン派時代きっての管弦楽法(オーケストレーション)の持主メンデルスゾーンの、どこを切っても洗練された優美なオーケストラ・サウンドが、かくも一糸乱れずに流麗な響きで再現されたのはひとえにシャイーのタクトゆえだと再認識させられたことも間違いない。つまりはゲヴァントハウスとシャイーの関係が極めて良好であり、昨2013年に、2020年までの契約延長が決まったことを団員もファンも歓迎した所以だろう。
 ゲスト・ソロイストとの演奏上のコンビネーションも緻密。巧みにバックアップする気配りの細やかさにしても、「ヴァイオリン協奏曲」の第1楽章で第2主題に移行するブリッジでの五嶋みどりの柔らかなパッセージ扱いを、背後から支え守り立てる場面で遺憾なく発揮してみせたタクト捌きが1例。こうした巧みなオケ操作が単なる指揮テクニックの優秀さだけを示すのではなく、むしろ音楽的な完成度を最高度のレベルにまで運ぶ情熱が彼は誰にもまして旺盛であるのを実感させた一夜であった。
 その良き例がショスタコーヴィチだった。シャイーによれば、ゲヴァントハウスはソ連(現ロシア)以外の国ではショスタコーヴィチ交響曲のツィクルス演奏を敢行した最初の、かつ70年代では唯一のオーケストラだという。この一事を知って初めて、ゲヴァントハウスがかくも感銘深いショスタコーヴィチの第5番を聴かせてくれた謂れが分かった。謎が解けた感じだった。4楽章すべて緊張感溢れるストーリー構成と運びが見事だったが、とりわけ第1楽章の冒頭部分と第3楽章のストリングスの響きに魅了された。そこでのシャイーの抑えたタクトもさることながら、重くたれ込めたライプツィヒの冬の空を思わせるくすんだストリングスの響き、やがて中盤に現れる朴訥なブラスと混交したときの心の葛藤を思わせる作曲家の吐露が胸を強く打つ。そして、圧倒的なブラスの咆哮と打楽器の乱打で最終楽章が閉じられたとき、私には余りないことだが、思わず手が痛くなるほど拍手をしないではいられないほどの感動で体中が紅潮した。世界のオーケストラの中で恐らく最も古い歴史と伝統を誇るゲヴァントハウスの、あのメンデルスゾーンもタクトを振ったゲヴァントハウスならではの響きを満喫した夕べだった。(悠 雅彦)


悠 雅彦(ゆう・まさひこ)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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